シーン8

 結局ヒカルとの別れ話はうやむやになり、僕の気持ちは自然消滅へと落ち着いた。


 それは向こうも同じみたいで、解散ライブで会った時も前のような熱は感じられず、ただ淡々と挨拶を交わしただけだった。


 それから新学期が始まり、慌ただしくしているうちに大型連休に突入して、僕は透夜と一緒に実家のある町へと向かっていた。

 新幹線の中で彼は爆睡してて、僕は短編小説をひとつ読み終えた。


「最近、透夜の疲れたところしか見てないや」

 各停の車中でそう言うと透夜は、

「確かに。解散ライブが終わってから、全然会えなかったね。お待たせしました」

「いや別に、待ってないけどさ」

「大学に戻ったらマジで忙しくて。単位のことを考えると眠れないよ」

「寝てたよ今、まさに」

「そうだな。無事に卒業できたら褒めてくれ」

 僕はそっと透夜の手を繋ぐ。

「褒めたげる。よしよしって頭を撫でてやるよ」

「茜が言うと、なんかエロいな。ていうかこの手は何?」

「えへへ」

 パッと手を離して知らん顔をする。


「全く。ヒカルとはまだ付き合ってるんだろ?」

「え。別れたけど。ヒカルから聞いてないの?」

 ええっと大きな声を出し、車中の人に頭を下げる透夜。

「初耳だぞ。いつ別れたんだ?」

「2月頃かな。まあ自然消滅だけどね」

「でも解散ライブには来てたよね?」

「そりゃ、ブルホラは応援してたし。須賀くんにも会いたかったから。あ、そういえば彼は今、何してんの?」

「須賀くん? 彼なら大学を辞めて、ダンスの道に進むと言って、違う芸能事務所に入ったよ」

「へえ。そうなんだ」


 車窓から海がチラチラ見え始めて、少しテンションが上がる。


「じゃあ気軽に会えるのは透夜だけだね」

「まあ僕はただの一般人だからね。それじゃあ茜は、ヒカルの近況も知らないの?」

「全然知らなーい」

 そうかと言ったきり、透夜は黙った。仕方ないので僕も黙って海を眺める。


 電車を降りて一旦、透夜と別れる。

 実家に寄って昼ごはんを食べたあと、夕方にまた透夜と再会した。


 海が見えるカフェのデッキ席に座り、軽くシャンパンで乾杯した。

「ここ、前から来たかったんだ。SNSでバズってさ、予約取るの大変だったんだからね」

「確かに。いい店だな」


 透夜はちょっとオシャレして、いつもの倍ぐらいカッコよく見える。ていうか、いつからか彼は少し変わった。前は親が買ってきたんですか、みたいなダサい格好をしてたのに、今日は可愛いシャツを着てるし髪型もいい感じにスタイリングしている。


「透夜、彼女出来たでしょ。なんか前よりカッコよくなってる」

「そうかな? いや、彼女はいない」

「あれ? 彼氏?」

「彼氏もいない。茜を好きなまま、変わってないよ」

 僕は眉を寄せる。まだそれ、続ける気なんだ。


「まあいい。さっき兄貴と会ったよ。茜に会うと言うと、俺も会いたいって言ってたから連絡してくるかもな」

「先生、変わってない?」

「変わらない。昔からからずっと一緒だよ」


 サラダを取り分けながら、透夜は少し笑った。

「僕はブルホラの活動をして、多少変わったかもしれないね。眉や髪を整えるとか、服装に気をつけるなんて発想は、前の僕には無かったよ。人に見られて好印象を持ってもらうことは、潤滑な対人関係に欠かせないとか。大学では得られない勉強をしたと思う」

