第15話 ヤンデレって何ですか??

 何とか午後の授業に間に合う時間に戻って来られた。ドキドキする胸を押さえ、私は混乱していた。

 先ほど、アルバート様の頭上に輝く文字が突然増えていた。出会って5年、増えることがなかった【誠実、腹黒】に、新たに【ヤンデレ】という文字が…

 思わず頭上を凝視してしまった。まさかアルバート様がヤンデレだなんて??家族以外唯一気分が悪くならない相手だったのに、接触できないのか確認するため恐る恐るアルバート様の腕に手を乗せたが、幸運なことに何も起こらなかった。

 それにしてもどうして急に増えたのだろうか?ヤンデレ・・・好きな人への愛情が強すぎるあまりに、精神が不安定になってしまう人???

 いや、アルバート様が?それに好きな人って、まさかこの5年の間に私が気づいていないだけで、秘かに愛を交わしたいほどの方がいるとか?もしそうならば、この契約はどうなってしまうのだろうか…


 属性別の教室に入ると、前方の席にミリアンナ様が座っていた。何となく目が合ったので、逸らすのも変かとじっと見てしまった。ミリアンナ様がこちらへ歩いて来た。

「ごきげんよう。アルバート様の婚約者のクリスティーヌ様でしたよね。何か私に用事かしら?」

「あ、すみません。じっと見てしまって、失礼しました。考え事をしていて、少しぼんやりしていました」

「そう、アルバート様は、そうね、ルート次第ではヤンデレ化するからねぇ。大変そうね」

「え…今、何とおっしゃいましたか?」

「ああ、そうか、この世界にヤンデレはないのね…」

 この世界、ルート、ヤンデレ…もしかして?!

「ミリアンナ様、もしかして、二ホンという国をご存じですか?」

「二ホンって、やっぱりあなたも転生者なの??」

 私は驚きながら頷いた。そうか、やっぱりミリアンナ様は転生者だった。そして、もしかしなくても

「ここは、もしかして…」

「ええ、二ホンでやっていた乙女ゲームの世界、{魔法学園 聖なる乙女と恋人たち}の世界よ。ヒロインに転生して喜んでいたのに、全然上手くいかないし、おかしいと思っていたのよ。放課後いろいろ聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」

「はい、私もこの世界のことが知りたいです」


 放課後、待ち合わせ場所の裏庭の東屋で、ミリアンナ様と向かい合って座ると、私は気になっていたことを一気にまくし立てた。

「あの、乙女ゲームなんですよね?ヒロインはミリアンナ様で、攻略対象がギルフォード殿下、アルバート様、宰相の息子、それで?」

「ああ、落ち着いて、聞きたいことは順番にちゃんと答えるわ。それにこの世界は、私がやっていた聖乙とはかなり違うのよ。だからずっと気になっていたのよね」

「そうでしたか…あの、攻略対象者って何人いるのですか?」

「5人ね、魔法薬のチャーリー先生とまだ来てないけど隣国から留学してくる王子もいるわ。多分私は今、ギルフォード殿下ルートなんだけど、悪役令嬢のはずのジョセフィーヌ様が全然絡んでこないし、私は聖女になるはずなのに、イベントがなくて聖女にもなってないのよね…もしかして、あなたって聖女なんじゃない?」

「えっと、どうしてそう思うのですか?」

「この間、アルバート殿下を癒していたでしょう。普通の癒しじゃなくて、あれは聖女の癒しの光だったもの」

「見られていたんですね…」

「気をつけた方がいいわ。まあ、私はゲームのスチルで聖女の癒しを見ていたから気づいただけで、普通は気づかないかもしれないけどね。あなたが聖女と仮定して、攻略対象の婚約者でしょ。もしかしたら転生者かと思ったのよ」

