第4話 お宅訪問は納得に

「そういえば今朝~、不審者が出たんだって~。なんか~、校門で~、先生たちと大バトルだったとか~?」


 教室を揃って出た三人が校門に到達したところで、ふとサリィがそんなことを言い出した。


「あぁ、だからやけに厳重体勢だったんだ……入学式で先生たち、汚れだらけだったし……」


「物騒ですね」


 半笑いながらも納得の表情を浮かべるリースと、素知らぬ顔で言ってのけるポーファ。


 なお件の『不審者』は、キッチリ魔物を解体し終えた後にしれっと入学式の保護者席に紛れていた模様。


「しかし、それにしてはこっちは綺麗だね?」


 校門付近を観察して、リースが首を傾ける。


「つーか、むしろ朝見た時よりピカピカになってるような……?」


 次いで、その傾きの角度を更に深めた。


「入学式に合わせて~、掃除したのかな~?」


「なら、入学式の朝に間に合ってなきゃ意味ないっしょ……」


 そんな風に疑問を浮かべ合うリースとサリィ。


 ちなみに。

 騒動直後時点での校門付近の状況は、魔物解体時に飛び散った様々な液体等によって悪臭(二十代以上限定)を放つ悲惨な有り様になっていたが。

 帰り際に他ならぬ『不審者』本人が清掃していったため、今の姿に落ち着いているというわけである。


 という事情を、知っているポーファではあったが。


「考えても仕方なさそうなので、とりあえず行きましょう」


 やはり素知らぬ顔で、そんな風に二人へと促した。


「ま、それもそっか」


「そうだね~」


 あっさりと同意が返され、三人は歩みを再開させる。




   ◆   ◆   ◆




 などという一幕を経つつも、一行はポーファの住む家に到着した。


 平建ての一軒家だ。

 部屋数は、リビングを入れて四つ。


 平民としてはまぁまぁ悪くはない、程度の家屋である。


「普通の家だね……」


「お城に住んででも~、おかしくなさそうな気品なのにね~」


 相も変わらず、リースとサリィはヒソヒソと話し合っている。


 と、そこで。

 ポーファが開けるよりも前に、内側から扉が開かれた。


「いらっしゃーい。ようこそ我が家へ」


 中から顔を覗かせた、エプロン姿のセクレトがニコリと笑う。


「えっ、もしかしてこの人が……?」


「爽やか系で格好いいかも~……ていうか~、凄くまともそうな感じ~?」


「だ、騙されないで! あれよ! そんな、あからさまにヒモですって見た目の男がヒモなわけないじゃない!」


「それもそう……なのかな~……?」


 リースに肩を揺すられ、サリィが微妙な表情に。

 二人とも、頬はほんのりと赤かった。


「そんで、おかえり」


「ただいま帰りました、セーくん」


 その傍らで、セクレトとポーファが挨拶を交わし合う。


「もうちょっとで出来るから、中で待っててな」


「どうぞ、こちらへ」


 そして、リースとサリィを中へと招き入れた。

 恐る恐るといった様子で、二人が足を踏み入れてくる。


 入ってすぐの部屋が、キッチン兼リビングだ。

 テーブルの上には、既にいくつもの料理が載っていた。


「ほわっ……!?」


「す、すご~い!」


 そこに並んだ品々に、リースとサリィが目を丸くする。


「コカトリスの丸焼きに、あの大きさはロックバードの卵……!? ソテーされた魚は……これ、まさかレインボーフィッシュ……なの……!?」


「この香り~……シチューに使ってるのは~、バトルカトルのミルクかな~? それに~、エンジェルマッシュルームとルナキャロットまで入ってる~?」


 二人が挙げたのは、どれも超高級食材である。


 貴族の食卓に上がることさえ稀で、無論平民がおいそれと手を出せるものではない。

 普通の平民であれば一生に一度、いずれか一つを食べることが出来れば大豪運といったところだろう。


「おっ、二人とも食通だねぇ」


 セクレトがそんな感心の声を上げながら、フライパンで焼いている肉をひっくり返す。


 分厚い肉から漂ってくる香ばしい匂いに刺激されたか、リースとサリィの「クゥ」というお腹の音が綺麗に重なった。

 赤面した二人が、慌てて自らのお腹を押さえる。


「今日はいいドラ肉も入ったから、楽しみにしててな」


 次いで、事も無げに告げられた言葉に二人共表情を引き攣らせた。


「ド、ドラ肉ってまさか……!?」


「ドラゴンのお肉ですか~!?」


「あぁ、もちろん」


 肉の焼き加減を確かめながら、セクレトは何でもないことのようにあっさりと頷く。


 幻の食材、ドラゴン肉。

 そもそもドラゴンの目撃例自体が希少なのに加えて、それを倒せる人材となれば更に輪を何重にもかけて希少である。


 肉以外も全身が有用な素材の宝庫であり、もし一人で倒すことが出来たなら何代か遊んで暮らせるだけの金が手に入る。

