春の夜の夢

 ある春の一日、机に座って本を読み耽っていた。ふと目をあげて窓の外を見るとすでに日は暮れていた。「久しぶりに夜の散歩でもしてみよう」上着を羽織って外に出る。


 ドアを開けると庭の沈丁花が香り、シデコブシの白い花が闇の中でうっすらと光を放っていた。私はシデコブシのつぼみのふわふわが羨ましい。私にふわふわがあれば、冬の間そのふわふわにくるまって一日中本を読むことだってできたのに。

 庭を抜けて通りを歩き出す。「桜が咲いて、輝いてる」「何の花だろう、いい香り」天国があるとすればこんな香りのお香が焚かれているに違いない。


 春を全身に感じながら過去を考えていた。これまで出会ってきたひとびと、思い。重ねられた言葉と創り上げられた世界。春の香りにそれらは洗われ、虚しいような清々しいような純粋な気持ちがあとに残った。


 どれほど歩いただろうか。「もう帰ろう」桜並木の通りに背を向け、歩き始めた。そばを流れる細い川のうえを、散った花びらが流れてゆく。


 そこで目が醒めた。「夢か…」闇が霞んでフクロウが眠りについたら、春の夜の夢の如き物語はおしまい。


 さあ、服を着替えて出かけよう、春の世界へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る