第4話 婚約してください

 焦った私は思わずアルバート殿下の腕を掴んでいた。いつもなら、男性に触れれば寒気や吐き気がするのに…この人は何故か大丈夫だった。

「あのっお願いがあります。私を…殿下の婚約者にしていただけないでしょうか!勿論ずっとではなくて、仮初でいいのです。私が成人して、一人で隣国に行けるようになれば、きれいさっぱり解消していただいて構いませんから!!お願いいたします!!」

 ずっと引き籠りながら、私は自分の将来について考えていた。今は3つの候補まで絞っていた。

①妻が一人の王族に嫁ぐ。[狭き門]

②平民に嫁ぐ[平民にもクズ男はいるし、家族に反対される可能性が高い]

③一夫一妻制の隣国へ嫁ぐ[成人年齢まで待つ。お父様が許してくれるか心配]


 さすがに平民には嫁ぐ許可は下りないと思っているので、今のところ③が有力候補だ。隣国に留学して、貴族のクズではない男性と何とか縁をつなぐ。心配性で過保護の父が許してくれるかが大きな問題だが、何とかしようとしていた。

 ところがである、王族は王族でもクズ男最強(仮)のギルフォード殿下にもしも今、見初められこのまま婚約者にでもなってしまったら、これはもう詰む。詰むことしか考えられないのである。

「お願いします。私を助けてください」

 無理を承知で頼みまくる。土下座しようかしら?それとも脅迫??どうしたら、この家族以外の男性唯一嫌悪感のない殿下を頷かすことが出来るかしら??

「…それは、私に何かメリットがあるのかな?」

 そうか、メリットのプレゼンね…私は焦りながらも頭をフル回転させた。

「そうですね。いくつかあると思います。婚約破棄する際の原因は私にありますので、父であるスコット侯爵は殿下に大きな借りが出来ます。父は私に甘いので、殿下の提示する婚約破棄の条件をのんでくれるはずです。婚約すれば、婚約者の実家として殿下の大きな後ろ盾にもなりますし、破棄した後も変わらず後ろ盾になるはずです」

 実はスコット侯爵である父は、有力貴族で影響力も半端ない。普段は子供たちにでれでれの父であるが、王宮議会の議長も務める実力者だ。

「ほう、なかなかのメリットだな」

「それに、きっと第一王子殿下は…ここだけの話、王にはなれないのではないでしょうか?」

 声をひそめて、私はアルバート殿下に囁いた。不敬罪が怖いがここは踏み込んだ話をした方がいいだろう。

「ほう、それはどうしてかな?不敬罪に当たる発言だが?」

「うっ、そうですが、」

 今はまだ、正式に立太子の宣言はされていないが、順当に行けば第一王子のギルフォード殿下が王太子になるだろう。王太子になるには浮気や愛人はご法度だ。国として法律で制定されている。私が見える頭上の文字は絶対だった。つまり、ギルフォード殿下は浮気や愛人問題で廃嫡される可能性が非常に高いのだ。

「詳しくは説明できませんが、もしや、第一王子殿下は、女性が…その、お好きなのでは?」

 アルバート殿下の眉がピクリと微かに動いた。どうやら心当たりがあるようだ。

「それをどこで?」

 頭上にバッチリ見えましたとは言えず、曖昧に微笑んだ。

「まあいい、私もいきなり唯一の妻を選ぶのには疑問があった。今回の茶会は、婚約者と側近候補を探す目的もあったが、私は婚約者を選ぶ気はなかったんだ。まあ、君と利害が一致しそうだな」

 婚約者を探す目的?初めて聞く事実に震えあがる私に、殿下はにっこり微笑んだ。

「まあ、仲良くしようじゃないか。婚約破棄は君が成人した時だろう?まだ先は長いんだから」

 腹黒…そう、誠実と腹黒が混在する殿下の微笑みに、トクンと胸が高鳴った気がしたが、私はその事を深く考えないようにした。

 兎に角成人して隣国へ行く。そこに私の運命の旦那様がいると信じて…

「殿下、よろしくお願いいたします」

「そうだ、設定を考えようか、お互いが一目ぼれ、婚約は私から申し出よう。君はスコット侯爵に私と婚約したいと頼んでおいてくれ。それから私のことは名前で呼んで」

「え、っと、アルバート殿下?」

「殿下はいらない。呼び捨てで」

「そ、それは無理です。あの、アルバート様?」

「まあいい。私はクリスと呼ぼうか?」

 愛称で名前を呼ばれた途端、また胸が騒がしく高鳴ったが、きっと美少年にそう呼ばれたら誰でもそうなるだろうと、冷静に判断してにっこり微笑んだ。

「ところで、今君は兄に見初められている可能性が高い。その時はどうやって断るんだ?」

「そうですね、例えばーーー」


 打ち合わせが終わった頃に、兄と姉が部屋へ入って来た。私と一緒にアルバート殿下がいる状況に、一瞬兄が何か言いたそうにしたが、私は構わずアルバート殿下にお礼を言って退室した。お茶会も終盤になっていたようで、私たちは両親と合流してそのまま馬車に乗ってスコット侯爵邸に帰宅した。

「疲れたかい?お茶会はどうだった?」

 馬車の中で、心配性の父が聞いてきたが、私は曖昧に微笑んで、伝えるべきことを言った。

「お父様、帰ってからお話をする時間が欲しいです」

「そうか、では夕食の後に時間を作ろうか」

「ありがとうございます」


 夕食が終わり、父と二人でお茶をしながら今日あったことを話す。勿論アルバート殿下との出会いを打ち合わせ通りあること無いこと盛りだくさんで話した。

「つまり、クリスティーヌは第二王子に…こ、恋をしたというのかい??」

 蒼白の顔で声を震わせる父には申し訳ないが、ここは私の大切な未来がかかっている。演技にも熱がこもる。「はい、倒れた私を介抱していただき、誠実な殿下のお人柄に恋をしてしまったのです。ぜひ、アルバート殿下と婚約がしたいです。殿下も私を望むとおっしゃってくださいました」

「いや、でも殿下もまだ10歳だ。いきなりクリスティーヌを望むなど…それに、クリスティーヌだってまだ8歳だ。婚約者を持つには早くないか?ずっとこのまま家にいてもいいんだ。無理に婚約しなくても…」

 それは将来結婚せずに、子供部屋おばさんになれと言っているのですね。でも、それは最後の手段にとっておきたいです。私は自分の未来を引き籠って過ごしていいとは思っていなかった。

「お父様。私は殿下を、あ、あ、愛しているのです!お願いします。婚約の申し込みが来たら受けてください!!」

 今だ納得していない父に最後の仕上げとばかりに、愛していると告げると父は涙目になりながら渋々頷いてくれた。

「第二王子であるアルバート殿下は、臣下の間でも評判がいい。クリスティーヌが望むなら、…私は反対しない…でも、まだ婚約は早いと…」

「お父様……いいですよね?」

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