「ねえ、飾。悪い幽霊はどこにいるの?」

「そこにもういるよ」飾は言う。

「え? どこどこ?」きょろきょろとしながら木蔭は言う

 そんな二人のところに一匹の子猫がやってきた。真っ黒な毛並みをしている迷子の黒猫。(とても綺麗な猫だったけど、首輪をしていなかった)

 その子猫は飾のところまでくると、飾の手に甘えるようにしてその頬を寄せた。

「よしよし」

 飾が言った。

 どうやらその黒猫には、木蔭と同様に幽霊の東雲飾の姿が、ちゃんと見えているようだった。(飾が教えてくれた通り、動物には幽霊が見えるようだった)

「かわいい猫ちゃんだね。首輪をしていないし、野良猫かな? お母さんとはぐれちゃったの?」子猫を見ながら木蔭はいう。

「違うよ。この子は幽霊だよ。迷子の動物の幽霊」黒猫の頭をなでながら飾は言う。

「え!? この子が!?」と驚きながら木蔭は言った。

「そうだよ。この猫は幽霊なんだ。そして今日、僕たちが退治する予定の悪い幽霊がこの子なんだよ」と木蔭を見ながら飾は言った。

 その子猫は本当に普通のどこにでもいるただの子猫に見えた。飾がそういうのだから間違いはないのだろうけど、木蔭はこの子が幽霊だとうまく信じることができなかった。

「この子。本当に幽霊なの?」

「そうだよ。木蔭には見えるけど、ほかの人には見えない。声もきこえない」

「にゃー」と飾がそういい終わると、小さな声で黒猫が鳴いた。

 驚きのあまり、木蔭は言葉がなにもでなくなった。

 そんな木蔭のことを飾は深い優しさに溢れる顔をして、じっとしばらくの間、じっとただ見つめてた。

「この子は悪い幽霊なんだよね?」

「そうだよ。悪い幽霊」飾は黒猫を自分のふとももの上にのせて遊んでいる。その姿はとても(もちろん子猫のほうが)かわいらしかった。

 黒猫の子猫はさっきからずっとかまってほしくて「にゃーにゃー」と鳴いている。

「木蔭は家族のみんなのことを愛してる?」

 飾はそんなことを急に言った。

「うん。もちろん愛してるよ。みんな大好き」とまっすぐな笑顔で木蔭は言う。(なんでこんなことをきゅうに聞くんだろう? と思いながら)

「じゃあ、逆にさ、家族のみんなは木蔭のことを愛してくれていると思う?」幽霊の子猫を触りながら飾は言う。

「愛してくれてる」自信をもって木蔭は言う。

「自分がちゃんとさ、愛されていると感じる?」

「感じる」

 じーっと飾は木蔭を見る。それからふっと体から力を抜いたようんしてから笑うと、「そっか。うらやましいな」と飾は言った。

「いまのはなんなの? なにかのテスト?」木蔭はいう。

「まあ、そうだね。テストといえばテストかな? テストの結果は合格です。おめでとう。木蔭」と飾は言った。

 木蔭はなんだかよくわからない、といったような顔をしていたけど、「まあ、合格ならいいや。じゃあ、さっそくさ、始めよう」そう言って木蔭は飾のふとももの上にいる子猫をみる。

「そうだね。はじめようか」子猫をしっかりと捕まえて飾が言った。

「この子猫に悪気はないんだ。ただ迷っているだけ。でもそれだけでこの子は周囲の人たちに悪い影響を与えてしまう。迷っている幽霊とはそういうものなんだ。その存在自体が悪い。それをこの子が自分でどうにかすることは絶対にできないんだよ」

 神社の外では今も雨が降り続いている。気温は高くなってきたけど、木蔭は少し寒気を感じた。

「この子を救う手段はないの?」飾に抱かれながら自分を見ている木蔭に触れようとして前足をひっしに前に出そうとしている子猫を木蔭はじっと見ている。

「あるよ。それは木蔭の言う通り、木蔭にしかできないことだよ」

「私にしかできないこと」木蔭は飾を見る。

「うん。木蔭。この子を救ってあげて」

 そう言って飾はゆっくりと抱いていた幽霊の黒猫を神社の境内の古い木の床の上に離して自由にした。

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