第16話 尾長サルの襲撃



 4日目の探索開始から、既に1時間が経過していた。妖精のお姫の方向感覚はバッチリで、1層を歩き回った挙句に2層へのゲートを発見に至る事が出来た。

 密林エリアは厳しいかなと思っていたけど、どうやら道なりに進めば大丈夫だったみたい。とは言え戦闘も結構こなして、割と疲弊している朔也である。


 あれからジャガーの単独の襲撃に遭ったし、大蜘蛛の待ち伏せにも遭遇した。追加のカードとしては、30匹倒した中の【密林モス】が2枚のみ。

 後半は《カード化》スキルが作動してくれず、その代わり2層へのゲートを発見出来た感じだろうか。戦闘もポツポツって感じで、至って順調な道のりとも言える。


 そして今は、ゲートの見える獣道の側で小休憩中の朔也さくやである。お姫は差し出されたクッキーを、夢中で頬張って休憩を大いに満喫してくれている。

 その反対に、エンはそんなワイロには無反応で休憩中にも関わらず立ちっぱなし。周囲を警戒してくれているのだと思えば、まぁ頼もしくはあるのだけれど。

 忠誠度の低さのせいか、ちっとも分かり合えている気はしない。


「さて、次は第2層だよね……この戦力で行っても大丈夫かな、お姫にエン?」


 お供の召喚モンスターにそう尋ねるも、もちろん明確な答えなど返っては来ない。チビ妖精は、呑気にお~っと手を振り上げてこちらを無責任にあおって来る。

 まぁ、帰還の巻物も2本ほど手元にあるし、帰りの手筈は整っている。そこまで用心しなくても、急に難易度が上がる事も無いだろう。


 そんな訳で、用心しながらも第2層へとゲートを潜って向かう事に決定。そして潜った先は、1層と同じく密林エリアでその点は拍子抜けと言うか安心してしまった。

 とは言え、出現するモンスターに変化はあるかも知れない。出現したワープゲートを背にして、さてどっちに進もうかと妖精のお姫としばし議論してみたり。


 小さな淑女は、少し考えた末に獣道とは別の方角を指し示した。これは昨日も先ほどもあった事で、従った結果に大蛾が群れる樹を発見したのだったか。

 今度は何に遭遇出来るかなと、朔也はそのアドバイスに素直に従う事に。もちろん用心は怠らないけど、今の所密林エリアは至って平和そう。



 などと思っていたのも最初の内だけ、進む距離だけしっかりと敵とは遭遇して戦闘もそれなりにこなす破目に。その分、魔石やドロップ品はしっかりと回収出来た。

 出て来る敵だが、一角ネズミと尾長サルの群れが圧倒的に多かった。群れと言っても3匹前後なので、まだ助かっている感じではある。


 それ以上の数となると、こちらの対応もちょっと大変になって来るかも。密林モスの大群は、密集していて動きも遅かったので魔玉の範囲攻撃で何とかなっただけである。

 ネズミもサルもそれなりに動きが速いし、尾長サルに至っては木の枝を移動して襲い掛かって来る。それを相手取るには、なかなか大変で倒すのには苦労した。


 ただまぁ、時間さえ掛ければ何とでもなると判明……とにかくどっしり構えて迎撃してくれる、隻腕せきわんの戦士は心強い以外の何物でもない。と言うか、この戦士は派手な動きは古傷ステータスの関係か出来ないみたいだ。

 【負傷した戦士】と言う名前だけあって、隻腕だし膝に矢を受けた過去もあるのかも。その代わり、剣の射程内に入って来た敵は容赦なく八つ裂きにしてくれる。


 そんな訳で、朔也も下手に前に出ないで待ちの戦法が次第に身について来た感じ。戦闘コックの遠隔攻撃で敵を怒らせ、こっちにおびき寄せて戦士と共に迎撃の戦法である。

 お陰で新たに、ネズミと尾長サルのカードを1枚ずつゲット。


【尾長サル】総合F級(攻撃F・忠誠F)


