Last daily life 2


 会計を済ませ店を出ると隣にあった建物がいつからかスーパーになっており、このスーパーも昔は何が建っていたのかあやふやになっていた。それに気が付いてから辺りを見回せば町並みが大分様変わりしていることを改めて実感する。ふと気が引かれたスーパーで、裕也はガムとコーヒーと体脂肪を落とすと銘打たれたお茶とを買った。あれだけ食べておいてと自分でおかしくなったが、その自嘲はお茶と一緒に飲み込んでしまった。そして口臭予防と眠気覚ましの意味を込めてガムを口に入れると再び温泉を目指して車に乗った。


 それから目的の日帰り温泉に到着するまでの間、裕也は再び洋楽アルバムをかけ、口ずさみながら運転を楽しんだ。年に数日あるかないかという心労から解放されている時間を目いっぱい味わいながら。


 やがて車は小高い山の上の温泉施設を目指して登って行く。ところが、いざ頂上の温泉の駐車場に着くと満腹も手伝って一気に眠気が強くなってきてしまった。ガムを噛んだり、風呂に入る前に車を降りて景色を楽しみながら歩いたりしたのだが、どうにも眠さが増すばかりでとても入浴どころではなくなってしまったのだった。


 このままでは帰りの運転にも支障が出ると思った裕也は温泉に入ることは諦めて、車の中で仮眠を取ることにした。スマホの目覚まし機能に二時間後に鳴るようにアラームをセットする。コーヒーを一口飲んで、眠り過ぎないように自分に言い聞かせた。運転席の座席を倒して目を閉じる。するとまるで意識が解けるかのように、あっという間に寝入ってしまった。


 ◇


 それから二時間後に裕也は目を覚ました。


 少なくとも裕也はそう思い込んでいた。だからこそ、驚いたのだ。


 ここに着いたのが昼食の後だったので、大体十三時半ころ。そこから二時間の仮眠を取ったのだから十五時半になっているはずだった。ところが窓の外から見える景色は黄昏に染まっており、夕空がグラデーションを作っていた。


 慌ててスマホを見ると血の気が引いた。何故かアラームは鳴らず電子時計は無情にも『18:53』という数字の羅列を見せつけてくるだけだった。


 十九時を目安に戻ると伝えていたがどう考えても間に合うことはない。裕也は焦ってエンジンを掛けると急ぎ帰路に着いた。


 操に電話やメールの一つでもすれば幾何か気も楽になりそうなものを、裕也はそんな余念すら抱かぬ程に心中穏やかではなかったのだった。


 そうして傾斜のきつい山道を慎重にかつ急いで下って行く中で裕也の頭の中に一つ記憶が蘇った。


「この先に確か…」


 裕也がまだこちらの土地で生活していた頃。上にある温泉施設には度々足を運んでいた。当然、今通っている道路も慣れた道であるのだが、メインの通りに出る前に一本だけ分かれ道があることを思い出した。かつて興味本位で一度だけ通ったことがある道の先は、記憶が正しければ最寄りの高速の近くに出る抜け道だったはず。


 そんな藁にも縋る思いでハンドルを右に切る。


 まだ人の気配が感じられた道とは違い、見えるのは一面の木々と点々と立つ看板だけだった。【ゴミ捨て禁止】だとか【急カーブ多し】という注意喚起の看板だが、文字が無機質なせいでより温かみが失せている様な気がした。


 いよいよ日が暮れて真っ暗になると裕也はいくら近道とは言え、この道を選んでしまったことを少し後悔した。それ程までに夜に通る山道というのは不気味な何かを感じさせる。しかしながら、今更引き返すという事も出来ずに黙って運転を続けていた。


 洞窟と呼んだ方が適切なトンネルを抜ける。すると山間から人工の明かりがチラホラと見えた事に少し安心感が戻った。その上、トンネルを見たお陰で記憶がより鮮明に思い出されたのも幸いだった。この道を選んだのは結果として正解だった。尤もそれでも時間がないことには変わりないのだが。


 道を思い出した安堵感は後ろに引っ込んでいた焦りをもう一度連れてきた。無意識にアクセルを踏む足に力が入る。


 そうしてようやく裏道を抜けようかという所で裕也は夜の山の奥の方で何かが光っている事に気が付いた。初めは対向車でも来たのかと思ったが、様子がおかしい。車のヘッドライトの動きや色ではないし、角度から判断しても車道にいる光ではなかった。


「何だアレ?」


 裕也が気が付いたのとほぼ同じタイミングで謎の光は急に進む角度を変えてこちらに向かってくるようだった。


 驚いた裕也は急いでいる事も忘れ急ブレーキをかける。ライトを消しエンジンを止めると、助手席前のグローブボックスからお守りを取り出して握りしめた。裕也は本能的に光の正体は人間でないものだと判断したのだ。握りしめているお守りは万が一にも外で妖怪に出くわした時に使えと操が持たしてくれたものだ。使い捨てらしいのだが、それでも神邊家の事実上の当主が精魂込めて作った代物なので、並の化け物程度だったら十分に退けられる効果を持っていた。


 しかし、ただじっと嵐が過ぎ去るのを待つというのも別の恐怖感があった。裕也は怖いもの見たさが働いて、つい迫ってくる光に目をやった。すると謎の光源はスピードはあるが、まるでふら付くようにガクガクとした動きをいている。さらに目を凝らすと光は緑と赤の二つがあり、どういう訳か緑の光を赤い光が追いかけているように見受けられた。


 その二つの光は暗闇に潜む裕也の車両の事に気が付いているのか、いないのか。着実にこちらに向かってきた。そこで緑色の光は裕也が片腕を伸ばしたくらいの大きさの、箱状の何かであることが確認できた。ただ同じくらいの距離にある赤い光の方は未だに正体が分からない。


 二つの光はやはり裕也の元に近づいてきている。


 すると次の瞬間。先を行く緑の光を放つ箱状の何かが裕也の車に横殴りにぶつかったのだった。その衝撃は凄まじく、まるでトラックに衝突されたかのように裕也の車を軽々と吹き飛ばしてしまった。


「うわあぁぁぁ!!!」


 裕也の乗った車はさび付いたガードレールを簡単に押し退けて、坂道に放り投げたサイコロの如く崖下にまで転がって行った。やがて岩や木々によってせき止められたものの、落下の際に燃料へ着火してしまい車は裕也を乗せたままに爆発四散してしまったのだった。

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