2.スキルを試す影勝(1)

 講習を終えた新人探索者若者たちが向かったのは武具などの店だ。だが影勝が向かったのは、宿だ。悲願は短期間では達成できないと考えている影勝は長期を見据えて宿の確保を優先した。

 講習会場だったギルド前はロータリーになっており、その周辺には宿泊施設がある。ビジネスホテル風や旅館のたたずまい、ラブホじみたまであった。


「値段と相談だよな」


 影勝は手持ちの金がいくらだったかを確認する。高校時代にバイトで二〇万円ほどをためた。ここに来るまでに三万円使っている。武具なども買わなければならないので宿泊費に多くは割けない。影勝は布団よりもベッド派なのでビジネスホテルっぽい宿に足を向けた。

 五階建てくらいのビルの大きな看板には第一ホテル旭川ダンジョン前とある。今は昼時だが、エントランス奥のカウンターには中年男性の従業員が何かの作業をしていた。


「すみません、泊りたいんですけど」


 影勝が声をかけると男性は顔を上げる。


「ご予約ですか? チェックインは十五時からとなっていますが……お客さん、もしかして新人探索者さんですか?」

「え、あ、そうです。少し前に講習が終わったところで、先に宿の確保って思って。その、予約はしてないんです……」

「はいはい、新人さんはどうなるかわからないから宿の確保はしてないんですよね。えぇえぇいつものことですので」


 そう言いつつ、男性従業員は宿泊カードを取り出し影勝の前に置いた。


「素泊まりとなりますが、探索者さんには補助が付くので一泊三千円になります」

「やっす!」

「えぇ皆さん最初は驚かれますね。何泊くらいされますか?」

「えっと……」


 現在の残高は十七万円。無駄にはできないが拠点の確保はマストだ。長期を見据えてはいるが現実的な問題もある。現状では妥協もやむなしだ。


「一〇泊でお願いします」

「お、ずいぶん長くとりますね」

「あれ、他の人って短いんですか?」

「探索者になってみたいってだけの人は武具の値段見て財布と相談して、今日泊まってすぐに帰っちゃうんですよ。割と初期離職率が高いんです、探索者って」

「そうなんですか……」


 知らなかった事実に、影勝はショックを受けた。が、自分はやらなければならないことがある。探索者として霊薬ソーマを手に入れ母の病気を治すのだ。


「お部屋は三〇五号室になります。まだ準備が終わってないので、昼食がてら門前町をご覧になっては如何でしょう? ダンジョンに行くには武具が必須ですよ」

「確かにそうですね」


 影勝は言われて気がついた。自身の職業に合う武器は何であろうかと。

 知らない記憶の主だろう【イングヴァル】は弓を使っていた。影勝に弓道の経験はないが、なんとなくやれてしまえそうに感じている。


「じゃあ店を見て時間つぶしてます」

「行ってらっしゃいませ。あ、探索者証ができたら登録するので持ってきてくださいね」

「わかりました!」


 宿を確保し終えた影勝は門前町に繰り出した。


「確か武器屋はあっちにあったような」


 バスを降りた時に見かけた探索者がいたあたりに目を向けた。ショーウィンドウに飾られた刀剣や槍がある。あそこが武具の店だろうとあたりをつけ、影勝はそこに向かう。

 佐原武具店と看板には書かれている。ぱっと見は観光地の土産屋のようだが、中にはファンタジーゲームではよく見かける武器類が無造作に置かれていた。影勝は恐る恐る入店する。


「いらっしゃいー。この時間に来たってことは新人さんかな?」


 店内を掃き掃除していた中年女性に声をかけられた。ちょっとのん気そうな恰幅のいいおばさんだ。ジーンズにフリースの上着とだいぶラフな恰好だった。


「えっと武器を探してまして」

「お客さん、ずいぶん背が高いねー」

「えぇ、育ちすぎちゃいまして」

「あっはっは、大きく育つのはいいことさ! で、武器は何にするんだい?」


 おばさんはすぐに商売人の気配に変わった。影勝は店内を見渡して「弓と矢を探してまして」と答えた。


「へぇ弓かい。職業は弓師か猟師かな。まぁ詮索はしないよ。弓はね、こっちさ」


 おばさんは店の奥の方へ歩いていく。どうやらあまり武器のようだ。影勝は黙って後についていく。

 店の一番奥に埃をかぶっていた弓がいくつかあった。派手な装飾はないが質実剛健な感じが凛としているように見える。


「弓はめったに出ないからこれくらいしかないんだけど、ちょっと引いてみな」


 おばさんは弓の中から一番大きなものを取り影勝に渡した。木でできた、全長一六〇センチほどもある洋弓だ。影勝の身長に合わせたのだろう。

 渡された影勝は見様見真似で弓を構え弦を引いてみた。驚くほど手になじみ、つい昨日も弓を使っていたと錯覚するほどだ。


「あらぁ、様になってるわねぇ」


 おばさんは頬に手を当て感心したように息を吐いた。


「わたしも昔は探索者で、弓使いが同じパーティーにいたこともあってねぇ。アンタはそいつに負けないくらいに引きなれてる感じがするよ」

「……弓道の経験はないんだけど」

「まぁ職業の補正もあるからね。そこは心配しなくていいさ。自分に合う武器を手に取るとのさ」

「そうなんだ」


 影勝は弓をそっと撫でた。滑らかな肌触りから木の優しさが伝わってくるようで、かなり心を惹かれている。だが知らない記憶の持ち主イングヴァルは違う弓に興味があるようで、影勝の意識もそちらに引っ張られた。

