第16話 僕の友達には、最近距離の近い女子がいます。

「はぁ……。それで俺が呼ばれたと?」

「そういうことです……」


 なぜかテンションの低い藍沢は弁当袋を片手に、先ほどの体育であったことを説明してくる。

 生憎俺の前にはもうすでに先約がいるので断りたいところなんだが、振られたことを信じてもらえないのも可哀想だと感じる。

 

 自慢の友人だからこそ振られることが想像つかず、こういう結果に至ったのだろう。

 実際俺も振られた現場を見なければ冗談だと思ってしまう。

 現に俺の目の前にいる千明ですら――


「――え、まって?僕が聞いていい話なのかわからないけど、振られたの?絶対嘘でしょ」

「またそうやって私の心を抉る!本当だって!!」

「まぁまぁまぁまぁ落ち着けって」


 訝しげな目を向ける千明と、そんな千明に顰蹙を向ける藍沢をどうどうと馬を落ちつかせるように声を掛ける。


「俺だって分かるぞ?藍沢が振らなんてにわかに信じられん」

「善田!?」

「でもな?振られる時は振られるんだ」

「善田くん!?それ私のこと傷つけてるよ!?」


 ドンッと俺の机に手をつけて前のめりに言ってくる藍沢は眉を顰める。

 そんな藍沢にも俺は顔色一つ変えることなく、視線を千明の方に向けて問いかける。


「んで、諸々説明しなくちゃ行けないんだが、千明も来るか?」

「それ僕行っていいやつなの?」

「いいんじゃね。な?藍沢」

「別にいいよ?床並くん口硬そうだし」

「いいんだ……」


 相変わらず笑顔は絶やさない千明だが、苦笑になってしまうほどにあっけらかんとしている藍沢は机から手を離す。

 それに続くように俺も出していた弁当箱を袋に入れ直し、椅子から腰を上げる。


「ちゃんと説明してよ?私が振られたところを見た唯一の当事者なんだから」

「分かってる。事細かく説明してやるよ。どんな言葉で告白したのかだとか、どんな言葉で振られただとか」

「えっと……。もしかしてだけど、私のこと嫌い?」

「別に好きではないね」

「あっそ!」



  ◆  ◆



 藍沢さんと崇くんは二人並び、睨みを向け合いながら教室を後にする。

 僕も慌てて弁当箱を片付け、二人の後ろをついていくけれど、話に割り込む隙が見当たらなかった。


 夏休み前までは休み時間にちょろっと話す程度だった男女が、忽然として距離が近くなったのだ。

 この夏休み中にお互いを好きになった。もしくは付き合ったと推測を立てたのだけれど、先ほどの崇くんと藍沢さんの口ぶりからして僕の推測は完全に外れてしまった。


 でも明らかに二人の距離は近くなっている。つまり、近日に二人を近づけるなにかがあったのだと思う。

 多分、今から崇くんが話すことにすべてが詰まっているのだろうけど、そんなに近づくかな?


 前の2人が僕のことを話に入れてくれないから、黙々と一人考えに浸る僕は崇くんの後頭部を見つめる。

 偶然仲良くなったクラスのイケメン男子。頭も良いし、今日の体育で改めて分かったけど運動神経も良い。


 藍沢さんはクラス――いや、学校でも上位に入るほどの可愛さを持っていて、性格も良いとの噂も広がる。


 そんな二人が隣の席でよく話しているのを見て、僕はお似合いだなと思った。

 話している様子を見るに相性が悪いとは思わなかったし――なんなら心地よさそうにも見えた。


「おっ、きたきた――って、男二人……?」


 なんてことを考えていると僕たちは中庭へと案内され、そこには明らかに訝しげな表情でこちらを見る佐野さんと目が合う。


『説明してよね』と言っていたから誰かが待っていることは予想していた。けれどまさかの佐野さん。

 女子なのにも関わらず美男子として扱われる佐野さんが中庭のベンチに座っていたのだ。


 僕を除けば顔面偏差値は100点中の、悪くて90点といったところだろうか。身長に関しても、僕を除けば平均して173センチ。というかこの中で僕が一番背が小さい。


「おまたせ。ちなみに当事者はこっちの善田だけで、床並くんは付き人」

「付き人……ねぇ……?」


 明らかに僕のことを怪しんでいる佐野さんは睨みの照準を僕に合わせる。

 そんな様子を見かねたのか、苦笑を浮かべる崇くんは藍沢さんの肩を押して僕と佐野さんの間に配置する。


「こいつの話だろ?ちゃんと振られたこと説明してやるから」

「言い方……」

「どんな言い方をしても変わらんて」


 こんなボディタッチなんて夏休み前にしていただろうか。

 僕の記憶が正しければ、ボディタッチなんて全くと言っていいほどしていなかったし、なんなら触られることを毛嫌いしているようにも見えた。

 ……というか、佐野さんはいつまで僕のことを見ているの……?