「うん。いいと思う。今の透夜の方が僕は好きだよ」


 魚料理が運ばれて来たので、白ワインをグラスで頼む。食べ始めて少し経ってから、

「ヒカルと別れたのが本当なら、どうして彼は大学に復帰したんだろう」

 と、意味深なことを言った。

「復帰? じゃあ、芸能活動は?」

「いや、それは続けるらしい。矢継ぎ早に入っていた活動を少し抑えて、大学で勉強したいと社長に伝えていたよ」

「ふうん。新しい彼女でも出来たんじゃないの」

 もう終わったことだ。そう思ってても、少しモヤモヤする。


「また今度聞いてみるよ。それにしても、この魚は美味いな」

「だよね。海も綺麗でお料理は美味しくて、なんか最高」

 少しずつ落ちていく夕陽が綺麗で、僕は海を眺めた。


「……もし良かったら、僕と始めてもらえないだろうか」

「ん? 何を?」

 透夜を見ると、妙にモジモジしている。あ、そういうことか。

「始めるって付き合うこと? 別にいいけど。透夜は僕と出来るの?」

「セ、セックスのことか?」

 あーくそ、また噛んだと透夜が舌打ちする。

「出来るよ。全然出来る」

「ふうん。じゃあこの後、試してみよっか」

 ワインを大袈裟にむせた後で、透夜が何度か頷く。

「このへん、ラブホとかあるのかな。あ、その前にドラッグストアかコンビニ寄らせてね。色々、準備が必要なんだよ」

「分かった」

 澄ました顔でパスタを食べ始める。本当に出来るのかな。こいつからはやっぱり、性欲みたいなのを感じないんだけど。



 店を出て、近くの浜辺を少し歩く。

 夜の闇が広がって、店の明かりがなければ怖いくらいの暗い海。

 透夜は手を繋いできたが、何も言わない。

 僕も黙ったまま、彼を引っ張るように歩調を速める。

「危ないよ」

 低い声が、意外と近くで聴こえたので驚いて立ち止まった。すると背中に透夜がぶつかって、軽く転んでしまう。


「ごめん。大丈夫か?」

「なんだよもう」 

 急におかしくなって、起こそうとする透夜の腕を引っ張った。不意をつかれた彼は目的どおり僕の隣に膝をついて、

「だから、危ないって」と少し怒る。


「あー楽し」

 僕は砂浜に寝転んで目を閉じる。打ち寄せる波の音を聴いていると、

「そのまま寝るとか、無しだから」

 焦ったような声が聞こえて目を開ける。拗ねたような透夜の顔を見て、こいつほんとムードねえなと諦めてゆっくり立ち上がる。


 砂を払ってる僕を見て、

「茜、酔ってる?」と聞く。

「酔ってねーわ」

「じゃあ早く行こう。夜の海は危ないから」

「はいはい」


 それから駅前まで歩き、わりと小綺麗なラブホを見つけてそこに入る。


 先にシャワーして体の準備を整え、バスローブ姿で部屋に戻ると、透夜は来た時のまま、ベッドに座って固まっていた。

 意外と緊張してるのかな。そう思うと可愛く見えた。


 バスルームに連れてって戻ってくると、スマホが振動した。ヒカルからの着信でドキッとするが、無視してスマホの電源をオフにする。


 なんだよ、急に。あれから一度も連絡くれなかったくせに。

 ヒカルの勘の良さに驚いて、いやまさかと思ってもう一度スマホの電源を入れる。


 追跡アプリを探してたら、後ろから名前を呼ばれて思わずぎゃーっと叫んだ。


「相変わらず気配殺してんな。ビックリさせんなよ」

 慌ててスマホの電源を切った。

「ごめん」

 しゅんとした透夜が可愛くて、とりあえず隣に座らせる。


「どうしたい? 透夜がリードする? それとも僕がしようか」

「今日は、茜からで」

 承知しましたとバイトのように明るく声を出して、おもむろに透夜の足を開いた。既に臨戦態勢の透夜を口に含んだり舐めたりしながらバスローブを脱がし、指で胸や腹を軽く撫でる。あれ?

「……もしかして、筋トレした?」

「……はい」

 なんで敬語。しかも前に、筋トレは不要とまで言ってたくせに。


「茜が細マッチョ好きだって言ってたから」

 マジか。てことはこいつ、本当に僕のことが好きなのか?


 急に恥ずかしさがこみ上げて、なんだか堪らなくなった。透夜の上に乗り、濃厚なキスをしてから自分の中に入れる。


「あ、熱い」

 透夜の声が甘く聞こえる。

「いいね、透夜の。長くて奥まで届きそう」

「そういうの今、言わないで」

 無意識なのか腰が動いてる。少し早めに動くと、透夜は無理と叫んで早々といった。


 抜いてから感想を聞くと、ヤバいと彼は僕を見て、

「なんか全然治らない。まだしても大丈夫?」

「いいよ。僕もたくさんしたい」

「煽るなあ」


 コンドームを付け替えて僕に覆い被さり、透夜はキスをした。

「茜はもう僕の物だよ」

 そう言ってまた、僕の中に入る。彼はまさかの絶倫ってやつで、結局僕は過去最高に喘いで喉が枯れてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る