マジカル・サイエンス・ファンタジア

KaZuKiNa

第1話 朝の陽射しから

 「もう、起きてください先生、ねぇほら!」


 ある少女がソファーでだらしなく眠る青年の体を揺すりました。


 「ううん……あと、五分」

 「それ、五分前にも聞きました、ほらっ!」


 まだ少し幼さの残る少女は、すたすたと『研究物』で散らばった部屋に中を歩いて窓側に駆け寄ります。

 そして勢いよくカーテンを開けますと、部屋に中に陽光ひかりが差し込みました。

 ソファーで横になっていた青年は「うっ!?」と光を鬱陶うっとうしそうにうめきます。

 少女は後光を浴びると、クスリと微笑ほほえんだのでした。

 三白眼をした身嗜みの悪い男は、うっすら目を開きます。


 「はいっ、おはよう御座います先生!」

 「おい助手、いつも言っているだろう、勝手にカーテンを開けるな、と」

 「えー、でもほらっ、お空もこんなに明るいんですから」


 助手と呼ばれた少女『メルフィー・マギアノール』はそう言うと窓を開きます。

 先生……黒髪黒目のなぞの青年は通称『ウィズダム』。

 タナカイチロウが本名という疑惑もあるが、先生は鬱陶しそうに頭をくと、上体を持ち上げました。

 ソファーの足元には小さな赤い1つ目の土塊つちくれ『ゴーレム』が独楽鼠のように走り回っていますね。


 「レムさん、いつものようにお願い」

 「ギガゴゴ」


 ゴーレムは人の言葉とは異なる独自の音声を発生させると、キッチンに向かいます。

 本当によく働く偉い子ですね、助手メルフィーは次は、ケトルの置いてあったテーブルに向かいました。

 テーブルには得体の知れない『成果物』が乱雑に陳列されています。

 メルフィーはこれをすべて一掃したかったが、「それだけは勘弁してくれ」と先生に全力でゴネられたので、どうしても必要という物は除いて処分しています。

 その際は「鬼! 悪魔!」とみみっちく|罵(ののし)られたが、メルフィーは聞く耳を持ちませんでした。

 テーブルに置かれたケトルにはスイッチが付いている、この【世界】では見慣れない物で、これも『成果物』のひとつ。

 先生いわく「スイッチ一つですぐに沸く、電子ケトル」とのこと、ケトルには黒い――絶縁体? という物に巻かれた――ケーブルが部屋の隅にある四角い箱に繋がっており、電気の力で水が沸くそうだ。

 何故電気で水が沸騰するのか? メルフィーはこの先生に師事して早数ヶ月、【科学サンエンス】を学んだ。

 電子がプラスからマイナスへ移動する時、余剰よじょうエネルギー【ジュール熱】を利用して、水を熱している事を、彼女は携帯するメモ帳に《こと細やかに描いていた。


 「先生、顔を洗ってきてください、あと白衣はちゃんと新品を使ってくださいね? 使った衣服は洗濯しますから!」

 「……了解」


 先生はぶっきらぼうに返事すると、洗面台に向かいます。

 この家は賃貸で、シャワー室と水洗トイレがありました。

 因みにトイレも先生は勝手に改造し『成果物』にしているんですよ?

 うぉしゅれっと? なる先生の国では普及しているトイレだそうだが、この国でも富裕層に大人気です。

 欠点は先生のやる気がないため、量産化していないことでしょうか。


 「ふんふんふーん♪ お水がすぐに沸くー♪」


 メルフィーは電子ケトルのスイッチを入れると、鼻歌を歌いながら、かまどに向かいます。

 こちらも中々に魔改造がされているとメルフィーは思いました。

 竈はまきを燃やし、焼成した粘土を固めているが、竈上部には奇妙な四角い物体が鎮座ちんざしている。

 先生曰く「薪を燃やしていたらコストがかさむ」とのことで、奇妙なカラクリには【魔法科学マジカルサイエンス】が用いられていました。

 一見すれば何層にも積み重ねられた紙の束でしょうか?

 しかしその表面に触れると、表面から紫色の光が魔法陣のような物を描きます。

 【魔力】は注いでいないにも関わらず、それは【科学】の知識を用い、誰でも使える【魔法】であった。

 紙の束には先生曰く「古典的だが」と、【回路サーキット】が書き込まれてました。

 魔石を粉状にして、先生は「シリコンが具合が良い」と謎の素材を配合した【魔法科学回路マジック・サイエンス・サーキット】は、あまりにも機構が複雑すぎて、メルフィーは理解しきれていません。

