第10話 今はそういう関係

「あのさ冴山さん、なんでレインの著作って執拗に陽キャグループが被害に遭ってるのか訊いても大丈夫?」


 あくる日の夜。

 冴山さんとの夕飯中に僕はそんなことを尋ねていた。

 だって気になるじゃないか。

 1作目が「陽キャグループ一掃事件」

 2作目が「陽キャグループ崩落事件」

 3作目の最新作が「陽キャグループ殲滅事件」

 いずれも陽キャが酷い目に遭って、それを探偵と助手が解決するお話だ。

 何かこう、昔陽キャにイヤなことをされたトラウマでもあるのかと心配になってしまう。


「う、ううん……別にトラウマとかはない、よ?」


 本日の夕飯であるカレーを咀嚼しつつ、冴山さんはそう言った。


「ホントに?」

「うん……でも陽キャは必ずしも善性じゃないから、彼らの悪性的な部分をネタにして作中で天誅してる感じ……」


 へえ、なるほどなぁ。


「ちなみに冴山さんは陽キャのどこが苦手なの?」

「集まるとやかましいところ……」


 ……分かる。あったかい季節になるとコンビニやスーパーの入り口付近にずっとたむろしててウザいんだよな。明かりのあるところに集うとか君たち蛾か何か?

 でもそれは陽キャじゃなくてDQNでは? って話なのかもしれない。

 けどぶっちゃけ陽キャとDQNは紙一重というか、表裏一体だと僕は思っている。

 卒業旅行で旅館に迷惑かける大学生とか、陽キャの括りだろうけど素行不良なわけで、それをDQNと呼ばずになんと呼ぶのかって話である。


「集まるとやかましい陽キャに関して何か体験エピソードはある?」

「わ、私が住んでたマンションのお隣がね、その……大学生のチャラい男の人だったんだけど、週末になるといつも仲間内で集まって夜中までワイワイガヤガヤうるさかった……」

「騒音は最悪過ぎるな……でもひょっとして、お隣って火事の原因の?」

「うん……」

「じゃあ天罰だな。ざまあ」

「て、天罰にしては、ちょっと大きいかもしれないけど、ね……」


 そんな軽い擁護が出てくる辺り、結局完全には憎み切れていない優しさを感じる。

 それが冴山さんの人となり、なんだろう。


「でも、とにかく……陽キャはそんな感じで完全な善性じゃない、でしょ? 人のことをネタにして喋るくせに、自分がイジられると怒ったり……ポジティブ過ぎて向こう見ずに物事を進めて暗雲立ち込めさせたり……フッ軽過ぎて下半身が節操なしだったり……」

「まあな」

「だから、ネタにしやすいというか……別に酷いトラウマがあって恨みをぶつけてる、とかじゃなくて、陽キャゆえの悲劇を描いているだけ、かな……もちろん苦手かどうかで言えば、すごく苦手だけど……」

「安心したよ」

「……安心って?」


 いきなり安心とか言われて戸惑っている冴山さんだった。

 僕はきちんと真意を伝える。

 

「冴山さんに悲しい過去があるわけじゃなくて良かった、ってことだよ」

「……心配、してくれてたの?」

「そりゃそうさ」

「……どうして?」

「それはまぁ、友達だし」

「――っ、と、友達……」


 冴山さんがなぜか動揺し始めていた。


「……どうかした?」

「と、友達が居るなんて……私、忌まわしき陽キャに近付いているんじゃ……?」


 ……どんな憂いだよ。

 

「大丈夫だって。陰キャでも友達が居る人は居るし」

「そ、そうだよね……それに」

「それに?」

「芳野くんとなら……別に陽キャになってもいいかな、って思ったり……」


 そ、それはどういう意味なんだ!?

 勘違いしてもOK?

 いやダメだろきっと他意はないんだから!


「あ、ご、ごめんね……変なこと言っちゃった……」


 冴山さんが肩を縮こめて恥ずかしがっていた。

 可愛い。


「と、とにかく私……これからも陽キャ殺しまくる、ね……」


 なんともおぞましい宣言だった。

 でもそれがウケてるんだから仕方がない。


「そ、それと……」

「……それと?」

「わ、私のこと、芳野くんが友達認定しててくれて、嬉しい……」


 はらりと前髪が揺れて、その隙間から照れ臭そうな瞳が僕を覗いてくる。


「こ、これからも出来れば友達で居て、ね……?」

「もちろんだよ」


 そんなのは、言われるまでもないことだった。

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