「もしかして、先ほどヤンデレとか言ったのは」

「ええ、あなたの反応が見たかったの。私、そろそろ崖っぷちでね、このままだとバッドエンドになりそうなのよ。何かヒントがあるなら、藁でも掴みたい気分だったの」

「残念ながら、この世界が乙女ゲームの世界だとは知りませんでした。前世でもあまりゲームはしてなかったので、そういう意味ではあまりお力にはなれないかも…」

「いいのよ。多分愚痴を聞いて欲しかっただけなのよ。もう、最悪どうするかは決めているしね」

 ミリアンナ様は10歳の時に、薄っすらと前世の記憶を思い出したそうだ。馬車にひかれそうになって、倒れた時に、前世車でひかれた瞬間が思い浮かんだそうだ。でもその時はそれだけで、ここが前世夢中だった乙女ゲームの世界だとは思っていなかった。

 はっきりと前世を思い出したのは、制服を着てこの魔法学園の門をくぐった時、頭の中でオープニングの音楽が響いたそうだ。

「もう、本当にびっくりよ。それで私はヒロインに転生してラッキーと思っていたのに、悪役令嬢には意地悪どころか相手にもされていないし、推しだったアルバート殿下に話しかけても完全に無視されるし、宰相の息子のオーディン様には避けられて、やっとイベントらしい感じでギルフォード殿下の傷の手当てが出来たんだけど、本当ならそのイベントの時に、私が聖女の力を発現するはずなのに一向にその兆しはないし。親しくなったギルフォード殿下は俺様キャラが暴走していて、ゲームの時にはそれもカッコいいと思っていたけど、現実でされたらドン引きよね」

「ギルフォード殿下のことが好きなのでは?」

「顔は好みよ、イケメンだもの。でも、それを言うなら推しのアルバート殿下の方が好きだし、性格ははっきり言って、生理的に無理よ。女好きで俺様って、何キャラなの?って感じ」

「えっ、じゃあ何故ギルフォード殿下といるんですか?」

「それは…今までゲームの世界だと思っていたから、どのルートとも親しくなれなかったら、バッドエンドで断罪されたり国外追放されたりするって思い込んでいて、仕方なくかな…ぶりっこキャラも甘えん坊キャラも無理してやっているのよ」

 そうか、あの甘ったるい声やしな垂れかかっていたのは、相当無理をしていたのね…

「でも、あなたの存在がわかって、もしかしたらゲーム通りの展開にはならないんじゃないかと思って…」

「確かに私が聖女判定されていますし、ジョセフィーヌ様は悪役令嬢ではないですから、そもそものゲーム設定がおかしくなってますね」

「そうでしょう。だから、私もこの学園からいなくなってもいいんじゃないかと思ってね」

「いなくなる?」

「もうすぐ成人の16歳だし、心機一転隣国に留学しようかと思ってね。ほら、最初はここがゲームの世界だと信じていたから、結構めちゃくちゃしてしまったのよ。今更ここではやり直しがきかないし、隣国の王子が留学してくる前に、隣国に行ってワンチャン運命的な出会いを演出してみるのもいいかなって。まあ、それが駄目でもこの国の結婚制度はあまり好きでないから、隣国で旦那様を見つけるために留学するのもいいかと思って。もともと勉強は嫌いでないし、成績もいいのよ」

「えっと、ギルフォード殿下とはどうするのですか?」

「彼曰く、私はあくまで友人なので、特に何の関係もないはずよね?」

「確かにそうですね。友人の留学を反対するのはおかしいですね」

「もうゲームに振り回されるのはこりごりなのよ。さっさと隣国に脱走しようと思っているの。きっと運命の相手は隣国にいるのよ」

 どこかで聞いたセリフを嬉しそうに言って、ミリアンナ様はずいっと身を乗り出した。

「それで、あなたはどうしてこの世界に?」

 私は前世で彼氏に階段から落とされ死亡したこと、散々な男運の無さを話した。身体がクズ男に反応することも話すと、かなり同情された。

「そうなのね。それは苦労しているわね。でも、アルバート殿下もヤンデレでしょ?大丈夫なの?」

「それなんですが、ゲームではどんな感じでしたか?」

「そうねぇ、好感度が上がればハッピーエンドでかなりのスパダリなんだけど、途中で信頼度が下がるとヤンデレ化してね、監禁エンドや無理心中エンドなんかもあったかな?」

「監禁エンド、無理心中…」

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