生前の詮索はご遠慮ください

 「ブラックデザイアさん……知ってるんですか、レヴィンさん?」

 「え、全然知らないぞ」


 俺は、クルスに昔のことを全部隠すと決めた。無論クルスと仲が良いらしい妖精たちに話す理由もない。


 「しかし、それでは先ほどの反応と辻褄が合わないんじゃないカナ」


 ……クルスにならこれで誤魔化せると踏んでいたが、疑り深い……というよりも、疑問点はすぐに解消しておきたいタイプらしいクレイプレシャスには通用しなかったようだ。


 「あー、はいはい、その名前は知ってましたよ。けど詳細を話す気はない、以上だ」


 だったら、さっさと認めてダンマリに限る。クレイプレシャスには俺を脅すような材料がないのだから、言わないものは言わないとハッキリ言えばいいのだ。


 「フム。そう言われてしまえば引き下がるしかないネ……でも、坊やの頼みならどうかな?」

 「クルスは俺が隠したいこと無理に聞いたりしないって」

 「は、はい……その、ごめんなさい、クレイプレシャスさん」


 クルスが俺の、というか人の嫌がるようなことをしないっていうのは分かってるだろうから、この問いは冗談半分といったところだろうか。もっとも、クルスに頼まれたところで話す気は全くないが。


 「えーっと……それじゃ、続き話していい?」

 「いや、もうそういう空気じゃないだろサニー……」


 俺たちの会話が一段落したところで、サニーウインドが空気を全く読めていない提案をし、フレアルビーがやんわりと止める。なんか、バランスが良いなこいつら。


─────────


 妖精三人組との邂逅を終えた俺は、クルスたちが拠点にしているらしい集落へ案内された。クルスの関係者ということで、さながら賓客扱いである。


 俺は衣食住のうち衣くらいしか他人に頼らない存在なので別にいらなかったのだが個室を与えられ、俺はそこでこれからのことについて考えていた。


 ……クルスは、物語を体現してくれるかもしれない、一度は諦めていた存在。それとその周囲を観察するのは決定事項なのだが、問題は俺がどこまで介入するか。既に戦闘能力の一端を見せている手前、今更非戦闘員面をするのは不自然だが、本気でやれば今日中に物語が終わりかねない。


 「失礼、少しいいカナ」


 どうすれば──と考えたところで、ノック。拒む理由もないので開けると、そこにはクレイプレシャスがいた。


 「えート、レヴィンお兄さんとでも呼べばいいのカナ」

 「おじいさんでもいいぞ」

 「……やっぱり、見た目通りの年齢じゃないんだネ」


 どうやら、早い段階で俺の身体が人間のものじゃないことを察知していたらしいが、それは想定内だ。見るものが見れば、俺が人間じゃないことくらいはすぐに看破できるし、そもそも隠す気がないことだ。クルスも、詳しい説明こそしていないもののなんとなく察しているだろう。


 「それで、何の用だ? クルスの部屋は向こうだろ」

 「坊やの部屋は人気だからネ」


 人気。人気と言うのは、クルスに聞いた『おねショタハーレム愛ランド~そこはダメだよお姉ちゃん!~』そのままの出来事が起こっているということなのだろうか。


 「それはその……アレなのか? やっぱりクルスの下着を盗んだりするのか?」

 「……イヤ、ボクにそんな趣味はないヨ」

 「そうか……」

 「なぜ残念そうに……? あぁ、でもそういうことをしている子はいるみたいだネ。坊やが着る下着がなくなったと言って騒動になった時があって、それ以来毎日下着が新品そのものになっている……という話をきいたことがアル」

 「そうか……!」

 「なぜ嬉しそうに……?」


 俺の表情が動くタイミングを不思議に思っているらしいクレイプレシャス。分かるはずもないだろうが、俺にとっては大事なことなのだ。


 「デ、本題だけど。キミは一体何者なのカナ?」

 「クルスの保護者ってだけじゃ不満か?」

 「もちろん。キミ、魔力生命体だろう? サニー君やフレア君は杜撰だから気に留めていなかったようだが、注意深い妖精がキミを見ればこう思うだろう……同類だ、と」


 へー、妖精からはそう見えるのか、この身体。さて、現在クレイプレシャスの巧みな推理によって俺は追い詰められ……ているわけではない。というのも、今聞かれていることについては話しても問題がないのだ。別にこの島での俺の過去に直接つながる話でもない。クルスに話していないのも聞かれなかったからというだけだ。


 「ま、それは隠してないから話すよ。俺は英霊だ」

 「英霊……! それはそれは……」


 俺の言葉を聞き、クレイプレシャスは嬉しさを滲ませて興味深そうな声をあげる。


 「なに、知ってんの?」

 「あァ……実物は初めてだがネ……没した英雄の魂を縛り付け使い魔としたものだそうだガ……英雄、なるほどなるほど」

 「その辺りは正直ピンと来てないけどな。俺生きてる間に人のために戦ったことないし」

 「死人の自己評価など勘定に入っていないんじゃないカナ……そも、ボクはいわゆる英雄しか喚べないというのには懐疑的ダ。単に魂を特定できるほど強い有名人、というのが条件で、英雄というのはその典型例……そんな風に思エル」


 有名人……? 正直、それもピンと来ないな。いや、生前に他人からの評判なんか気にしたことなかったんでひょっとしたら知らないところで悪名が轟いていたのかもしれないが……やめよう。考えたところで俺は英霊召喚魔法について何も知らないんだから答えは出ないし、知ったところで意味を感じない。よって考察は終わりだ。


