3.5

 悟はチェーンホイールを回しながら、葉桜の下を過ぎていった。硬質な大臀筋がサドルの皮と反発し合い、上半身は軽く感じられていた。

 頬の内側にできた血豆は既に潰れ切って、彼の口の中ではあらゆる免疫細胞が絶えず仕事をこなしていた。彼の歯列はそれらとは全く無縁かのように、見事な黄金比を保ち、第一大臼歯は大口を開いて、今か今かと新たな糖質を求めてる。

 大森での対戦から見事な敗北を喫して、身体から鈍痛が拭われないまま感じる夜風は、彼の頭頂葉を仄かにさせていた。

 高円寺駅入口あたりの交差点を過ぎた頃、何とはナシに、環七通りから外れて左手に彼は曲がった。『でんでん橋』と書かれた小さな橋が、自分を誘っているのだと感じた。小さい川を見下ろせる辺りを見計らいながら。人目のつかなさそうな場所を探した。


「でんでん……でんでん……」


 彼はそう呟きながら自転車を降り、帰宅途中に買ったチョコチップメロンパンを開いてそれを食らった。家に帰れば、彼の親が作った筋組織を再生させるための飼料が待っているというのに、だ。

 彼の両手に抱えられた糖質の塊は、思いの外スローテンポで消費されていった。今日の試合について考えを巡らしていた。


(あんなん、見世物芸みたいな)

(あいつを抱きしめてたらどうなってたのかな)

(なんか、なんかな、もっとどうにかなんなかったのか)


 彼のため息は、まるで火を吹き消すかのように、細く、鋭く空気の間を切り込んでいった。冷笑に近い、僅かな笑みを浮かべた彼は、食べきったパンの包装をこじ開けて、中に溜まっていた砂糖の微粒子を口内に放り込んだ。

 包装をビニールに突っ込んで、近くの自販機に併設された、溢れんばかりのペットボトルが溜まったリサイクルボックスにそれを無理やりねじ込んだ。


「でんでん、でんいん、まがいもの」


 彼はその言葉を何度も繰り返しながら帰路につく……

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