9 「大事な時に限って」


意を決して店内に入る。



「あ、あの...これ」



俺は胸ポケットから、予め用意していた名刺を取り出してマリアに渡した。


良かったら連絡してください...そう言おうとしたが、先に彼女の口が開いた。



「駐車券ですね? 何か購入されたレシートはございますか?」



...駐車券?


マリアに渡したものを覗いてみると、確かに車を停めた時の駐車券だった。


しまった、渡すものを間違えた...!



「い、いえ...何も買ってないです」



マリアは駐車券をレジの方に持って行く。


割引処理された駐車券を返してもらうと、彼女は他の客に呼ばれて、その対応に向かってしまった。


完全に名刺を渡すタイミングを逃した。


婦人服売場に男一人でいるのはあまりに不自然で、これ以上留まる勇気がなかった俺は、出直すことにした。


日を改めよう...。


スマホの通知音が鳴って、画面を見る。


聖也からラインが来ていた。



『体調大丈夫か? なんの病気か言いたくないなら無理に聞かないけど、もし俺に出来ることがあるなら言ってくれよ』



なんて良い奴なんだ。


返事を返そうかと思ったが、やめた。


これは俺の問題だから、聖也に出来ることなんて何もない。


そして何より文字を打つのが面倒くさい。


俺はいつものように既読無視することにした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る