第13話 約束

 昔々、あるところにそれは大層美しい姫がいた。しかし、その姫に求婚をする者は一人としていなかった。というのも、その姫はある物語に登場する薬を飲んだ不老不死だというという噂があったからだった。


 実際、その姫はいつまでたってもその美しさを保ち続け、一向に老いる様子が無かったため、誰もが姫を恐ろしく思い、従者達ですら用がある時以外は近付こうとすらしなかった。


 姫はそんな人々の思いを知っており、それでも笑顔を絶やさずにいたが、その裏ではいつも悲しみに暮れ、いつか自分を恐ろしく思わずにいてくれる相手が出来る事を願っていた。


 そんなある日の事、姫は行き倒れていた手の甲に蛇の形の痣を持つ少年に出会い、手厚く看病をした。そして、その少年は元気になると、その事に深く感謝し、姫が不老不死だという事を知ってもずっと姫の近くで仕える事を約束した。


 姫はその事を嬉しく思い、その少年を自分の近くに置いた。その内、姫と少年の間には恋が芽生え、二人は夫婦になり、幸せな毎日を送った。しかし、不老不死の姫に対して、少年は普通の人間であるため、長い年月を経て年老い、床に伏せるようになってしまった。


 その事に姫は胸を痛め、夫と離れる事を酷く悲しんだが、夫はそんな姫に対してにこりと笑いながらこう言った。



『大丈夫。君が私を想い続ける限り、私と君はまた巡り会えるから』



 その言葉に姫はハッとし、彼を想い続ける事を約束すると、夫は幸せそうに微笑んだ後、静かに息を引き取った。姫はそんな夫の遺体を手厚く埋葬した後、また彼と出会える事を夢見て、毎日を過ごすようになったのだった。





「……おしまい、と……普通の昔話なら言うのでしょうね」



 新聞部の部長は縁側に座って夜空に浮かぶ綺麗な月を見ながら静かに言うと、ゆっくりと背後を振り返った。背後には明かりのついていない部屋があり、その部屋の中では泊まりがけで話し合いに来ていた彼氏である新聞部の部員が布団に入りながら静かに寝息を立てており、布団からはみ出すその手の甲には蛇の形の痣があった。



「……あれから、何度も手の甲に蛇の形の痣を持つ人と出会い、夫婦になってきたけれど、まさか現代でも出会えてこうしてまた恋仲になれるとはね。ほんと、あの人が言っていた通りだわ」



 姫はそう言いながら部屋の中に入ると、彼の頬を優しく撫で、愛おしそうに微笑んだ。



「まったく……次の新聞の記事の話し合いで疲れちゃったのかしら。ねえ、忍者の末裔さん? そんなに無防備だと、襲いたくなるわよ? ふふ……まあ、そういう事をするのは、彼の合意があってからが良いし、今はしないけれどね」



 妖艶な雰囲気を醸し出しながら姫はクスリと笑うと、部屋を出て再び縁側に座り、月に視線を向けた。



「……ほんと、美しい月。本当なら彼と一緒に眺めたいところだけど、今は眠ってしまっているし、一人で堪能しましょうか」



 そう言いながら姫が月を眺めていた時、その隣に音もなく和装の少年が姿を現した。



「姫様、周辺の見廻り終わりましてございます」

「……うん、ありがとう。これで彼が変なのに襲われる心配をしなくて済むわ。いつもご苦労様」

「いえ。姫様とその夫になる方の身辺を警護するのは私の務めですので」

「……そう。でも、たまには普通の人間みたいに過ごしてて良いのよ? たしか、あなたが好いている子がいたはずでしょう?」

「……いえ、あいつは今の時代におけるただの幼馴染みですので」



 和装の少年がそっぽを向きながら答えると、姫はクスクスと笑ってから少年に対して微笑んだ。



「ふふ、そう言ってる内に他のおのこに取られるかもしれないわよ?」

「…………」

「まあ、私が干渉しすぎてもいけないし、今はこれ以上言わないでおくわ」

「そうして頂けるとありがたいです。では、私はこれで失礼させて頂きます」

「ええ。おやすみなさい、“生徒会長”」

「はい、おやすみなさい、姫様」



 生徒会長が音もなく姿を消すと、姫は自分以外誰もいなくなった縁側で三度月に視線を向けた。



「……まったく、彼も困ったものね。でもまあ、最近私達も含めて恋人同士になる人が増えてるし、彼もその内……なんてね、ふふ」



 姫は愉快そうに笑うと、静まり返った縁側で一人月を愛でながら恋人や自分に仕えてくれる相手がいるその幸せを静かに噛み締めた。

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