山岳地帯に原始的国家が生まれた可能性

 最後に岐阜県北部、例の飛騨地方である。

 この辺りはカルデラ噴火後も一定の余裕を持って暮らしていける地域であったと推測している。根拠は標高と山の規模である。


 前項でさんざん述べた通り、気温は重要な要素である。エアコンもなければ、最先端農法もない時代であり、住みやすい気温と食糧の得やすさは比例する。

 縄文中期頃まで日本列島は温帯に属しており、全体的に蒸し暑かった。涼しい地域は食糧と住み心地の両方を確保する事が出来るため、標高が高く、涼しい場所に居を構えようとする者達が多かったはずである。


 また、標高が高いということは別の利点もある。川、つまり生活用水の確保がし易いという事である。標高が高い位置であるほど、火山灰汚染も少ない(と思うのだが、実際はどうだろう)。また、川があれば魚も獲れる。今でも飛騨では鮎、ヤマメ、イワナ、ウナギ、マスなどの魚類が獲れるが、魚は獣が取れなかった時でも蛋白源の確保がしやすくなる。


 もう一点、標高が高いという事は土壌の火山灰被害も軽減されるものと考えている。火山灰というのは、いわば単なる灰であり、多量に吸いこんだりしなければ直接的に害があるものではない。森林においても地中の栄養素を孕んでいるため、肥料の一種みたいなものである。しかし、巨大噴火によって大量の火山灰が噴出された場合は別である。


 上空に滞留する火山灰が日照被害を引き起こしたり、多量の火山灰が地上を覆えば、植物の光合成を阻害し、発育不良を引き起こし、場合によっては枯死する。(火山の冬)

 降り積もった火山灰は雨で流れるのを待つしかないのだが、標高が高い山岳地帯の場合、山の斜面が雲を作るので雨が降りやすく、平野部に比べて流れやすい。


 先に述べた岐阜県東濃地方においても山はあるものの、そこまで大きな山が連なっているというわけではなく、避難民の受容量には限界があっただろう。飛騨地方の場合は飛騨山脈があり、さらに岐阜県東濃地方から、さらに東(長野県)に行けば、木曽山脈、赤石山脈がある。(これらは日本三大山脈であり、比較的近い距離に3つが固まっているため、日本アルプスと呼ばれている)

 この辺りの山脈は多くの避難民たちを受け入れる余裕がある地域だったのではないかと考えている。


 西日本から避難してきた者達は超巨大噴火から幸運にも生き延びた者達である。しかし、家族がみな無事な状態で避難出来た者達がどれくらいいただろうか。未曽有の災害の中、生死も分からぬ状況で避難してきた者達は多かっただろう。また、避難の途中ではぐれたという事もあったかもしれない。


 そういう者達は状況が落ち着いたら、一旦様子を見に戻るつもりであったと思うし、復旧したら生まれた土地に帰るつもりの者もいたかもしれない(もちろん、鬼界カルデラにより近い位置で被災した者達は噴石被害を目の当たりにして、遠く火山のない地を求めた者もいるだろう)。


 となれば、避難民を受け入れる事が可能な土地で、比較的被災地に近い場所に避難先を求めた可能性が非常に高いと考えている。その条件に合致する一つが飛騨であり、また先にも述べた日本アルプス、長野の山岳地帯であると考えている。


 飛騨、また長野の木曽山脈、赤石山脈は避難民の受入れが多く、それでも溢れた者達は関東以東へと流れていった。村ごと受け容れてもらえた場合は幸運だったろうが、実際には顔見知りと別れる事も多かっただろうと思う。落ち着いたらまた会おうなどと約束をして。


 こうして、避難民たちによって山岳地帯の集落は規模が急激に大きくなり、他の土地との連絡機会も増える事になった。西日本の復旧状況やバラバラになってしまった生存者の手掛かりを得るために定期的に出向いてはその結果を各地の避難民達に知らせるためである。

 そういった状況確認を繰り返すうちに他の土地に逃げ延びた家族や友人と再会できた幸運な例もあったかもしれない。


 同時に肥大化した集落ではこれまでなかったトラブルも起こったはずである。今までは、家族や親類が寄り集まったような村であったものが、急に多くの人間を受け容れることになったのだから、揉め事が増えたはずである。

 この頃の避難地域は急に流入した避難民たちと、火山の冬による食糧不足が重なり、非常に不安定な状態だったと思われる。村内で起こるトラブルを解決するためには指導者の権限を強くする必要が生まれた。


 結果、これまで家族単位の村社会であったものが、統制の効いた小規模国家へと変質しなくてはならなくなり、山岳地帯に原始的な国が誕生した可能性が高いのではないか、と私は空想している。


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