第一九話 取引

 さて、ここから数日の動きをまとめておこう。

われ、オールブを制圧せり。近日、ロンドへ帰還す』

 ディセアたちからの電文だ。予定より少数の兵力だったが、攻略には成功したらしい。被害の程度や今後の作戦立案について、後ほどすり合わせるとしよう。

 第一四艦隊はオールブからはるか遠くの遠征先に滞陣したまま、今も不気味な沈黙を続けている。ある程度まとまった数の艦艇が放つ、独特なノイズを観測している。

『互換部品を発注したい。見積もりを求む』

 目星をつけていた商人組合から、前向きな返信があった。提供済み部品とは別件で、追加の互換部品製造依頼つきでだ。値引き交渉を長引かせる暇は無い。初手から破格でブン殴る方針でいく。無論、後できっちりと見返りは求めるが。

 ゴード隊はあれから鳴りを潜めている。しかしながら、彼らは大所帯だ。……彼らの艦艇群が、ロンドのドックを少なからず圧迫している。身内の不始末で、艦艇の出入りが大きく制限されるのは痛い。そのぶん、一般艦艇に課している税収――例えば、停泊料や入渠にゅうきょ料など――が減っているのだ。

民心安定みんしんあんていの為、施政しせい方針や陳情への対応状況を周知しています」

 俺は主への報告を挟みつつ、連合と帝国の根深い対立を和らげる必要性を強く感じていた。今のままでは、停戦交渉もままならない。戦い続け、互いの痛手が増えれば尚更だ。

 現在のロンドは、そこで暮らす共同体コミュニティがそれぞれ自警団を形成している。新たに連合寄りの民が増え、帝国支持が多数派の図式が崩れつつある。対立する二者が拮抗に近づくのは、衝突の原因にもなり得るだろう。巡察隊として、機械歩兵の配備を急ぎたい。

『エシルの操艦実地訓練を観てやれ。その間に機械歩兵の調整を進めておく』

『よろしくお願いします!』

 居室からも指示が飛ぶ。大口の互換部品発注依頼に備え、青星鉄せいせいてつの調達量を増やすべきタイミングだ。エシルをバーボネラ級工作艦に乗せ、要塞近くまで移動して採掘といこう。移動先には別働隊がおり、自動運行で採掘や宙戝狩りを行っている。そこまでの道中は、アフィニティ級電子巡航艦で護衛すれば問題無いだろう。



『AIガゼル、ノード〝バーボネラ#E〟に接続完了』

 システムログが刻まれる。ロンドに寄港したバーボネラ級五番艦の中で、俺は目を覚ました。さっそくエシルを乗せ、採掘場として使っている小惑星帯へと至る。

「巡航解除用意……今! 目標宙域へ到着を確認しました」

 別働隊と合流し、情報を統合する。走査スキャンデータに、僚艦の位置や鉱脈がプロットされた。

「では、さっそく青星鉄採掘の実習といきましょう。制御権、委譲」

「制御権、掌握。砲門、開きます」

 エシルが緊張気味に応じ、両肩コンテナ前面の大口径分解機リゾルバーが展開していた。

取舵とりかじ三〇、忌舵いみかじ二五。前進微速、距離五〇まで」

 俺の指示どおり、エシルが艦を左下へ向けていた。その先には揺れは小さく、なりは大きい小惑星が待ち構えている。誤伝達予防の、独特な号令は御愛嬌だ。

宜候ようそろう。……距離五〇、停止。空舵そらかじ五。採掘始め」

 先ほどプロットされた鉱脈へ向けて、二門の大口径分解機が白い光を灯す。収蔵管理インベントリシステムが、青星鉄の物質量モル増加を告げていた。

「相対距離に注意。……慣れてきたら、小惑星の揺れに合わせて姿勢制御を」

「あいさー!」

 調子づき始めたエシルに苦笑する。もっと調子づかせてみるとしようか。


 エシルは採掘に慣れてきたようだ。指示出しを止め、鉱脈の選定から採掘までを通して実践させている。……彼女なりに、コツをつかんだらしい。移動時間、埋蔵量、採掘難易度のトータルバランスが良い小惑星を、テンポ良く選んで採掘を続けている。

(そろそろ頃合いだな……)

 エシルには、眼鏡型の視線計測器アイトラッカーを着用させている。その時系列データから、彼女のとある見落としを確認した。数分前に後方で検知した不審なノイズ、別働隊とはぐれつつある位置、ノイジーな分解機や推進機を長時間稼働させている艦……これらから導き出される状況とは。