 戦った感触で分かっていたけど、尾長サルも強くは無かった。ちょっと悪知恵が働いて、動きがトリッキーかなって程度のモンスターである。

 味方に引き入れたとしても、果たしてどれだけ役に立ってくれるかは不明だ。まぁ、待ち伏せタイプの大蜘蛛や人喰いツタよりは多少マシかも知れない。


 そんな感じで進む事30分と少し、いきなり拓けた場所に出た。第3層へのワープゲートかなと見回すも、どうやら少し違うらしい。

 周囲の樹々には、木の枝を飛び交う尾長サルの群れの気配が。そしてチビ妖精が発見したのは、一際大きな樹の枝にくくり付けられている赤いリュック。


 アレはひょっとして、お宝入りなんて事は無いだろうか? まさか空間収納機能付きの、魔法の鞄なんて事は無いだろうけど。そんな期待に胸をふくらませ、朔也がそちらへと用心しながら近付いて行くと。

 その樹の枝の上に、体格の良いボス尾長サルを発見……どうやら、目に見えた報酬に釣られてやって来た探索者を、返り討ちにしようと目論んでいる様子。


 その割には隠れるのが下手だが、こちらからすればそれは付け入る隙でもある。とは言え雑魚の尾長サルも半ダースは確認出来るし、のこのこと突っ込むと痛い目をみそう。

 出来ればこちらにおびき寄せ、1匹ずつ倒して行きたい所。


 そこで朔也は、手元のカードを眺めてじっくりと作戦会議を行う事に。ろくな手持ち札が無いとは言え、まだまだ悲観するような状況でも無いのは確かだ。

 ただ力でゴリ押しして、敵の有利な地点で痛い目に遭うのが嫌だってだけである。なるべくこちらに有利になるよう、知恵を絞ろうって腹積もり。


 とは言え、忠誠度の低過ぎる召喚カードのお陰で、作戦もままならないってのが悲しい現実だったり。せっかく館の敷地内に『合成装置』なんて便利なモノを発見したのに、素材が無くて使えないとか悲し過ぎる。

 その現状を打破すべく、探索時間をいつもより長くして素材を集めようと目論んだ途端に。余計な場所で強敵と出遭って、さてどうやって排除しようか?


 考えた末、忠誠度が低くても何とかなりそうなモンスターを取り敢えず召喚してみる事に。幸いにもMPにはまだ余裕があるし、思い通りに行かなくても次の作戦を考えるだけ。

 そんな感じで召喚した【密林モス】3匹と【密林クモ】のコンビは、パペットと違って自衛の意識はある様子。誤算だったのが、一気に4匹も召喚してMPに余裕が無くなった事。

 そのせいで一瞬眩暈めまいを感じて、朔也は地面に倒れ込みそうに。


 辛うじて意識を保つ事には成功して、慌ててMP回復ポーションに手を伸ばす。お姫が心配そうに覗き込んでくれて、大丈夫だよと口にするも。

 MPの消費がこんなに辛いとは、全く知らず危うくダンジョンで意識を手放す所だった。そしたら召喚モンスターもカードに戻って、完全に無防備になってしまっただろう。


 そうならなくて本当に良かった、そして大蛾の群れも意外と良い仕事をしてくれており。敵の指定などは間違っても無理だけど、麻痺の鱗粉をせっせと近くの敵に撒き散らしていたのだ。

 それにしびれた尾長サルが、何と2匹も樹の枝から落ちて来てくれた。それを戦闘コックに退治に向かわせて、朔也はなおも樹の上の動向を窺う。


 ボスの尾長サルは、さすがにそんな安直な手には引っかかってくれず同じ位置をキープ。反対に、不用意に近付いた味方の大蛾を、1匹撃破されてしまった。

 そして新たに召喚した大蜘蛛も、樹の枝の上に張った巣には誰も近付いてくれず。待ち伏せは完全な不発に終わって、朔也としては期待外れな結果に。

 ただし敵の数は確実に減ってくれており、木から落ちる猿がまた1匹。


 今度は落ちた猿の止め刺しを、自ら行ってカード化を目論むも。そう上手くコトは運ばず、逆に敵の群れに地上の自分達が発見されてしまった。

 騒ぎ始める連中に辟易へきえきしながらも、まぁこれで向こうから近付いて来てくれればしめたモノ。そう思っていたら、連中は頭上から硬い木の実や枝切れを投げつける作戦に。