 かろうじて理解したのは、これが熱を発するということ、それ位。

 その熱でさえ先生は「電磁波」なる、謎のエネルギーを説明するものだから、覚えるのも大変です。


 「ふぃぃぃ……さっぱりした」


 だらしなくボサボサの髪から水が滴る先生が戻ってきました。

 メルフィーは口元を尖らせると、すぐにタオルを手に取ります。


 「もう! ちゃんと拭いてください! ほら!」


 メルフィーは先生に駆け寄ると、タオルでわしゃわしゃ先生はの頭を拭いていきます。


 「やめろ助手、子供じゃあない」

 「子供でももうちょっとしっかりしてますから! ほら、じっとして!」

 「ゴゴ」


 ゴーレムは新品の白衣を運んでくると先生はそれを受け取り、いつものようにシワ一つない白衣をまといました。

 いつもの姿になった先生ことウィズダムは、パシッと顔を両手で叩きます。

 メルフィーはすぐに竈に戻ります、『電熱プレート』というカラクリの上にフライパンを置くと、彼女は少量の油をフライパンに落としました。

 ちなみに何故か鉄製のフライパンは使えないらしく――電磁波が鉄と反応するとか――、フライパンの底は加工されてます。

 竈の側には、これまた先生の『成果物』が置いてありますよ。

 白い長方形で、一見すればクローゼットにも見えなくはない。分厚い扉を開くと、中からは冷気とほんのり灯りがあります。

 先生曰く「冷蔵庫だ」との事。

 原理を聞けばこれまた、中々に奇っ怪きっかいです。

 気化熱? なる技術を使っているらしく、北方からもたらされた氷の属性を持つ触媒と、南方から齎された炎の属性を持つ触媒しょくばいを用い、何故か温めると冷えるのだそう。

