第19話 渦中の二人は語り手に

「そろそろ、出てこられてはいかがです?」


 イビルベアの死体を十数体分作り上げ、軽く息を吐いた後にポーファは虚空に向けて呼びかけた。


 彼女の身体には傷一つ付いておらず、それどころか服の汚れ一つすらない。


「せっかく、わざわざ一人になって差し上げたのです。これ以上の好機はないでしょう?」


 ポーファはそう続ける。


 すると周囲の草木がガサガサと動き出し、その向こうから数人の男たちが現れた。

 男と判別出来たのは体格が男性のそれだからで、全員が頭部までを覆う黒装束で全身を包んでいるため顔はわからない。


 実のところ、ポーファはセクレトやガード程に索敵能力に長けているわけではない。

 それゆえ実際に出てくるまで周囲に人の気配は感じ取れなかったのだが、状況から考えて「いるはずだろう」とカマをかけた形だった。


 誰もいないところに呼びかける間抜けにならずに済んだことを、密かに安堵するポーファである。


「さて。こんな大人数で、私にどんな御用でしょう?」


 そんな内心はおくびにも出さず、ポーファは軽く首を傾けて男たちに尋ねた。


「私には心に決めた人がいるので、交際のお申込みならお断りさせていただきますよ?」


 軽口と共に微笑む。


「我々と共に来ていただきたく」


 返ってきた男の声には、一切の揺らぎが見られなかった。


 喋り出したのは、ポーファの正面にいる男だ。

 他の男たちと見た目上の違いは全く存在しないが、彼がリーダーなのだろうか。


「貴方がたの目的は、これでしょうか?」


 ポーファは、胸元からペンダントを取り出した。


「それは……」


 デザインそのものは、そこまで珍しい部類のものではない。

 銀細工の台座の上に、複雑にカットされた宝石があしらわれたもの。


 ただし、宝石は中央でパックリと割れていた。


「既に、使われた・・・・後ということですか……」


 ほんの少しだけ残念そうな響きの混じった男の言葉に、ポーファは僅かに目を細める。


 今の反応からして、この魔石に封じられていた魔法について知っていたということで間違いないだろう。

 男たちの正体に、概ね察しがついてきた。


「あまり、驚いていませんね?」


「予測された事態の一つではあります」


 男の声には、もう動揺は全く残っていない。


「それに、我々にとって最も重要なのは貴女様自身の御身なのです」


 その発言が、ポーファに確信を抱かせる。


「復興派の方ですか……」


 ポーファは軽く溜息を吐いた。


「新生フィジカ帝国の御旗となっていただきたく」


 男たちが、一糸乱れぬ動作で一斉に膝をつく。


 フィジカ帝国。

 かつて魔王フィル・スパンツリーの元、世界の半分までを傘下に収めた大国。


 そして。


「フィル・スパンツリー様の血を最も色濃く受け継ぐ、貴女様に」


 ポーファが、生まれてからの六年間を過ごした国でもある。


 魔王の第一子、彼の国の王女ポーファ・スパンツリーとして。


「十年も前に滅んだ国を、今更復興させたところでどうしようというのです? ほとんど国そのものであった、魔王も既に存在しないというのに」


 ポーファの声は、郷愁の感情など微塵も感じさせない冷たいものだ。


「しかし、その叡智は完全に失われたわけではありません」


 男の返答に、ポーファの顔が僅かに強張った。

 口ぶりからして、持っているということだろうか。


 魔王が残した、『遺産』を。


「……それがあったからといって、何だと言うのです?」


 極力動揺を抑え、平静な声を意識して尋ねる。


「貴方がたは、何を目的としているのですか?」


「今一度、今度こそは世界を一つの国の元に治めることにございます」


「なにゆえに?」


「世界は、優れた者に統治されるべきでしょう」


「貴方がたがそうであると?」


「貴女様ならば、その器足り得ます」


「ご冗談を」


 ポーファは鼻で笑った。

 そんな言葉でポーファがその気になると思っているのならば滑稽だし、もし本気で言っているのだとすれば尚更滑稽だ。


 ポーファ自身が、そのような器でないことを誰よりも知っている。


 世界を統べる程の器だと言うのならば。

 たった一人の男性の、曲がってしまった運命を元に戻すことくらい造作もないはずだろうから。


「いずれにせよ……考えてみれば」


 『魔王の遺産』を使用出来るのは、彼女の血を受け継ぐ者のみだ。

 恐らく彼らの主目的はそれで、あわよくばお飾りの魔王にもなれば、といったところだろう。


「ここでの問答は、意味を成しませんね」


