第31話 婚約破棄してください

 ミリアンナ様に散々脅され、少しドキドキしながらお父様とアルバート様宛に手紙を書いた。

 マッタン王国にいると体調が良くて、このままこちらで学園を卒業するまで暮らしたいこと。アルバート様を長く待たすことは出来ないし、婚約者として隣に立てない私は婚約者に相応しくないから、今すぐ婚約を辞退したいこと。お父様にはもし婚約が破棄されても、私個人の事情で辞退するため、変わらずアルバート様を支持して欲しいと書いた。


 魔法便で手紙を出してから4日がたった。お父様からは、少し婚約破棄の結論は待って欲しいという内容の手紙が届いている。アルバート様からはまだ返事が来ていなかった。体調を崩しているアルバート様は、今も手紙を書ける状態ではないのか、寝込んでいる可能性を考えると、今すぐ戻りたい気持ちになってその度に苦しくなった。


「ねえ、クリス。今日は久しぶりに街に来たのに、ずっと暗い顔をして、こんな事ならオリバー様とお出かけした方が良かったわ…」

「あ、ごめんなさい…」

「ほら、美味しいお菓子でも食べて元気になりましょう。この通りに人気のカフェがあるのよ」

 ずっと落ち込んで王宮に籠っている私を、ミリアンナ様が少し強引に街に連れ出してくれた。マッタン王国では貴族も平民も一夫一妻制なので、抵抗なく街に出ることができる。私自身この国にいることは、チートが発動せず楽に過ごせると実感している。ただ、ここにはアルバート様がいないだけだ…


 街の通りの向こうから来た外套を被った男性のアイスブルーの瞳と目が合った。

「ええええー!!」

 ミリアンナ様が、驚きすぎて淑女らしからぬ叫び声を上げパッと後退る。

「アルバート様…どうしてここに?」

「ミリアンナ嬢、クリスを借りるよ」

「え、あ、はい」

 ぎゅっと手を握られ、そのまま来た道と反対の方へ引っ張られながら歩く。

「あの、アルバート様?体調を崩して、それで寝込んでいて…なぜここに」

 隣を歩くアルバート様は少し痩せて、顔色も悪いような気がした。少し歩くと馬車が止まっていて、アルバート様は無言で私を馬車に押し込むように乗せた。

「アルバート様、あの…」

「急に来てしまってすまない。君がいなくなって、2か月何も行動せず我慢していたら、突然婚約破棄の手紙が送られてきた。居ても立っても居られなくて…」

「あの、話を聞く前に、とりあえず癒してもいいですか?顔色も悪いですし…」

「…すまない」

 アルバート様は、右手を出してくれたので私はそっと手を取り、癒しの魔法を発動した。アルバート様は寝不足・栄養不良・過労…手を通してアルバート様の微弱な魔力を感じる。これはこちらの国に来てから習得した魔力感知の応用だった。魔力を辿ることで、その人の不調な部分を知ることが出来るのだ。

「はい、終わりました。気分はどうですか?」

「ああ、良くなった。ありがとう」

「そうですか、それは良かったです。それで、急にここに来たのは、手紙の件でしたね…」

「…クリスが突然消えた、あの日の私の態度が悪かったことは分かっている…君の大切な姉を引き合いに出して君の心を不快にさせた。クリスを傷つけたのだから、契約破棄を言い渡されても仕方ないと、思おうとしたんだ…でも、気がついたら転移魔法門を使ってここまで来ていた…」

 転移魔法門…各国が所有する緊急事態に移動する手段、でしたよね…これって、緊急事態ですか??職権乱用、王太子になる人が何やっているんですか…

「駄目です…」

「…やはり、私のことが許せない、か…」

 シュンとしたアルバート様が、悲しそうにこちらを見ている。はっきり言っていつもクールなアルバート様が可愛い、ギャップ萌である…

「え、っと。駄目なのは、転移門を私的に使ったことです」

「ああ、そうか、そうだな。私的に使うべきではなかった…でも、緊急事態だったんだ…」

「突然婚約破棄を言い出したのは申し訳なかったです。こちらの生活が体質に合っていたみたいで、希望の隣国に留学も出来ましたし、アルバート様を私に縛り付けるのが申し訳なくて…出来れば留学したままここで卒業したいと思いました。16歳の契約まであと1年ですし…王太子になるとおっしゃいましたから、少しでも早い方がいいかと…」

「体質に合う…それはこの国が一夫一妻制だから?」

「はい、この国の男性のほとんどが怖くないので、街でも学園でも体調が悪くなることがないんです。普通に話せる男子生徒が増えて、いろいろな方と交流ができています」

「いろいろな男子生徒…まさか、運命の相手は見つかった…だから婚約破棄…」

「いえ、そんな相手はいません。この国が居心地良くて、私の我儘でこちらに居たいと言っているのに、アルバート様の婚約者でいるのが申し訳ないだけです…」

 ホッとしたようにこちらを見て、アルバート様は私の手を取った。先ほども今も、吐き気や寒気は起こらない。やはり前回は胃炎で気持ちが悪くなったみたいだ。

「それが理由なら婚約破棄はしなくていい。それに我が国ももうすぐ一夫一妻制に法律が改正される」

「法律が?どうしてですか?」

「法律が制定されて200年以上がたち、一夫二妻制でなくても人口は増え、国は安定した。最近はこの法律で上手くいく貴族より、もめる貴族の方が圧倒的に多いんだ。王宮の調停委員会に毎年多くの夫婦間のもめ事が上がってきて、調停委員たちも処理するだけで大変なんだ。だから私が立太子されるタイミングで、法律を改正するよう提案したんだ。移行期間を1年設けるから、すぐに全貴族が一夫一妻制にはならないし、現在夫婦でいる者たちは現状のまま一夫二妻制だ。それでも、これから夫婦になる者は一夫一妻制だし、クリスにとっても住みやすい国になっていくと思うんだ」

「…一夫一妻制になる…」

 今まで悩まされていた、クズ男チートが一夫一妻制になれば改善される。外出だって怖がらなくて済むかもしれない。今までの生き辛かった過去が一気に思い浮かび、私は泣くのを我慢することが出来なかった。

「大丈夫かい?」

 泣き止むまで、優しく背中を擦って、そっと涙をハンカチで拭いてくれる。ずっと辛い引き籠り生活を支えてくれていたアルバート様の優しさに心が温かくなった。

「ありがとうございます。少し希望が見えました。今まで、何かあるたびに辛くて、留学することだけが希望だったのに、産まれた国が一夫一妻制になるなんて、夢みたいです」

「そうか、喜んでもらえて良かった。私が立太子するのが17歳の誕生日だ。制定から1年後に法律が変わる。マッタン王国がクリスにとって住みやすいのは分かった…それでもこちらに戻る気にはなれないかい?」

「17歳の誕生日から1年後。でもその頃には私は16歳になっています。もうアルバート様の婚約者ではなくなって、例え戻ってもお側にいることは出来ません」

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