 こんなモノに当たって、下手に怪我などしてもバカバカしい。朔也は近くの小陰に隠れながら、戦闘コックに反撃を命じる。ちなみに戦士のエンと妖精のお姫は、あるじより先に見事に身を隠していた。

 そして単身で的になっているパペットコックだが、ダメージが蓄積して不味い事態に。彼は先日も敵に倒されて、今朝ようやく再召喚が可能になっていたのだ。


 また倒されて、昼からの探索に支障が出るのも馬鹿らしい。まぁ、そうなったら再び台所エリアにおもむいて、同じモンスターを捕獲する予定だ。

 取り敢えず今は、戦闘コックに退却を命じての延命作業に。ついでに味方の大蛾にも退却を命じるが、果たして従ってくれるかはトンと不明である。


 混沌として来た戦場だが、近くの茂みから不意に凄い音が。どうやら尾長サルが降って来たようで、しかしこの不意打ちには隻腕の戦士が即座に対応してくれた。

 ほぼ一撃での撃破に、相変わらず総合F級の意味って何だろうとか思いつつ。そろそろ敵のボスも、焦れて突っ込んで来てくれないかなと周囲を警戒する朔也である。

 そこに激しい戦闘音、どうやら戦闘コックが襲われているみたい。


「エンッ、対応頼むっ……コックさん、とにかく頑張って身を守って!」


 咄嗟の声掛けだったけど、どうやら朔也の反応は間に合ってくれた様子。戦闘コックは生き延びて、敵のボス尾長サルは駆けつけた隻腕の戦士によって斬り刻まれる結末に。

 こうなると、こちらの勝利はもう揺るがない。残った尾長サルも順次撃破して行って、周囲の安全をようやく確保に至る。そうして目立って仕方無かったリュックを、ようやくの事回収に成功した。


 上がりまくりのテンションを何とかなだめ、朔也は茂みに隠れて中身のチェック。調べた結果、鞄は普通のリュックでその点は残念だった。

 それでも鞄の中からは、魔結晶(小)が4つと梅の実ほどの大きさの木の実が2つ、それから鑑定の書が3枚に薬品系の瓶が4本出て来た。瓶の中身は、恐らくポーションと解毒ポーションだろうか。


 他にも木の棍棒と木の弓と矢弾が20本ほど、弓矢は扱えないけど遠隔攻撃は魅力ではある。誰か使える味方が欲しいけど、朔也自身が使いこなす未来はかなり遠いかも。

 まぁ、探索者にはスキルなんて便利なモノがあるので、ある日を境に自在に上級者並みに扱える事もある。それから全員が同じ武器を扱うのは、何かの拍子に詰んでしまう可能性も。


 その辺も、今後考えて行かないと……隻腕の戦士は剣を手放さないだろうし、武器を変えるとしたら朔也の方だろう。戦闘コックに関しては、武器にこだわりは全く無い筈。

 リュックの中には、他にも香木とか硬木素材も少量ずつ入っていた。恐らく売店で売れば、幾らかのお金にはなってくれるだろう。




 そうこうしている内に、ダンジョン内での探索も2時間を過ぎていた。そろそろ終わる頃合いだと、朔也は帰還の巻物を使用しての離脱を図る。

 味方のモンスターを全て送還して、溜め込んだ宝物を一か所に集めて。妖精のお姫だけは、断固として送還を拒否して来たのはいつもの事。


 それを軽く受け流して、初めての帰還の巻物を使用すると。本当にあっという間に、ダンジョンのゲート前に飛んで移動して貰えた。

 今日の探索も、無事に終えられた事に感謝しつつ。朔也はお供の妖精と共に、戦利品を両手に担いで“夢幻のラビリンス”を後に出来た。


 探索が終わってからも、魔石を売ったりアイテムを買い込んだりとやる事は色々あるのだ。午後からの“訓練ダンジョン”に備えて、準備も進めないといけない。

 まぁ、勤勉に探索をこなして行けば、従兄弟たちに負けないと信じて。





 ――その差がいつか、朔也の立場をしっかりと確立してくれるのを祈るのみ。






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