 ゆえに、ポーファはそう断じた。


 説得に応じるような相手ではあるまい。

 そしてもちろん、ポーファも譲る気など毛頭なかった。


「私には、やることが……やらなければならないことが、ありますので。貴方がたのために使うような時間なんて、一秒だってないのです」


 ニコリと微笑んで答えると、男たちが立ち上がる。


「では、力尽くでも来ていただきましょう」


 そして、腰に下げていた短刀を手に戦闘態勢に入った。


「最初からそのおつもりだったんでしょうに」


 表情を苦笑気味に変化させたポーファは、棒立ちのままだ。


 躊躇する様子もなく、男たちが襲い掛かってきた。


 速い。

 それに、連携にも隙がなかった。


 なるほど、かなりの手練のようだ。

 だが、ポーファがいつも組手している相手に比べればなんとノロマなことか。


「少し、昔話をしましょうか」


 そんな風に、語る余裕まである。


 なぜそんなことを言い出してしまったのかは、ポーファ自身にもわからなかった。


 少しくらいは、彼らに断る理由を説明してやってもいいと思ったからなのか。

 久方ぶりにポーファ・スパンツリーとして扱われた事で、過去の傷が疼いたのか。


 あるいは、ずっと誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。


 自分の罪を告白するために。


 懺悔したところで、許されるわけがないのに。


 誰より、ポーファ自身が許せるわけがないのに。


「世間知らずの、罪深いお姫様と」


 その声に込められた感情は、愛しさ。


「それを助けてしまった、優しすぎる男の人のお話です」


 それから、決して少なくない量の懺悔であった。




   ◆   ◆   ◆




 セクレトの遺体を無感情な目でしばし見下ろした後、コーストは背を向けて歩き出した。


 一歩、二歩、三歩。


「っ!?」


 三歩目が地面に着いた瞬間、顔色を変えて跳躍。


 ほぼ同時に、今しがたまでコーストの身体があった場所を剣撃が通り過ぎた。

 剣筋上に残っていたコーストの髪が数本、斬られて宙を舞う。


「昔のまんまだったら、今ので斬れたと思うんだが……流石に成長してんなぁ、Aランク冒険者さんよ」


 剣を振り切った体勢で、セクレトが気負いのない笑みを浮かべた。


「それに、随分と演技も上手くなったもんだ。迫真だったぜ? 仲間のフリ」


「……確かに、殺したと思ったんだけどね?」


 セクレトの冗句には付き合わず、しかしこちらも余裕のある表情でコースト。


「あぁ、確かに殺されたさ。良くないよな、死なない・・・・ってのは。勘所が鈍って、受けなくてもいい一撃までもらっちまう」


 冗談めかした動作で、セクレトは自らの胸を指した。

 身に着けた衣服は真っ赤に染まっているが、傷は既に塞がっている。


「案外、驚いてないみたいだな?」


 やはり軽い調子で、セクレトが尋ねた。


「予測された事態の一つではあるからね」


 奇しくもほぼ同時刻、ポーファに返されたのと同じ言葉をコーストが口にする。


「『奪死奪生』。魔王の残した魔法の一つが、君に使用されているという事態はさ」


「なるほど、随分詳しい」


 セクレトは肩をすくめた。


「むしろ、俺より詳しいんじゃね? その魔法名も、今初めて聞いたし」


「一部の情報については、そうかもしれないね」


 口調だけを見れば、友人同士の軽口の押収にも聞こえるかもしれない会話。


「けれどもちろん、知らないこともある」


 もっとも、セクレトはともかく、コーストの目は完全に敵に向けるそれであった。


「例えば、君ほどの男がなぜそんな状況に陥ったのか」


 セクレトの一挙一動を見逃すまいと、じっと見つめている。


「なぜ君が、魔王の忘れ形見と家族ごっこなんてしているのか……とかね」


 その言葉と共に、コーストに僅かな緊張が生まれた。


「なるほど、そこまで知ってるなら話は早い」


 一方のセクレトの態度は、どこまでも軽いものだ。


「少し、昔話をしようか」


 たとえそれが、セクレトにとって心の最も柔らかい部分に触れる話題であったとしても。


「己こそが最強と嘯いていてた、クソガキと」


 その内に深い後悔があることを読み取れる者は、存在しないだろう。


「その鼻が折れる現場に巻き込まれちまった、優しすぎるお姫様の物語だ」


 彼が家族と呼ぶ、たった二人を除いては。

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