 視線を引き付けられたのは、もっと小さい弓、短弓というものだ。全長が八〇センチほどしかない。


「うーん、その弓はあんたには小さいと思うよ」


 おばさんは腕を組んで唸ったが、それでも短弓を影勝に渡してくれた。影勝が手に取ると、体にすっぽり隠れてしまう大きさでしかないのに気が付く。


「確かに小さいですけど……」


 影勝が弦を引くと、短弓はギギギと絞られていく。引きしろは少ないがその代わり連射ができそうだ。記憶の主も満足している気配がする。長い弓は必要だろうがこちらも欲しい。


「……あの、両方買ったとしたら、いくらになります?」

「両方かい? 欲しいなら売るけども……矢はそれぞれに買わないと合わないからね?」

「そうなんですか?」

「普通、矢は引き代に合わせるもんだからね」

「……なるほど」


 両方の弓を引いた影勝は納得した。おそらく普通の矢は短弓には長すぎる。


「そうだねぇ……矢を一〇づつつけて二つで一〇万ってとこかねぇ」

「一〇万ですか……」

「新人さんだからね、これでもおまけしてるのさ」


 残金は十七万円。十分足りるが、宿泊代などを考えるともう後がない状況になる。探索者として稼げるようになって生活できなければ霊薬ソーマなど夢のまた夢だ。

 だが新人探索者がどの程度稼げるのか、事前に調べたがセンシティブな話題ゆえにネット検索には引っかからなかった。

 むむむと悩む影勝だが、ここは踏ん張りどころだと口もとをぎゅっとしめた。


「買います」

「……まいどあり。メンテはうちでできるから、弦の調子が良くないようなら早めに持ってきなね」

「はい、ありがとうございます」


 弓を二つ持ったおばさんがレジに向かう。その背中を見ながら、これでよかったのかと自問する影勝だが、ここで生きていかねば母は救えないと再度決意を新たにした。


「短いほうが短弓の矢だからね。それと矢筒はおまけしとくよ」

「あ、ありがとうございます」

「防具は軽めがいい。胸を出っ張らすものは弦を引くのに邪魔だから薄い革製にしときなね。あと手足を守るものがあるとなおいいね」

「重ね重ねありがとうございます」

「わたしの勘だけどね、アンタは大成する気がするんだよ。そしたらうちを贔屓にしておくれ」


 おばさんがニカっと笑みを見せる。もちろんですと一礼して影勝は店を後にした。

 弓を買った影勝は防具を探しに別の店に行ったが、その値段を見て泣きそうだった。簡単なボディーアマーのようなものでもゆうに一〇万を超える。いまの影勝には高根の花だ。

 強化樹脂でできた安い胸当てを買うことにして、あとは稼げたらにした。最低限の防具ではあるが、最初からフルスペックなど望めない。先送りになってしまうが、実際に探索者として活動して必要なものを揃える方針だ。

 残金は五万円。断崖絶壁の間近でブレイキンをやっている感覚だ。


「腹減ったな」


 スマホで時間を見れば、すでに十四時を回っている。少しすればチェックインできるだろう。遅い昼食を食べることにした影勝はギルド前に戻ってきた。

 ギルド前の門前町には飲食店が多い。影勝が泊まる宿もそうだが基本的に素泊まりとなっている。探索者を飲食店に導くための仕組みだ。


「がっつり食べたいけど」


 ぐるっと見渡す影勝は暖簾のかかる定食屋を見つけた。店の構えは蕎麦屋風だ。あそこならがっつり行けるだろうと早足で向かう。


「朝霞食堂か。チェーン店じゃいなっぽくていいかも」


 影勝はがらっとガラス扉を開けた。中は寿司屋のようにカウンターと四人掛けテーブル席に分かれておりそのテーブルも四つしかない。昼時を外しているので客はカウンターに女性ひとりだけだ。その女性が振り向き目が合った。

 先客は新人探索者を率いていた工藤だった。


「あ、あの時に気分が悪くなっちゃった子じゃない。具合はどう?」


 工藤は生姜焼き定食を食べていたようで、みそ汁のお椀を片手にそんなことを言う。


「すっかり大丈夫です」

「それはよかった。お、さっそく武具を買ったみたいねって弓!? 弓ぃ!?」


 影勝が背負っている弓を見て工藤が目を見開いた。そして二度も言った。


「えぇ、なんかピーンときた武器がこれだったんで」

「弓、ねぇ……」


 顎に手を当ててふんふんと頷く工藤に、自分はどう反応したらと立ち尽くしてしまう。ダメだったんだろうかとネガティブな思考が首をもたげてくる。


「らっしゃい、好きな席にどうぞ」


 カウンターの奥からガタイのいいスキンヘッドのおっさんが出てきた。

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