第二章 従軍

第九話 開戦

 作戦決行当日となった。そこから三時間以上かけて、やけにゆったりとした行軍速度で集結地点へと向かう。宇宙港コルツにほど近い宙域に、艦隊が集結しつつあった。

 三つに分かたれた流線型の艦影と、いびつなキメラの如き艦影がひしめく。前者がアイセナ氏族由来、後者がトルバ氏族由来だろう。集まった艦艇はそれぞれ、全長五〇メートルから一〇〇米ほどの範囲に収まるようだ。

 刻限を迎え、ディセアが全軍へ向けて映像通信の回線を開いた。彼女はベルファと共に八〇米級戦艦を駆り、この艦隊の中央に陣取っていた。

おそれ多き戦女神いくさめがみモリガンよ。貴女あなたへおつかえする、ディセア・アイセナが申し上げます』

 今日の彼女がまとうストールは、剛健さを感じさせる青い生地のものに変わっていた。

くによりきたる収奪の軍勢。これに抗うべく同胞はらから相寄あいよはかり、非才ながら我が身を王と為し、今ここに決起いたします』

 ディセアは帝国の権威にらない女王として、彼女らが奉じる神に誓って即位した。

『我ら一同、胸の内に念じ申す心願が成就じょうじゅしますよう、恐れながら申し上げます』

 穏やかな表情をたたえ、祝詞のりとのような言葉を紡ぎ終えたディセアが暫し瞑目めいもくする。再び眼を開けた彼女の顔つきは、覚悟を決めた覇気あるものへと変化していた。

『帝国の収奪を拒む我らがいくさとくとご照覧しょうらんあれ! 全軍、出陣!』

『『応ッ!』』

 将兵たちが力強く応じ、艦艇が次々と光の尾をいてく。俺たちは最後尾に続いた。此処ここから先は、独自行動の時間だ。

 

 戦場を俯瞰ふかんできる位置へ来た。戦艦ラスティネイルは二門の分解機リゾルバーの代わりに、狙撃レールガンと観測鏡を積んでいる。ノーフォのドック内で〝ボクセルシステム〟を使い、積み替えたのだ。艦橋の前席にはスカーが、後席にはエシルが座っている。ふたりともボディスーツの上に耐Gサポーターを装着し、髪を束ねていた。俺の手荒い操艦への備えは十分のようだ。

「ガゼルよ。練り上げし作戦を申せ。殿下が御心みこころやすんじそうらえ」

 スカーは戦には厳しい。……はずなのだが、やけにおどけた口調で命じてきた。エシルの不安を取り除いてやれ、と。エシルは大事な客人だ。ここはひとつ、俺も頑張って発言するとしよう。

御意ぎょい。我々は擬装のまま戦局に目を配り、これに即応します」

 ベルファの口癖が了解・・の同義語だとAIガゼルに教えつつ、俺はスカーの空気にできるだけ合わせようとする。

「現状でもっとも警戒すべきは、第九艦隊が現れることです。の艦隊に動きがあれば足止めを行い、女王陛下の勝利をより確実なものとします」

 眼前では既に戦闘が行われていた。概算で敵軍艦艇が一〇〇、友軍艦艇が五〇〇。相対して撃ち合っている。友軍の後方には、更に一〇〇程の後方支援らしき艦艇も見かける。

 コルツ守備隊は、既視感のある武骨な艦艇で統一されていた。ディセアたちを救助した時、随伴艦としてみかけたあの艦だ。……だが、その砲撃には勢いが感じられない。砲撃の間隔が長く、不調や不手際をうかがわせた。このぶんでは、ディセア率いるアイセナ・トルバ連合軍が、数の差で押し切ってしまえるだろう。

「……たった一隻で、どうやって第九艦隊を相手にするの?」

 おずおずと、エシルが尋ねる。

「第九艦隊旗艦きかんを狙撃で叩き、指揮系統を乱します。その前段階として、まずは第九艦隊への連絡を防ぎましょう」

 少し離れているとは言え、ここはすでに戦場だ。だが俺は敢えて丁寧な言い回しを心がけ、エシルの不安や緊張を解すよう努める。


 先日、宇宙港ノーフォでの待機中、バーボネラ級工作艦二隻に建艦させていた。建艦したのは二隻のアフィニティ級巡航艦で、電子戦仕様に改装したものだ。

 全長約三〇米。全幅約二四米。くさびの如き直線的で鋭角な艦影を持ち、やはり暗灰色に彩られている。

 この二隻の電子巡航艦を、開戦前から派遣しておいた。目的は撹乱装置ジャマーの敷設だ。宇宙ゴミに擬態させてある。それらは全て、コルツの長距離通信アンテナを狙っている。


「先遣隊に電子戦を開始させました。宇宙港コルツから第九艦隊への通信を妨害します」

 撹乱装置群はコルツを芯に、まばらなリングを描いていた。その外側で、擬装済みの電子巡航艦一隻が公転する。この艦に与えた任務は、撹乱装置群の制御だ。いざという時、撹乱装置群へのマイクロ波給電を行う備えもある。

「続いて、コルツ守備隊の暗号通信を解析します」

 もう一隻の電子巡航艦は、コルツ守備隊の通信に耳を傾けていた。通信は量子暗号化されていない、古い規格の暗号のようだ。パスワードを総当りで割り出すやり方で、解析を試みている。

他の艦・・・も解析に回すが良い」

 スカーがそう言う。俺の頭に、謎のキーコードが送られて来た。それは、要塞スカイアイルのメインAIへの臨時認証だった。AIガゼルの上位AIの支援を受け、俺は解析速度を更に上げる。

「暗号解析に成功しました。解析済み暗号鍵を、連合艦隊旗艦へ伝送します」

 エシルの手前、要塞の事は伏せて報告を上げる。連合艦隊を指揮するディセアたちに、解析済み暗号鍵を送った。これで指揮がし易くなると良いが……。

『無理だ! 持ちこたえられない!』

『寄せ集めの二線級だぞ! どうしろってんだ!』

『長官殿は何処いずこか!』

 コルツ守備隊の通信は、混乱を極めていた。数で劣る彼らは次第に討ち減らされ、文字通り壊滅した。

『強襲部隊、入港! 市街の制圧へ向かえ!』

 総大将ディセアが勇ましく指揮をる。宇宙港コルツは、ノーフォ同様の円筒型宇宙港だ。その狭い入出港ゲートに、比較的大型の連合軍艦艇が続々と入っていく。その先のドック区画へ強引に降着し、歩兵戦力を展開するつもりだろう。先の戦闘で存分に暴れ回った小型艦たちは、入出港ゲート付近で待機するようだ。彼らの手により、入出港ゲートを守る機銃群は既に破壊されていた。

 俺は電子巡航艦を二隻とも、コルツの通信妨害へ回す。その後、戦艦には第九艦隊の動向を観測させた。

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