 温度差……という物を利用するから、だと教授されましたが、メルフィーは原理を記したメモ帳を改めて見ても、未だ勉強中のようです。


 先生は自称【科学者サイエンティスト】、そして助手メルフィーはその見習い。

 【魔法マジカル】を収め、【科学サイエンス】がもたらす世界の変革、メルフィーは【見習い科学者アプレンティス】として、先生から科学とはなにかを、日々研究するのだ。


 「先生っ、朝ごはんですから、席に座って下さいね?」

 「うむり……コーヒーはどうする?」

 「ミルクは……」


 冷蔵庫を漁ると、瓶入りのミルクがありました。

 本来なら即日消費しなければ腐る物が、この冷蔵庫ならば数日保存が出来ます。

 最も先生は「殺菌処理したものに限るがな」と言っていましたけれど。


 「レムさん、これお願いね」

 「ゴゴ」


 この通称アトリエ――先生曰く「研究所ラボラトリーを名乗るにはな……」――で小間使いのように働くゴーレムも、先生の『成果物』であります。

 ゴーレムはメルフィーから手渡された牛乳瓶を受け取ると、トテトテと頭に担いでテーブルへと運んで行きます。

 ぴょんぴょん、見た目に反して身軽な動きで椅子へ机へと、跳び渡ると、先生に牛乳瓶を渡しました。


 「ごくろうゴーレム弐号君」

 「ギギゴギ」


 正式名称ゴーレム弐号、メルフィーは可愛くないので『レムさん』と呼んでいるが、ゴーレムは先生とメルフィーに忠実です。

 見た目に反して知能は高いらしく、先生曰く「|動作プログラムはペットにロボットよりも簡単」との事ですが、ある程度の頭脳作業も熟すのですよ。

 助手としてはメルフィーよりも優秀かもしれません、ちょっと彼女の自尊心を傷つけますが、大切な仲間であるのです。


 「るんるんるーん」


 メルフィーは油で熱せられたフライパンにベーコン、卵と落としていきます。

 料理の良い匂いが立ち込めると、先生は死んだ魚のような目をメルフィーに向けました。

 最初はこの陰気な雰囲気にメルフィーは驚き、怯えることもありましたが、それも慣れてしまえば愛嬌のように思えてきます。

 彼女は調理したベーコンエッグを磁器製の皿に人数分載せますと、先生の下に持っていきます。

 最後にカチコチの黒パンをナイフで削ぎ切ると、ベーコンエッグの皿に載せて。

 仕上げに南方で採取出来るオリーブなる木の実の油をささっと黒パンにとベーコンエッグにかけると朝食は完成でした。

 因みにレシピは先生提案であります、このオリーブオイルの有用性を示したのも先生でした。


 「いただきます」


 先生は両手を合わせてなぞ祈祷きとうを行います。

 この国では見たことない儀式で、先生のミステリアスさは混沌していく。

 メルフィーは朝ごはんを食べながら、先生に質問をしました。


 「今日はどんな講義をしてもらえるでしょうか?」

 「……そうだな、助手は何について学びたい?」


 メルフィーはオリーブオイルの染みた黒パンをパクリ、もぐもぐ口を動かしながら周りを見ました。

 基本的にこの先生は、知的好奇心をとうとぶ。

 メルフィーが疑問に思ったことを質問することで、先生は答えるというスタイルです。

 【科学サイエンス】とは実に広範で、奇妙な学問だ。

 先生曰く、科学とは哲学から発展してきたという。

 即ち考える学問、これが科学です。

 メルフィーは【魔法マジカル】に関してならば玄人跣くろうとはだし――は、流石さすがに言い過ぎか。ともかく一日の長はある。

 先生は魔法に関しては素人もいいところでした。

 魔法からの指摘してきがあれば、先生は意外と貪欲どんよくに取り入れるものの、魔法そのものにはあまり興味はない様子です。


 「電気……て、なんなんでしょう、光とか雷と何が違うんですか?」

 「電気か……根源的な部分から説明すれば、全ての素粒子にセットとして存在する電子、陽電子――レプトンに属するフェルミ粒子で」

 「あ、あのっ! もう少し簡単に説明してくれると嬉しいですっ!」

 「電気とは、あらゆる物質を構成する原子の接着剤だ」


 ごめんさい、それでも難しくて理解できません!

 先生は科学の講釈においては、決して生徒を見捨てないし、馬鹿にしません。

 けれど問題は知識の次元が違い過ぎて、頭の中が宇宙猫になることです。

 先生はベーコンエッグに突き刺したフォークで皿を叩きながら、更に講義を続けます。


 「これが電気だ、電気もとい電子には、電荷の移動、相互作用を伴う物理現象で、簡単にざっくりすれば、弱い相互作用、電磁相互作用、重力相互作用を持つ。特に電荷はプラスとマイナスで流れる電流と電圧、そして電磁波を発生させる。お前の言った雷は電荷の相互作用だ」

 「はえー……???」


 先生は助手の不甲斐なさに嘆息たんそくすると、部屋の隅に置いてあった四角い箱を指差しました。


 「あれが発電機、あれで電気を発生させると、電気は電磁誘導に従って、電流と電圧を生み出す。だから電子ケトルが動くんだ」

 「はぁ、なるほど……便利ですけど、そうやって動いているんですか、どうして電気は熱を持つんですか?」

 「それは摩擦熱だ、電子が目にも止まらない速度でマイナス電荷からプラス電荷に動く時、ジュール熱が生じる」


 メルフィーは聡明そうめい怜悧れいりな才女だが、理解しがたいものは山程ある。

 先生の講義はそれほど難しく、だからこそ学びがいがある。


 「どうして電子? は、その……移動するんですか?」

 「素粒子は常に安定化しようと動くんだ、エントロピーの増大、熱力学第二法則……だめだ、凡骨にこの説明では」


 ……どうやら軽々しく聞いていい問題ではなかったようだ。

 メルフィーは少しだけ後悔するが、それでもなんとか理解しようと頭を働かせる。


 「じゃあ雷ってどうして雨雲から落ちるんですか?」

 「静電気と言ってな……これについてはいずれ実験をしてやるとして、ともかく凄く濃密な静電気が雨雲の中に生成されるんだ、それが爆発的に増大すると、外に放出するしかなくなり、雷は発生する」


 因みに「雷は上に落ちるぞ」と説明されました。

 なんとなく目に見える雷の原理と、発電機から流れる電気が同じ原理と聞くと、奇妙にも思うが、自然科学こそ先生の知的好奇心でしょう。


 「でも電気って光ります? 雷は光りますよね?」

 「それは物質が相転移するほど加速した時に出る摩擦熱だ。後で実験で見せてやる」

 「光るのは雷がじゃなくて、別の原因?」

 「炎だってそうだ、光は……この世界では説明が難しいな」


 雷と炎? ますますわからない。

 それでも先生はメルフィーを見捨てない、必死に言葉を探してくれる。

 説明するのが得意ではないが、それでも先生は先生である。


 「光ってのは、全部粒子の発火現象と言って、信じられるか?」

 「さっぱりわかりません!」

 「太陽って、暖かいよな? つまりそういうこと」

 「えっ? 太陽がどう関係を?」

 「因みに太陽があんな凄い熱量を伴う発光現象を起こすのは、核融合の副産物なんだが……」

 「核融合?」

 「E = mc2。なんて話しても理解できまい、俺でも少し講釈を間違えている可能性はあるからな」

 「それで、なんで太陽は明るく輝くんですか?」

 「二重水素と三重水素を物凄い高圧下で、スピンさせます。するとあら不思議、二重水素と三重水素の核が融合して、ヘリウムという原子に変化します。余ったエネルギーが赤外線から紫外線まで含む光子が拡散する、以上」


 メルフィーは頭の中でクルクル回転する二つの重水素とやらが、激突するイメージを持っていました。

 なんだかちょっと可愛いな、なんて思ったのは内緒ですよ?


 「余ったエネルギーですか」

 「途方も無いエネルギーだがな、さてさっさと飯を食うぞ」


 講義もそこそこに先生はベーコンエッグと黒パンを食べます。

 慌ててメルフィーは自分の分を食べるのでした。

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