第13話 新米怪異探偵助手・セージ と 依頼人

 リクルートスーツに着替えて、寝ぐせを直す。

 ——初出勤なんだから、気合入れないとな。

 万屋さんみたいにスーツを着こなせているかは分からないけど、まあいいか。


 一度部屋の外に出て鍵をかけ、万屋さんから貰った鍵を同じ鍵穴に差し込んで回した。再びドアを開けると、ドアは見慣れた僕の部屋じゃなくて、万屋探偵局の玄関に繋がっていた。


「おはようございます!」


 挨拶すると、左の通路から「靴を履き替えてこちらへ」と声が飛んできた。

 廊下に並べられていたスリッパに履き替えると、靴を脱いで下駄箱へ。廊下を左に進んですぐの所にあるドアをノックして開けると、ソファに腰掛けた万屋さんが新聞を読んでいた。


「おはよう、セージ」

 万屋さんは新聞から顔を上げると僕を一瞥し、目を瞬かせて、

「私の助手は、そんなに気合を入れるような仕事じゃないよ」

 と言って笑った。


「万屋さんの服装に合わせようと思いまして」

「そういうものかね?」


 気恥ずかしくなった僕は笑って誤魔化した。


「……そういえば、詳しい仕事内容を伝え忘れていた気がする」


 助手を持つのは初めてだからなぁ、と呟いた万屋さんは、非常に申し訳なさそうな顔をした。彼は僕をソファに座らせると、ティーポットからお茶をカップに注いで渡してくれた。


「基本的には私の仕事を手伝ってもらおうと思っている。あわい横丁の住人の不満を解消したり、迷い込んだ人を送り返したり、そんなところだ」


「あわい横丁を管理するお手伝いですね、わかりました。怪異探偵の仕事は何をしたらいいですか?」


「依頼人が来たら前回のように、私を手伝ってくれると助かる」


「わかりました! そういえば、僕まだ前回の成功報酬とかを万屋さんに渡せていませんでしたね。いくらですか?」


「成功報酬とか、とは?」


「ほら、ふゑあり様の。大学費のせいで生活費がギリギリなので、できれば分割でお願いしたいんですが……」


「いらないよ。あれは私が好きでやったことだからね」


「いやいやいや! ダメですよ! 確かに僕は苦学生だけど、お金は何年かけても払いますから。気を遣わないでください」


 思わず身を乗り出すと、万屋さんは本当に困ったように視線を逸らした。


「困ったな。君にだけ支払ってもらう訳にはいかないよ」


「えっ……。あわい横丁の管理人と怪異探偵は、職業じゃないんですか?」


「管理人の方は奉仕活動だな。魔法使いしか横丁を管理できないから、しょうがない。それと、怪異探偵は管理人の役から発生した使命みたいなものだから、お金は受け取れない」


「収入源は!?」


「ハーブを育てて、薬や紅茶、調味料に加工して出荷しているんだ。セージの給料もその売上から出す予定だよ。だから安心したまえ、給料はちゃんと払う」


「べ、別にタダ働きさせられるんじゃないかなんて疑ってませんよ! ちょっとびっくりしただけです」


 万屋さんは苦笑した。僕もつられて苦笑する。視線を下げると、万屋さんが淹れてくれたお茶が目に入った。


「もしかして、このお茶って」


「私が作ったハーブティーだ。いつも試作と試飲を繰り返しているせいで、無性にコーヒーが飲みたくなる」


「いい香りがして美味しいです」

 ハーブティーのことはよくわからないけど、このお茶が美味しいのは確かだ。


 僕が早々にカップを空にしてしまったせいか、

「そうだ、君に新作の試飲を頼もう」

 と、万屋さんが名案、みたいな顔をした。


 でも彼はすぐ、何かに気付いたように視線を窓の外に向けた。


「新作の試飲は次の機会にしよう。依頼人と話す時は、ウィンナーコーヒーを飲むと決めているのでね」


「その言い方だと、依頼人はいつも突然来るみたいですよ」


「実際そういうケースがほとんどだ。万屋探偵局は、ここを必要とする人が、必要な時にだけ訪れる場所だからな。セージ、依頼人をこちらへ」


 彼の言葉通り、玄関が開く音がして、

「こんにちは……」

 と、控えめな声が聞こえてきた。


 僕は依頼人を迎える為に玄関へ走った。


 玄関の戸の隙間から顔を出して、目の下にクマを作ったショートカットの女性が中を覗いていた。気の毒なくらいやつれた顔をしているけど、ここを訪れたということは、あのクマの理由は明らかだ。


「怪奇現象にお悩みですか?」


 僕がそう聞くと、女性はガラッと戸を開けて飛びこむようにして中に入ってきた。


「すごい、さすが探偵さん! 何でもお見通しなんですね!」


「いやいや、僕は助手の朝霧あさぎり醒司せいじです。ここに来る人の悩みに怪異が関わっている事が多いから、予想ができただけですよ。詳しいお話は探偵の万屋よろずやさとりが伺いますので、どうぞ中へ」


「内間です。よろしくお願いします~」


 彼女はそう言って軽く頭を下げると、靴をポイポイッと脱いで「なんかレトロな雰囲気ありますね~」と、廊下をまっすぐに歩き始めた。マズイ、あっちはたぶん万屋さんの住居……。


「あっあの、すみません! 探偵がいるのはこっちの、左側の通路です!」

 彼女の脱ぎ散らかした靴を直し、急いで書斎へ誘導する。


 ——しまった、玄関空きっぱなし。

 そう思って振り向くと、


 カラカラカラ……

 逆さまにぶら下がった人の影が、外からそっと玄関を閉めるのが見えた。


 今のはもしかして、僕が最初にあわい横丁に来た時に見た怪異だろうか。万屋さんもあの怪異知っているようだったし、二人は知り合いなのかもしれない。


 依頼人の内間さんをソファに座らせると、すかさず万屋さんが、

「セージ、コーヒーを受け取ってくれ。代金は先に渡してあるから」

 と視線をドアに向けた。


 魔法の鍵を使うまでもなく、魔法使いの万屋さんは応接室のドアを喫茶店のドアに繋ぐことくらい簡単にやってのけるらしい。

 ドアを開けた僕は、配達に来てくれた店員のルナさんからコーヒーを受け取り、またドアを閉めた。


 ——あれ、コーヒーが四つある。依頼人と、万屋さんと、僕の三人分でいいはずなのに。


 僕は首を傾げつつも万屋さん達のテーブルに戻った。

 僕のいない間に話は進んでいるようだった。どうやら、依頼人の内間さんの心労の原因は、部屋で起こっている怪奇現象らしい。


「部屋に化物が出る、と。よくある話だ」


 万屋さんはそう言って呑気にウィンナーコーヒーに手を伸ばしたけど、化物が部屋に出るって、よくあっちゃダメな話じゃないかな……。


「本当なんです! 私、あいつに命を狙われてるんです!」


 万屋さんがあまりにも落ち着いていたのが気になったのか、内間さんは少し声を荒げた。


「落ち着きたまえ。君の話を嘘だと疑っている訳じゃないさ」


 万屋さんはカップを置いて、真剣な眼差しを内間さんに向けた。


「話してみたまえ。それが真実なら、私は君の力になると約束する」


 内間さんは頷くと、自分自身が体験した恐ろしい出来事を語り始めた。

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