第3話 玉砕

 今朝MINEで三鶴みつるのことを呼び出してから時間が経つのはあっという間だった。

 HRの終わりを告げるチャイムが、生徒たちのトリガーを外したかのようにワッと学校中が騒がしくなる。


 たかが平日のうちの一日。金曜日でもなく、祝日の前日でもないのに一つのチャイムで空気がガラッと変わる。

 もちろん私もそのうちの一人だ。このチャイムと同時に心が高鳴る。


 今朝、私はMINEで幼馴染の三鶴のことを呼び出した。

 ずっと好きだった三鶴のことを、校舎裏に呼び出した。

 その理由は至って簡単。私が告白するためだ。


「じゃあね、善田」

「おう」


 ササッと荷物をまとめた私は立ち上がり、小さく手を振って教室を後にした。


 いつもなら騒がしい廊下がいやに静かだ。

 ローファーの音を差し置いて心音が体中に響く。

 かつてないほどの心の高まり。発表会でステージに立ったときですらしなかった緊張が、喉から心臓が出そうなぐらいに体が張り詰めている。


 この数年間、告白なんてしなくていいと思っていた。

 関係を崩したくないからが一番の理由だし、この状況に満足していたからのも理由だ。

 けど、この前のお祭りの花火で、三鶴の言った言葉が頭から離れなかった。


『フィナーレは他の人と見るから、先に帰っててくれるか?』


 その言葉を聞いた瞬間から、私の中にあった何かが一気に溢れ出してきたのだ。

 独占欲。嫉妬。願望。初めて好きになった男の子が誰かと一緒にいることを想像するのがとても辛かった。

 いつもは私と一緒に見ていたフィナーレが、私以外の人と見るのが悔しかった。

 

 ――私は三鶴の一番になりたい。


「おっいたいた」


 私が校舎裏について数分が経った頃、彼は姿を表した。

 肩にカバンをかけ、まだ9月の上旬だというのに灰色のカーディガンを身につけている彼はこの上なくかっこいい。

 誰かに見せつけるわけでもないのに髪をセットして、一つ一つの動作が様なっている。


「おそーい。待ちくたびれたー」

「ごめんって。それでどうした?こんなところに呼んで」

「ちょっと言いたいことがあってね」


 今日幾度となく考えてきた言葉。

 前日からなんどもシュミレーションをしたこの状況。

 今朝は何も思わなかったはずなのに、今だけはこの心の高鳴りが落ち着く気がしない。


「言いたいこと?」

「うん。言いたいこと」


 小首をかしげる三鶴に私はそっと目を閉じる。

 高鳴る心臓を抑えるために。言葉の整理をするために。


 自分の中では10分――もしかしたら数時間、目をつぶっていた気もする。

 けれど実際にはたかが3秒。

 でもこの3秒で言葉がまとまった。

 お祭り以来から考えていた長い言葉なんて忘れ、ただ一言だけで勝負をすると。


 スッと目を開き、数センチ背の高い三鶴を見上げ、微笑みを向けながら言葉を口にする。


「好きです。私と付き合ってください」


 その言葉を口にした瞬間、これまで我慢していた気持ちが溢れ出しそうになった。

 初恋を守るために告白という言葉を頭から消して、ただ幼馴染という立ち位置でいた私が、まるで別人になったかのように、今はただ三鶴のことだけを考えたくなる。


 この気持ちを隠さなくてもいいという安心感が、幼馴染という地位を消そうとしてくる。

 付き合いたいと必死に思える自分に誇りを覚えるほど、私は三鶴の瞳をジッと見つめた。


「えーっと、付き合いたいというのは恋愛的に……だよな?」

「うん。恋愛的に三鶴と付き合いたい」

「ちなみにそれは本気か?」

「嘘偽りない。ずっと前から三鶴のことが好きです」

「そっか……」


 私の意思をしっかり受け取ってくれた三鶴は微笑みを浮かべてくる。

 それを見て私は確信した。

 行け――


「――ごめん。俺、もう付き合ってる人がいるんだ」

「え?」


 私まで三鶴につられて微笑みを浮かべようとした瞬間だった。

 三鶴は微笑みをこちらに向けたまま、そう言葉を口にしたのだ。

 「付き合ってる人がいる」。即ち、彼女がいるということを。


「そっか……。そうだよね!三鶴かっこいいもんね!」

「ほんとごめんな。彼女と話し合ってそろそろ言おうと思ったんだけど……」

「いいよいいよ!気にしないで!」

「いやでも――あ……」


 三鶴が口を開こうとした時、まるで見計らったようなタイミングで三鶴のポケットから電話を知らせる音が鳴り出した。


「彼女でしょ?行っておいで?可愛い彼女を待たせるのはダメだよ?」

「あ、あぁ。だな」


 私が促すと、やっと三鶴は足を動かし始めた。

 もしかしたら私が促さなくてもすぐに行ってしまったのかもしれないけれど、これ以上話したくない私からすれば、残るという選択肢を与えたくなかった。


「私じゃなくてその彼女を取ったんだから、後悔しないでね?」

「もちろんだ。そしてごめんな」

「……うん」


 三鶴の走り去っていく背中に、喉を鳴らす程度の頷きを返す私は、小さく手を振って三鶴が見えなくなるのを待つ。

 ギュッと袖を握って。歯を食いしばって。堪えていた涙を流しながら三鶴の後ろ姿を見届ける。

 振り返らないことを願って。

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