防盾シールド被弾。入射、五時下方」

 俺は敢えてログを音読した。エシルが喫驚きっきょうから悔恨かいこんへと表情を変化させる。それと同時に、付近で潜伏中の別働隊を呼び寄せた。

「制御権、掌握。……砲門閉め、急速離脱」

 小惑星帯に対し、垂直に艦尾を向けて加速する。護衛の電子巡航艦二隻も一緒だ。襲って来た宙戝艦は、なおも発砲を続けて追いすがってくる。

「ハイパードライブ起動。……三、二、一、今!」

 巡航で離脱する寸前、電子巡航艦に電子妨害機雷を射出させる。宙戝艦が電子妨害で制御を失う頃、別働隊が討伐に駆けつけることだろう。

 ハイパードライブ機構は衝突事故防止の為、一定以下の重力下でのみ使用可能となる。小惑星帯の内部で、いきなり巡航や跳躍は行えない。離脱の為、一定距離航走する必要があるのだ。

「……緊急離脱はこうした手順で行います。覚えておいてください」

「サー、アイ・サー」

 エシルの表情に悔しさがにじむ。反省会デブリーフィングはもう少し先延ばしするとしよう。


『見積もりを確認した。発注を前提に会談したい。できれば急ぎで』

 場所を変えてエシルの訓練を継続中、例の商人組合から通信があった。ロンド付近の宙域で先方と接触できるよう、宙域座標と到着予定時刻を伝えて帰路を急ぐ。

「巡航解除用意……今! 目標宙域へ到着を確認しました」

 先方らしき艦影をひとつ確認した。それに対し、こちらは工作艦一隻と電子巡航艦二隻だ。数を頼みに脅しているようにも映り、わずかに気がとがめた。

 このブルート星系法に基づく艦識別信号規約で、お互いの所属を照会する。

『こちらパドゥキャレ同盟アリオンス。会談への応諾、感謝する』

「こちらアイセナ王国特務艦隊。任務を遂行したまで。要件を聞こう」

 暗号コードを交わし、音声で会談を始める。相手に合わせ、俺も堂々と口上を述べた。

『ああ、本題に入ろう。……貴艦隊の真意が知りたい。それが発注の条件だ』

 気骨ありげな男声が、いきなり核心に斬り込む。エシルも艦橋で固唾をのんでいた。

『はじめに多少の損に目をつぶることは、商売ではよくあることだ。だが貴艦隊は多少の域を超えている。安売りは誰も得をせんぞ?』

 タダより高いものはない、と警戒しているのだろう。もっともなことだと思う。

「そのとおりだ。我々も貴組合に、大いに期するものがある。だからこそ、まずは十分な対価と信義を示すのだ」

 奉仕への報酬の大切さは、歴史で学んだ封建制度が教えてくれた。一方で、やりがいや脅しで報酬を搾取される虚しさは、社会人としての経験で学んできたつもりだ。

 彼らパドゥキャレ同盟の取引履歴には、彼らに敬意を示すべき傾向がはっきりと現れていた。品薄で高騰した時機に、敢えて適正価格で販売してきた実績が在る。目先の利益を求め過ぎず、社会に貢献する商いを大事にしているのだろう。……宙戝が蔓延はびこる世界にもかかわらずだ。見上げた義侠心ぎきょうしんだと思う。

『信義、か。……面映おもはゆいことを言う。一体どんな面倒事を、我々に課す気だ?』

「課すのではない。借りたいのだ。貴殿らの販路と人脈を。貴殿らの力を」

『……ほう?』

「我らのいくさは、帝国皇帝の不義をただすもの。帝国の民を苦しめることは、本意ではない。我らの言が信じるに値するかいなか、我らの行動をもって貴殿らに問いたい」

 我ながら口幅ったいことを言っている。だがこれも、この御仁ごじん義人ぎじんと見込んでのことだ。

『帝国臣民として、聞き捨てならん発言だ』

 沈黙で応える。今、語るべきは語り尽くした。あとは行動で示す機会を得るか否かだ。

『……だが、是非を問うには証が足りんな。……よかろう』

 不意に電文が送られてくる。それは先に送った見積もりの返信として出された、正式な発注依頼だった。その桁違いの発注数に、一瞬目眩めまいを覚える。

(ここで日和ひよれば、信頼は得られまい……)

 青星鉄の備蓄ペースは落ちるが、まだ許容範囲内だ。俺は退かず、発注に応じた。

『貴公の信義とやらを、この契約で占わせてもらうぞ?』

「望むところだ」

 契約を焦りすぎたかもしれない。だが、あのバッタ共への備えを急ぐ必要もある。俺も占わせてもらおう。彼らパドゥキャレ同盟の義心が、一体どれほどのものかを。

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