第12話 ヤンデレ・マイシスター

 天宮さんとアリスの戦いが終わって三日が経った。

 その間、俺はダンジョンに潜ったり結衣とのんびりしたりして過ごしていた。

 しかし今日、夕食後にダラダラしていると、勝者となった天宮さんから連絡があった。


『デートするよ』


 交換した連絡先から家電に電話がかかってきて、開口一番そう言われた。

 一日使用権を使うために家電の電話番号を交換していたのだ。

 しかも何故か【アルカイア】の他の面々やアリスとも交換する羽目になった。

 桜井さんからちょくちょく探るような連絡来るのをなんとかしたい。

 昨日なんか、ダンジョンに潜っている最中に桜井さんから電話がかかってきて心臓が飛び出そうになった。

 しかも


『ねえ、今何してるの?』


 みたいな一見彼氏彼女みたいなことを聞いてきた。

 実態は俺の正体を探ろうとした言葉なんだろうけど、別の意味でもドキドキしてしまった。


 ともかく、天宮さんのいきなりなセリフに返事をする。


『まあデートは百歩譲っていいとして、どこで何をするんですか?』

『考えて』

『俺がですか?』

『うん』


 なんて他人任せな……。

 俺は彼女無し歴年齢の歴とした童貞なんだぞ。

 そもそも小中は家の事情から周りを遠ざけていたし、卒業してからはずっと一人でダンジョン探索だ。

 女心なんて分かるわけない。

 だと言うのに、天宮さんは──。


『仮面君のセンス、期待してるよ』

『……わかりました、少し考えてみます』


 期待してると言われたら応えてみたくなるのが男の性分だ。

 勢いで承認して、俺は何がいいのか考え始める。

 以前読んだライトノベルではショッピングモールとかに行っていたような……。

 でもショッピングモールは安パイすぎるか?

 ……う~ん、やっぱりよく分からん。

 俺は悩んだ末、結局結衣に聞いてみることにした。


「なあ、結衣。デートする場所ってどこがいいんだ?」


 俺は受話器を机に置き、所々ほつれてるソファから上半身を起こすと、台所で食器を洗っている結衣に尋ねた。

 すると結衣がピシリと固まる。

 それから徐々に頬を引き攣らせていき、すうっと表情が抜け落ちていった。

 ま、マズい。

 結衣を怒らせてしまったみたいだ。

 能面のような表情で俯いて口の端をピクピク引き攣らせながら、結衣が尋ねてきた。


「デートって誰と?」

「え、ええと、以前にうちに来た天宮さんだよ」

「ふぅん、あの人とそんなに仲良くなったんだ」


 こ、怖い……。

 声に感情が一切こもってない。


「まあいいけどね? 私はお兄ちゃんが誰と付き合っても、別に構わないけどね?」

「い、いや、付き合ってるとかじゃ……」

「でも、お兄ちゃん。嘘をつくお兄ちゃんは嫌いだよ? 付き合ってるならそう言って欲しいな? 私がお兄ちゃんを奪い返すだけだから」


 奪い返すって……。

 なんか恐ろしい言葉が聞こえたような。

 で、でもここで狼狽えてはダメだ。

 狼狽えた瞬間、俺の言葉に真実味がなくなってしまう。


「俺にとって一番大切なのは結衣だけだから。別に天宮さんとは付き合ってるわけじゃなくて、単純に流れでそうなっただけというか」

「ホント? 私が一番大切?」

「ああ、当たり前だろ」

「じゃあ、私と結婚して私に子種を恵んでくれる? 子供は二人か三人がいいな。あと二年で結婚できるから、そしたらすぐに結婚しようね」


 ハイライトのなくなった目で俺をジッと見つめながら結衣が言う。

 今度は俺の口元が引き攣る番だった。


「け、結婚って……。そもそも俺たち兄妹だし、結衣だって高校通わなきゃ」

「私はお兄ちゃんと結婚できればそれでいいから。結婚したらお兄ちゃんも未成年じゃなくなるから、正々堂々と探索者ができるし」


 そう言ってくれるのは嬉しいが、俺は結衣の幸せの邪魔をしたいわけじゃない。

 俺では間違いなく結衣を幸せにできないから。

 と、そこで話が逸れていっていることにようやく気がついた。


「ちょいちょい、そんなことよりも──「そんなこと?」


 俺の言葉に被せるように結衣が言う。

 あっ、しまった。

 また変なことを言ってしまったみたいだ。


「い、いや、今のは言い方が悪かっただけで……」

「ふぅん、お兄ちゃんは私との結婚をそんなことだと思ってるんだぁ」


 そこで結衣は台所から出てきて、ソファに座ってる俺の前に仁王立ちする。

 そして俺が逃げられないように俺の真横に片足を上げて置くと、結衣はグイッと死んだ瞳を間近まで近づけてきた。


「ねえ、お兄ちゃん」

「ど、どうした……?」

「結婚、するよね?」


 コテンと首を傾げて尋ねてくる結衣。

 しばらく黙って耐えていたが、ジッと静かに威嚇してくる結衣に俺は観念して頷いた。


「わ、分かった。一考しとく」

「……まあ、今はそれでいいか。仕方がない、許してあげる」


 俺の言葉に結衣はニコリと微笑むと、スッと顔を離して足を下げた。

 い、今は……?

 なんか不穏だぞ……?

 俺が恐々としていることを結衣はあえて無視して、パンと手を叩いて明るく言った。


「それじゃあ、明日は私もついていくから」

「…………え?」

「明日はついていくから」


 俺がポカンと聞き返すと、結衣はニコリと笑い、『私も』という部分を強調してもう一度言った。

 ぐっ……。

 別についてくるのは構わないが、今の状態だと間違いなく天宮さんと言い合いになるだろう。

 ここで折れるわけには──。

 そう思ってしばらく結衣と睨み合うが、結局折れたのは俺の方だった。

 はあ……仕方がないか。

 こうなった結衣はテコでも自分の意思を曲げない。

 俺は観念したように項垂れて言うのだった。


「分かった、後で天宮さんにも聞いておくよ……」

「今すぐに聞いて」

「…………はいはい、分かりましたよ、マイシスター」

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