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「この国では、黒髪は不吉の証とされているんです」


 薄々、というかほぼ確実にそうなんだろうなと思っていた。思ってはいたけど、黒髪の持ち主であるルルの口から聞くのは、結構、クるものがある。


「小さい子なら、みんな一度は聞かされる御伽噺で、黒髪の魔王を倒すものがあるんです」


(そ、そんな下らない理由で……)


「これが以外と下らなくないんですよ。その御伽噺はこの国が成り立つきっかけとなった戦いが、つまり実話が元になっているんですから」


(だとしても、ルルとは関係ないだろ)


「そうですね」


 なんで、ルルが笑っているのかは分からない。

 でも、その笑顔が嘘だということは分かる。


「両親も、家族の中で唯一黒髪のわたしがうっとうしいみたいで」


(なる、ほど……)


 まぁ、自分に似ない我が子を愛せないということなのだろう。納得も理解もできないが、あっても不思議じゃない。


「こんなんだから、わたしはこの学校を出たら、行く宛がありません」


 ハッキリとルルが言う。しかし、その目は確かな希望を称えていた。現状には暗さしかないのに、未来には何かしらの希望を抱いているらしい。

 強い子だ。

 素直に、そう思った。


「だからわたしは、冒険者になろうと思っています」


(冒険者、か……なにそれ?)


「あ、えぇと、冒険者っていうのは、」


 決め顔だったルルが慌てて、説明をしてくれる。

 冒険者というのは、全世界に支部を持つ冒険者ギルドに所属し、依頼を受けて魔物を倒したり、薬草を取ってきたりする職業らしい。


「それで、世界を旅したいんです」


(旅か……いいな。それ)


「そうですよね!」


 俺の同意にルルのテンションが高くなる。否定する訳も無いのに。


「誰にも、言ったことが無かったんです。だから、凄く緊張しました」


(そうなのか?)


「わたしみたいなチビは、無理だって言われるのは、目に見えているじゃないですか」


(今は無理でも、今後のことは誰にも分らん)


「わたしもそう思っています」


 今のルルはどこか強気だ。自室という自分のテリトリーで、気が抜けているのだろう。ということは、こちらが素なのか。


「改めて、ルル=ベネティキアです。これから、よろしくお願いいします」


 そう言って、手が差し出されたので、俺もその手を握った。


(ゾンだ。こちらこそよろしく)


 こうして、俺はルルと出会った。



「明日はどうしますか?」


 お風呂にも入り、歯磨きも終えたルルがベッドの上から聞いてきた。ルルが座っていた椅子に座り、窓の外の月を眺めていた俺はそれで引き戻された。


(ルルは普段は何しているんだ?)


「わたしは、図書館で、勉強したり本を読んだりしてます」


(外で遊んだりはしないのか? 冒険者を目指すんだったら、体力も必要だろ?)


「その、図書館だったら、クラスのみんなに見つかっても、騒がれないので……」


 あぁ、そういうこと。豚ガキとかは、本なんて絶対に読まなさそうだしな。


(か、買い物とかは、どうだ?)


 気を取り直す意味も含めて、別案を出してみる。それに、俺もどんなものが売られているのか見てみたい。


「お金が……、そのお小遣いがもらえなくて」


 ルルは俯いてしまった。

 たしかに、ルルの今着ている根巻きは首元はヨレヨレだ。それに、室内を見渡しても娯楽品と呼べるものは殆どない。


(…………俺も本が読みたいかな!)


「ごめんなさい」


(いやいや、俺も調べ物したいしさ)


「ほんとうですか?」


(ほんと! ほんと! 俺、ルルに嘘つかない)


「わかりました」


 よしよし、納得してくれた。


(ほら、明日の予定も決まったし寝な)


「ゾンさんは寝ないんですか?」


(俺は起きとくよ。眠くないんだ)


 食欲と同じで、眠気がまったくない。それに伴って寝ようと思えない。


「アンデッドは眠らないっていうのは、本当なんですね」


(そうかもな。ほら、話していたら寝れないだろ? 寝ないと大きくなれないぞ)


「うー、わかりました。おやすみなさい、ゾンさん」


(おやすみ、ルル)


 程なくして、寝息が聞こえだす。照明はルルが寝たらすぐに切れた。

 俺は、開け放った窓から月を見ていた。見ていると不思議と落ち着くのだ。

 しかし、ずっとそうしているわけにもいかない。ルルが寝ている間にやりたいことがある。


 音を立てないように、立ち上がって洗面台のある風呂場に向かった。

 洗面台の足元には、ルルが使っているのであろう、踏み台があった。

 ここまで、俺は照明をつけていない。どういうわけか、暗闇でも殆ど昼間と変わらない制度で見ることができるようだ。

 そして、ここに来た本命の鏡。自分の姿を確認しておきたかった。

 意を決して顔をあげると、そこには眼球の垂れた腐った死体の姿が……なんてことはなく、血色の悪い白髪の男の姿があった。

 変顔をしたり、ウィンクをしたりすれば、鏡の中の俺も当然だが、同じ動きをする。

 これが、俺か。

 顔は悪くない。だが、明らかに人間ではない。目には生気が無いし、呼吸もしていない。

 なのに、生きている。

 そうか、これが俺なのか。

 洗面台をあとにして、再び椅子に腰掛けた。


 月を見上げてぼんやりとして、朝を待った。

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