6、依頼文:「電子レンジ」が含まれる五行の詩を書いてください

「お父さん。もうひとつくらい、詩を作ってもらわない?」


 ゆうとの提案に、お父さんは頷きます。


「夜ごはんまではまだ時間があるから、いいよ。今度のお題は何にする?」


 少し考えていたゆうとは、お父さんと並んで座っていたソファから立ち上がり台所を覗きました。どうやら、「お掃除ロボット」「冷蔵庫」のように、家電でお題を考えたいようです。


 ソファの前に戻ってきたゆうとは、座っているお父さんと視線を合わせました。


「決めた。次のお題は、『電子レンジ』にしよう!」

「わかった。そうしたら、AIに詩を書いてもらうな」


 お父さんはタブレット端末に生成AIの入力画面を呼び出し、『「電子レンジ」を含む、小学校4年生が理解できる5行の詩を書いてください』と打ち込みました。

 あまり時間を置かずに、生成AIは返事をしてきます。お父さんはゆうとが見えるように、タブレット端末を低く持ちながら生み出された詩を読みあげました。


 “電子レンジの光の中

  くるくる回る四角い箱

  温かいご飯と笑顔が

  飛び出す魔法の扉

  今日もありがとう、電子レンジ”


「ねえねえお父さん、点(、)とか丸(。)とかってさ、詩の中に使っていいの?」


 お父さんの横から身を乗り出すようにして詩を読んでいたゆうとが、顔を上げて問いかけます。お父さんは少し考えてから、口を開きました。


「使ってもいいと思うぞ。ただ、人間が作った詩だと、『点を使う』か『点を使わない』かはそろえるのが普通じゃないかな。だから例えばこの詩を人間が作ったんだとしたら、五行目以外でも点を付けそうだとお父さんは感じたかな。お母さんほど詩に詳しいわけじゃないから、もしかしたら人間が作った詩で、こういう形のものもあるかもしれないけど。今度、お母さんにも聞いてごらん」

「うん」


 お父さんは、ゆうとになるべく正しいことを教えたいと考えています。しかし、お父さんは全知全能ではないので、わからないことだってたくさんあります。そういうときは『わからない』とはっきり言って、わかりそうな人を紹介したり、あとでゆうとと一緒に調べたりするようにしています。


 ゆうとが大人になってからも、わからないことは『わからない』ときちんと言えること。そしてわからなかったことを調べる習慣をつけること。それらを身につけてほしいと、お父さんは願っています。幸いにして、今のところゆうとは素直に、お父さんの言った通りにお母さんに聞いたり、調べたりしてくれています。このままの調子で育ってほしいものだと思いながら、お父さんはゆうとに目を向けました。


「最後の行にだけ点がついているのが、ゆうと的には一番気になったのか?」

「うーん。五行で一つのまとまりだと思ったときに、なんだか最後の行だけ仲間はずれな感じがして、ちょっと気持ち悪かったんだよね。言葉で気になったのは、『くるくる回る四角い箱』かな」


 生成AIの画面を、ゆうとは指さします。


「四行目と五行目で、『温かいご飯と笑顔が飛び出す魔法の扉』って書いてあるから、ご飯をあっためてるのかなって思ったけど、でもごはんってレンジではあっためないよね? だって、炊飯器にいつもあったかいご飯が入ってるから」

「そうだね。確かに、家で食べるごはんはいつも炊飯器からよそっているものな」


 そういいつつ、お父さんは「レンジでご飯を温める」シチュエーションを思いつきました。会社でお弁当を温めるときです。しかし、学校では給食を食べているゆうとにとって、その状況は想像しにくいでしょう。それに、「休み時間にほっと一息つく」感覚はあれど、「笑顔が飛び出す」というほどではないかなという思いもあります。

 なので、お父さんは自分のアイデアを引っ込めて、ゆうとと一緒に「くるくる回る四角い箱」が何なのかをいっしょに考えることにしました。


「ゆうとの考えだと、ご飯は炊飯器からよそってることになる。だとしたら、何をあっためてるんだろうな」

「そこなんだよ。でも、『ご飯と笑顔が飛び出す』のご飯はレンジから出てこないとして、レンジから飛び出しているのは笑顔のほうだと思うんだ。だから、あっためているものは出てくると笑顔になるものなんじゃないかって気がする」

「おお、なるほどな」


 お父さんはゆうとの、のみ込みの早さに唸りながら、相槌を打ちます。ゆうとは少し前に、「韻を踏む」ことを覚えましたが、今はそれを無意識に応用したのかもしれません。ご飯と炊飯器、笑顔と電子レンジが対応すると頭の中で結びつけていますから。もちろん、AIが書いた詩の中に炊飯器は登場しないので、ゆうとは詩の外にある文脈も読み取っていることになります。ゆうとがさらにどんな発想をするのか、お父さんはわくわくしながら見守ります。


「ゆうとが電子レンジであっためて、出てきたら笑顔になるものってなんだ?」

「うーん。難しいよ。しかも四角い箱に入ってるんでしょ? 四角くて、出てきたらうれしいもので、レンジであっためるもの……あ、グラタンとかは?」


 ゆうとはソファからぴょんと飛び降り、手を叩きます。


「グラタンって、レンジであっためて作るよね? それで、四角い入れ物に入ってる。できあがったらいい香りがしてきて、レンジの扉を開けたらすごくおいしそうで、食べるのが楽しみになるから。ご飯と一緒に食べるし。この箱グラタンなんじゃない?」

「確かに、うちでグラタンを作るときは電子レンジを使うな」


 おまけに、ゆうととお母さんの大好物だ。とお父さんは心の中でつぶやきます。グラタンは少し手間がかかるので、あまり頻繁には作らないのですが、お母さんは「お父さんが作る料理で一番好きなのはグラタン」だと少し前に言っていました。

 そして、お母さんがおいしそうに食べるものは全部おいしいものだと信じているゆうとも、グラタンの日はいつもよりたくさんご飯を食べます。


「ゆうともお母さんも、グラタンが焼きあがる瞬間は電子レンジの前に集合するよな」

「うん! だってレンジがチン! ってなる瞬間に前にいたら、焼きあがった瞬間のグラタンのにおいがかげるもん。ぼく、グラタンが焼けた時のにおい好きだよ。だってすごくおいしそうじゃない?」

「そうだな。ゆうととお母さんが楽しみにしてくれるから、お父さんも料理をするのが楽しいよ」


 ゆうとの話を聞いていると、だんだんお父さんもグラタンが食べたくなってきました。幸い、今日の料理当番はお父さんです。自由に作るものを決められます。


「ゆうと。今日の夜ごはん、グラタンにしようか」

「やったー! グラタン久しぶりだね!」


 ゆうとは立ち上がったまま、大きくその場でジャンプします。全身で喜んでくれるゆうとを見て、お父さんも笑顔になりながらソファから立ち上がりました。グラタンを作るのなら、早めに仕込みを始めなければいけません。


「じゃいまから作り始めるから、ちょっと待っててな」

「うん! じゃあちょっとだけ、漢字の勉強をしてくるね!」


 楽しそうに身体をゆすっていたゆうとは、スキップしそうな勢いでじぶんの部屋へと戻っていきました。漢字が好きなゆうとは、お母さんに勧められて漢字検定の勉強をしているのです。自発的に勉強がしたいと思うのは我が息子ながら偉いなと、お父さんは感心しながら、台所へと向かうのでした。

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