「さ、佐野さん……?僕の顔になにかついてる?」

「あーいや、なんでもないよ。夕姫の振られた話を聞こうか」

「あ、はい〜」


 どことなく話をそらされた気もするけど、佐野さんの言葉と『座りな?』というジェスチャーで僕たち三人はベンチに腰を下ろす。


 横並びのベンチだから重要人物――崇くんと佐野さんを真ん中に配置し、僕と藍沢さんは端っこに座る。この場合だと僕以外の人は全員重要人物だけど。


「それで本当に振られたってことを説明したらいいんだな?」

「そうそう。君が当事者だというなら、事細かく説明してもらわないとね」

「言われなくても、告白の言葉から振られた言葉まで全部話すよ」

「おぉ。そりゃありがたいね」


 言葉だけは淡々としている佐野さんも、好奇心に身を任せているのか自然と前のめりになり、膝の上から落ちそうな弁当が心配になる。


 そして崇くんはというと、本当に藍沢さんが言ったであろうセリフを口にし、どんな風に振られたかを再現してしまった。


『夕姫は泣いたのか?』という質問にも崇くんは淡々と口を開き、どのように、どんなタイミングで、どれだけ泣いたのかを宣言通り細かく説明する。

 説明して!と頼み込んだ藍沢さんにも非があると思うけれど、ここまでされると流石に気の毒になってくる。


 チラッと藍沢さんの顔を見てみると、やっぱりと言わんばかりに頬は赤く染まり、弁当に入っている食材を居心地悪そうに突いていた。


 興味深そうに耳を傾ける佐野さんも弁当箱の中身が減っていないし、話すことに一生懸命になっている崇くんも弁当箱の中身が減っていない。


「これで振られたということは分かったか?めちゃくちゃ細かく説明したつもりだけど」

「本当に事細かく話したわね……あんた」

「自分で言ったんだろ?」

「それはそうだけど!でもなんか違うじゃん!こうなるって思わなかった!」

「ハハハ。どんまーい」

「うざい笑い方!そんなんだから振られるんでしょ!?」

「はっ!?おまえなに――振られ……いや振られては……」


 多分藍沢さんの口からは勢い余って出てしまったのだろう。

 崇くんの慌てっぷりからしてなんとなく想像がつく。というか、本当に崇くんに好きな人がいたんだ。体育のアレ、冗談だと思ってたんだけどな。


 やっと自分がなにを発言したのか理解したようで、藍沢さんはもう遅いのにも関わらず口を塞ぎ、崇くんに何度も頭を下げる。


 そんな藍沢さんを見た崇くんはというと、諦めるようなため息を吐き、やっと弁当に手を付けながら口を紡ぐ。


「俺もつい最近振られたんだよ」

「へぇ〜」

「千明!?興味がないにもほどがあるだろ!俺今すごいこと言ったと思うんだが!?」

「だって崇くんが振られるとは思わないし」

「またそれかよ!そのくだりもういいって!」

「だれか当事者いないの?」

「いねーよ!勝手に告って勝手に玉砕したんだから!傷を抉るな!」

「今でも未練たらたらだもんね」

「……お前ってやつはほんと、懲りずに口を動かすな……」


 口を抑えていたはずの藍沢さんはいつの間にか唐揚げを口に放り込み、また無駄なことを口走る。

 ここまで来たらとことん言ってやろうとでも思っているのだろうか?


「さっきの仕返し。私のこと散々言ってきたからね」

「それは藍沢がさっき口を滑らせたので帳消しだろ」

「いーや!私は傷つきました!」

「んなこと知ったこっちゃねーよ」

「はぁ。これだから善田くんは」

「悪かったな。これが善田くんだ」


 微笑みを向け合っているわけではないのに何故か腑に落ちる二人の会話。

 決してお世辞にも楽しそうだとは思わない。けど、崇くんの表情とか藍沢さんの喋り方で、なんとなく相性がいいなと思った。


「私を挟んで喧嘩しないでくれる……?振られた者同士傷の舐め合いでもしたら?」

「傷の舐め合いなんている……?なんか気を使われてる感じがして嫌なんだけど」

「だそうだ。自己中この上ないな」

「あなたは同情しなさすぎよ!薄情者!」

「まじで自己中だろ……」


 やっぱり言い合いをする二人に、わかりやすく嫌な表情を浮かべる佐野さんはまだ残っている弁当の箱を閉める。

 それに続くように僕も食べ終わった弁当箱を片付け、持ってきていた水筒に口をつけた。


「え?二人とももう終わったの?」

「私はまだ残ってるから後で食べるよ」

「僕はもう食べ終わったよ〜」

「はや」


 やっとこっちに目を向けてくれた崇くんは目を見開き、わかりやすく驚きながら僕のお弁当箱に視線を落とす。


「崇くんが遅すぎるんだよ?じゃあ僕はお邪魔だろうしそろそろ帰るね〜」


 なんで二人の距離が近くなったのかも理由がわかったし、本当に藍沢さんが振られたということも確認できたからそろそろおいとましようと立ち上がる。

 僕が居ても居なくても多分この二人だけで話すだろうし。


「あ、なら私もおいとましようかな」

「玲香も?」

「そうだね。善田くんもありがとうね?ちゃんと説明してくれて」

「全然いいっすよー」


 僕に続くように立ち上がった佐野さんは崇くんにお礼を言い、軽く手を振る。

 同じクラスだからすぐに会うと思うけれど、こういう動作の一つ一つが学校中で人気になる秘訣の一つなのだと思う。


「それじゃあ行こっか。床並くん」

「――え?僕!?」

「君以外にいる?」

「いやいないけど!」

「んじゃ、お二人さんまた後でね〜」


 そう言葉を残した佐野さんは二人に背中を向け、僕の隣に立つ。


 改めて見たけどやっぱり大きい。僕の身長が165センチしかないのもあるのだろうけど、それでも170センチを超えている佐野さんは本当に大きい部類だと思う。


「えーっと……行きますか?」

「うん。行こっか」


 初めて会話する人とのほんの短い時間。だけど、多分僕の人生で一番気まずい時間だ。

 いつもの調子なら笑って適当な話ができるんだけど、多分この人も僕と同じ。簡単に笑顔を向けることができない。


「それでさ、床並くん」

「どうしたの?」


 極力いつも通りの顔を浮かべて言葉を返す。


「私達って多分、だよね――」

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