 「それで、英霊は使い魔なんだ……主は誰なんだい? まさか坊やじゃないダロウ?」

 「あー、気が立ってたんでな。召喚されて即殺したからよく知らん」

 「……フム。それはおかしい。英霊は魔力生命体だが、妖精と違って自ら魔力を生成・摂取する術を持たない。主がいなければ身体を維持できないハズ……」


 こいつほんと詳しいな。俺よりずっと人間の魔法に詳しそうだ。ここの妖精は普通島を出ないだろうに、どこで知識を仕入れてきたんだか。


 「それは俺が……あ。お前、どうせこの後あの剣のことも俺に聞くつもりだろ?」

 「もちろん、聞けることはすべて聞くつもりだヨ」

 「じゃあそれとセットで教えてやる」


 実は俺が召喚者をぶっ殺しても存在できる理由と、伝承()の剣を俺……そしてクルスが扱える理由は同じなのだ。


 「あの剣、なんで普通の人間が使えないか、お前なら知ってるだろう?」

 「あの剣は妖精のように生きていて、絶えず魔力を生成してイル。人間が触れればその溜め込んだ魔力が逆流し腕に流し込まれ……耐えきれず破裂スル。これがボクの実験を経ての結論だヨ」

 「おー……完璧な理解だな。ところで実験ってどんな?」

 「捕虜の使いどころというヤツだヨ」

 「ふーん」


 どうやら彼女の好奇心によって人がいくつか死んでいるらしい。とはいえ、妖精目当てでここに来てしくじった連中の末路としてはマシな方か。遊びに使われるのと比べれば、クレイプレシャスの使い道は理性的でまだ意義がある。……って、これクルス知ってんのか?


 「で、そんな剣を持てたこととキミが存在できている理由に関係がアル……ということで良いのカナ」

 「おん。俺は魔力を吸えるんだ。だからあの剣は俺にとっちゃただの力の供給源ってことになるし、身体の意地にはその辺に漂ってるマナを使えば良い、ってことだ」


 ……本当のところ、今の俺に吸えるのは魔力やマナにとどまらないのだが、それは説明が長くなる上に手の内を明かすことになるから黙っておく。


 「それは……是非とも詳細を聞いてみたいところだガ……まさか、坊やも」

 「あぁ。あいつ俺のこと師匠だとか言ってたろ? 別に弟子だとか思ってないが、教えたのはそれだ。あいつに剣が使えたのは間違いなく俺が魔力の吸い方を教えたからだな」


 あの剣は、まだ大したものを吸えなかった頃の俺にブラックデザイアが頼んでもないのに寄越してきたものだ。昔の俺にとっては確かに魔力の供給源として優秀だった。今の俺には必要ないものだが、魔力しか吸えないクルスには良い代物であることに違いはない。


 「……教えた……? ということは、それは技能なのカ? 体質の類いではなく?」

 「わからん。他人の面倒を見るなんて初めてだったんで試しに教えてみたら本当に習得したのがあいつだ。誰でもやれる技術なのかもしれないし、偶然俺もクルスも同じ特別だったのかもしれない」

 「ホウ……」

 「言っとくけど実験とやらには付き合わないからな」


 こいつは俺やクルスの力について知りたがるかもしれないが、俺は宿った理由などに興味はない。仮に技術だったとして、それが広まり使い手が増えても俺にメリットは何もないのだ。


 「残念ダ。なら、坊やの方を当たろうカナ」

 「……言っとくが、一応あいつの命に責任持ってる身なんでマズそうなら殺すからな」

 「心配しなくとも、ボクに坊やを傷つけることなんてできないサ。そもそも、キミが剣を抜く前に他の子たちが黙ってイナイ」

 「なるほど」


 クルスを語るクレイプレシャスの顔からは、確かな好意が……滲み出て……いるように、見える。正直、感情の推察とかド苦手なんだが、多分そうだろう。となると、やはり『おねショタハーレム愛ランド~そこはダメだよお姉ちゃん!~』のマリアお姉ちゃんのように実験と称して服を剥きつつ夜の耐久実験とかするんだろうか。


 「──ところデ。さっきは随分伝承の剣に詳しそうな口ぶりだったヨネ」

 「…………あれくらい触れば分かんだよ」


 俺のポジティブな考えに冷や水を浴びせるような問いかけがクレイプレシャスの口から飛び出る。この問いはさっきまでのと違って面倒とかじゃなく答えたくないものだ。ちょっと余計なこと喋りすぎたか? ……なんか、最初は妖精にしては話しやすいなと思ったが、後ろめたいことができた途端に面倒な手合いに思えてくる妖精だ。


 「それに、英霊。キミ……」

 「レヴィンさん! って……あ、クレイプレシャスさん。レヴィンさんになにか用だったんですか?」

 「坊や……」

 「ナイスクルスー」

 「え……は、はい?」


 俺にとても都合の良いタイミングで現れたクルスは、不思議そうな顔で俺とクレイプレシャスを交互に見ている。クレイプレシャスも、クルスの前で俺と険悪になりたくないだろうから話はこれで終わりだ。


 「……イヤ、用向きなら今終わったところサ。坊やは?」

 「あ、レヴィンさんにここのこと案内しようかと思いまして。あと、皆さんに紹介も」

 「良い考えダ。じゃあ、ボクはここで退散するとしよウ」


 クルスの頭をそっと撫で、クレイプレシャスは背を向け部屋を出ようとドアノブに手をかけ──たところで振り返り、今度は俺の目を見て口を開く。


 「──あァ、それと。やっぱりキミのことは『お兄さん』と呼ばせて貰うよ」

 「構わんけど。なんで?」

 「キミがおじいさんなら、ボクまでおばあさんになってしまうからネ」

 「別によくないか?」

 「イイワケナイヨ」


 そう言って、クレイプレシャスは今度こそ部屋を去った。




【★あとがき★】


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