11、お父さんは、ゆうととお母さんがどんな話をしたのかが知りたいようです

 時計が終業の時刻を指すのと同時に、お父さんはタイムカードを切りました。急いで帰路につきつつ、頭の中はお母さんとゆうとのことでいっぱいです。


 今日は、お母さんが早帰りの日。お母さんとゆうとは、生成AIが作った詩を『鑑賞』する遊びをしたに違いありません。きっとチャットには、そのことが書いてあります。歩きスマホは危ないので、とにかくお父さんは早く電車に乗って、チャットアプリを開いてみたいのでした。

 会社で終業後に確認してもよかったのですが、移動中に見たほうが効率がいいですし、何より早く家に帰りたいのです。焦れる気持ちを抑えつつ、信号はきっちりと守りながら可能な限りの速足で駅に到着しました。


 ホームで電車を待ちながら、お父さんはスマホを開きます。二件の通知がついていました。

 ひとつの用件でひとつのメッセージを入力するお父さんとは違い、お母さんは複数の話ををひとつのメッセージにまとめて送ることが多いです。そのため、ひとつの吹き出しが長くなることが多いのです。『わたしは長文のほうが書き慣れているから、どうしてもチャットの形式には慣れなくて』と苦笑いしていたお母さんの顔を思い出しながら、お父さんはメッセージを開きました。


『お仕事おつかれさま🍵 今日の夜ごはんはカレーにしたよ。暑いけど、ゆうとが食べたいっていうから頑張ってみた。最近わたしが料理当番の日、ちょっと手抜きしていたしちょうどいいかなと思って。あ、ゆうとと生成AIに詩を作ってもらう遊びをしたよ。カレーを作ることにしちゃったから、詩は二個しかできなかったけど、いろんな話をしたんだ』


 今は夏の終わり。暦の上では秋ですが、まだまだ暑さが続きます。しかし、暑い時にこそカレーが食べたくなるのもまた人の心理だと、お父さんは思っています。たとえば夏の甲子園球場で食べる甲子園カレーは絶品に違いありません。今度お母さんと一緒に休みが取れたら、甲子園へ野球観戦に行くのもいいななどと思いつつ、お父さんはスマホの画面をスクロールします。


『一個目の詩では、「炊飯器」と「ささくれ」っていうお題にして、その二つを対比する詩が出てきたから対比の勉強をしたよ。二個目の詩では、「エアコン」をお題にして、エアコンが離れていくっていう状況が想像できなかったゆうとが、『もしエアコンが動いたら』っていう想像をしたから仮定の勉強をしたんだ。ゆうとは、どんどん新しい知識を吸収しているよ』


(やっぱり、お母さんはすごいなあ)


 お父さんは心の中で感嘆の声をあげます。お父さんとゆうとで同じ遊びをしたときは、最初こそ「韻」の勉強をしましたが、その後はお父さんとお母さんの思い出話をしたり、好きな食べ物の話をしたりとかなり雑談が中心になっていました。それはそれで、ゆうととコミュニケーションが取れているならいいかなと思ってはいるのですが、やっぱりせっかくなら、ゆうとにとって学びの機会になったらいいなとも考えてしまうのが親心です。

 そういう意味で、ゆうとと楽しく遊びつつ、彼の知的好奇心を満たす学びを提供できているお母さんにはかなわないなと思うお父さんなのでした。


『今電車に乗っています。あと二十分くらいで帰れます。カレー楽しみ🍛』


 一応メッセージを送りつつも、たぶん既読はつかないだろうなと思ったお父さんはスマホをポケットにしまいました。お母さんは炊事の途中でスマホを見たりはしないので、きっと次にスマホを見るころには、お父さんは家に着いているでしょう。それでもいつも、帰宅の連絡をするのがお父さんの日課でした。


(次、早く帰れるのは俺だから、ゆうとと詩の遊びをするのは俺の役目になるかな。ゆうとがまだ詩を作る遊びを楽しみにしているのなら、だけど)


 お母さんから送られてきたメッセージの文面からして、おそらくゆうとは生成AIに詩を作ってもらう遊びをまだまだ楽しんでいるのでしょう。だとしたら、次の早帰りの日の遊びもそれになりそうです。お父さんとしてもゆうとと色々な話をできるきっかけづくりになるので、望むところです。


(しばらく、我が家のブームになりそうだな)


 お父さんは家で待っているであろうお母さんとゆうと、そしてカレーを楽しみにしながら帰路につくのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る