 もっとも、ドラゴン相手ともなれば数百人規模の討伐隊が組まれるのが普通だが。


 それでも、討伐に成功すれば一人頭の取り分はかなりのものとなる。

 大抵、ドラゴンと戦う過程において大部分の者が死ぬからだ。


 ちなみに、それよりも遥かに高い確率で討伐隊そのものが消滅する。


「リースちゃん、食べたことある~?」


「あるわけないでしょうが。王宮で、国賓招く時に出せるかどうかってレベルのもんなんだからさ」


「き、きっと冗談~……だよね~……?」


「あ、あぁそうか、冗談か……そりゃそうだよね……」


 ゴクリ、とリースが喉を鳴らした。

 良い香りにつられて唾が出たわけでは……なくもないのかもしれないが、恐らくメインの理由は緊張を解くためであろう。


「さ、座ってくださいな」


 結局入ったところで突っ立ったままだった二人に、ポーファが椅子を引いて促した。


「あ、はい……」


「失礼します~……」


 おずおずと二人が席に着く。


「ただいまー」


 と、そこで玄関を開けて少年が入ってきた。

 この家の住人の一人、ガードである。


 リースとサリィを見て、目をパチクリと瞬かせる。


「いらっしゃい。ゆっくりしていってね」


 しかしすぐに状況を理解したらしく、そう言ってニコリと微笑んだ。


「お邪魔してます~」


「弟さん? そっくりだね! 凄く可愛い!」


 サリィがふんわりと笑い、リースがパッと表情を輝かせる。


「はは……どうも。ガードです」


 ガードの笑みが、苦笑気味に変化する。


 この年齢の少年の多分に漏れず、ガードも「可愛い」と称されることを好まない。


 しかしこの変化はほんの僅かなものであり、この場で気付いたのはポーファとセクレトだけだろう。

 客人に内心を悟らせない辺り、年齢にそぐわぬ大人の対応である。


「うっし、そんじゃあ全員揃ったところで始めっか」


 ポーファとガードも席に座ったところで、セクレトがフライパンを手首で大きく弾いた。


「ちょうど、肉もいい感じに焼けたとこだ」


 フライパンの上から肉がポンと飛び出し、宙を舞う。


 素早くフライパンを置き、代わりにナイフを手にしたセクレトがそれを空中に数度走らせた。

 綺麗に五等分された肉が、付け合せのみ盛られた状態だった五枚の皿の上にそれぞれ着地する。


『おぉ~!』


 鮮やかな手際に、リースとサリィが感嘆の声とともに拍手を送った。


 ポーファとガードも、小さく手を叩いている。

 ポーファは笑顔で、ガードは如何にも「付き合いでやってます」という表情である。


「んじゃ、遠慮なく食べてな」


『いただきま~す!』


 セクレトも席に着き、一同唱和。


「んんっ!?」


「おいひ~!」


 早速料理に口に運んだリースとサリィがそんなリアクションを取る。

 リースは目を丸くし、サリィは頬を膨らませたままで少々お行儀悪く叫んでいた。


「このレインボーフィッシュ、前にウチで食べたやつより美味しいです! なんか、凄く身がふっくらしてて旨味が強い!」


「あんま知られてないけど、レインボーフィッシュって熟成させた方が美味いんだ。まぁちょうどいい具合になるまで一ヶ月くらいかかるし、ちょっとでも機を逃すと今度はすぐに腐り始めるしで、加減が難しいからしゃーないとは思うけど」


「私~、コカトリスのピリッとする感じがあんまり好きじゃなかったんですけど~。これ~、全然それがなくって食べやすいです~」


「あぁ、ピリッとするのは毒が中和しきれてないからだな。三種類くらいの薬草でヤバい毒にだけ対処することが多いけど、本当は二十七種類使って全部中和した方が美味くなる」


 リースとサリィの感想に、セクレトがそんな風に解説する。

 二人は、感心しきりの様子であった。


「ど、どうしよ~……私~、これなら養ってもいいかなって気がしてきたよ~」


「落ち着いて、私もよ」


「ん~、リースちゃんの方が落ち着く必要があるかも~?」


 そんな風に、ヒソヒソと会話を交わした後。


「あ~! わかった~!」


 サリィが、納得顔で手を叩いた。


「セーくんさんは~、宮廷料理人さんだったんですね~?」


 疑問形ではあるが、確信を伴った口調である。


「そこまで料理を評価してくれんのは嬉しいけど、残念ながらハズレだ」


 しかし、セクレトは軽く肩をすくめて首を横に振る。


 傍らで、ポーファはニコニコと笑っていた。

 ガードは、我関せずな態度で食事を続けている。


「俺は……」


 と、そこで。


「セクレトォォォォォォォォォォォォォォォォ!」


 そんな、地を揺るがさんばかりの野太い大声と共に勢い良く玄関の扉が開いた。

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