第6話  お嗤い芸人・山北浩二爆誕

その日はいつもどおり夜勤の到着作業の仕上げとして、我々作業員は荷物の入った車輪付きラックを引っ張っていた。


ラックごとに各営業所の紙が貼ってあり、その紙に書かれた営業所行きのトラックのところまで運んで行くのがこの引っ張り作業であり、これは全作業員が行うことになっているため、私も山北もラックを引っ張り始めていたのだ。


トラックはラックを積みやすいように後方荷台扉を観音開きにしてバックでホーム付けされており、その前でトラックのドライバーがラックを受け取り、トラックに積み込む。

そのため、ホーム上にはラックを受け取ろうと多くのトラックドライバーがいる。


そんないつも通りの仕上げの作業である引っ張り作業の時に事件は起きたのだ。


ドライバーの一人に玉居秀一という男がいた。


この玉居は普段こそ愛想が良くて気さくな性格をしていたが、見るからに力が強そうな大男で、一部の間では絶対怒らせてはいけない人間だと恐れられていた。


その『眠れる獅子』玉居の背中に山北は自分の運んでいたラックをぶつけてしまったのだ。


わざとか、事故なのか?

山北の後方二人目に位置してその様子を見ていた私からすると、他のドライバーと談笑中で、バイトたちが引っ張るラックの列に背を向けていた玉居も不注意だが、前を見てラックを引っ張っていて避けることができたはずの山北も悪い。

それはともかく、痛みのあまり「うわいでっ」と奇妙な叫び声をあげて身をよじった玉居は、背中を押さえながら自分にラックをぶつけた山北の方を憮然とした顔で睨んだのが見えた。


そこで素直に謝ればよかったのかもしれないが、山北の空気の読めなさと相手を見る目のなさは救いようのないレベルだった。

いつもの悪い冗談のつもりだったのか、痛みで怒りに震える玉居を笑いながら茶化したのだ。


「ドライバーさん!そのリアクション面白い!座布団二ま…、ぶ!」


最後まで言わせてもらえなかった。

玉居の怒りの鉄拳が山北の頬にクリーンヒットしたからだ。


「なあにが座布団二枚だ、コラア!なめとんのか!!」


眠れる獅子が目覚めた!

よろけた山北の胸ぐらをつかんだ玉居の野太い咆哮が早朝のホームに響き渡る。


渋谷区や世田谷区担当の作業員たちも何事かと集まって来た。

さすがの山北も叩き起こされて怒り狂う獅子相手にこれ以上軽口を叩くことはできず、おびえた顔で「すいません」と謝り始めている。


殴られたのが一般のアルバイトだったならば、場は多少凍り付いたのかもしれない。


しかし、一瞬唖然としていた南東京の面々も、やられたのがすでに大田区以外でも「空気が読めないイタイ奴」として悪名を轟かせていた山北だとわかると、一人二人とクスクス笑い出す者が現れ、一同大爆笑となった。


不謹慎にも「山北!お前のリアクションの方が面白い!」「座布団三枚、いや四枚!」と大笑いしながらはやし立てる者もいる。


何てひどい奴らだと思いつつ、私も笑ってしまった一人であることを告白する。

漫才のネタでは笑えなくても、この『リアクション芸』は笑えた。

普段、天才を自称し、無意味に余裕をかましてふんぞり返っている山北が殴られた時の反応がかなりおかしく、私の目から見ても秀逸なリアクションだったのだ。


お笑い芸人、いやお嗤い芸人・山北浩二の爆誕である。

お嗤い芸人として南東京ベースの面々に認められた瞬間だった。

今までさんざん他人を不快にしてきたからこそ、この瞬間に笑いを取れたのだ。

これまでの言動は計らずともそのための仕込みだったとしたら、その芸人魂に感服せざるを得ない。


現場を仕切る社員、藤川直人が仲裁に入り、「気をつけろ!」と捨て台詞を吐いた玉居から解放された山北は、南東京ベースの作業員たちの喝さいを浴びつつも人知れずどこかへ消えてしまった。


その晩の夜勤到着仕分け作業から、大田区担当の人間ばかりか南東京ベースで働く者全員の山北に対する評価が変わった。


今までイタい奴だと煙たがられていた男が、その日を境に皆が認める芸人として注目を集めるようになったのだ。

今朝の一件を少なからぬ人間が話題にし、中にはあのシーンを玉居役と山北役に分かれて再現する者も現れ、運悪く休みでその瞬間を見逃した者は口惜しがる。


だが、その日出勤のはずの山北の姿はなかった。

次の日も、また次の日も我々を大いに盛り上げた爆笑王の再登場を皆待ちわびたが、彼が我々の前に現れることは二度となかった。


しかし、姿を見せなくても、彼のその芸人魂は健在だったようだ。


後日、山北は最後の芸を姿を見せることなく我々に披露することになる。

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