022:佐官な話


 大佐の執務室。


 鉄の机。鉄の椅子。ペンキが塗られただけの鉄の壁と椅子。


 全てが灰色で実務的。


 彼の内面を暗示している様だとスペンサーは常々、思う。


「さて、スペンサー少佐。状況を全て説明してもらおうか。君が無理矢理捩じ込んだあの出撃命令の意図、それが失敗し、のこのこと此処まで帰投するに至った経緯全てをだ」


 そう言って、ブレイク大佐は話を促した。威圧的な野太い声。至極、軍人らしい。


「了解しました。では、まず意図について…私は第五空白地帯における膠着を打開する為、現地調査に赴きました。現行の様な平押しでは無闇に戦力をすり減らすだけであります。情報収集が全く足りておりません」


 それから、彼女は事のあらましを語った。

 任務途中に収集したデータ。T−96に三機に遭遇し、僚機が犠牲になり自分自身だけ生き延びてしまった事、ピースとの邂逅について。


 概ねの話を終えた後、ブレイク大佐は問うた。


「君に随伴した僚機については、貴様が随伴を命令したのか?」


 犠牲となった僚機の操縦手が頭をよぎる。

 

 スペンサーを只管に慕っていてくれた訓練生時代からの同期。自身の馬鹿げた行動に付き合う必要性は全くなかった。


 それにもかかわらず、彼は付き従った。


 未だに、彼女には理解し難かった。その行動原理が。


「いえ、独断専行です…全くもって無責任ですが、彼は、ロバートは私に無断で随行したのです。今更、止めた所で処罰は免れないと言って、梃子でも動きませんでした」


 嘘はいっちゃいない。思い出しくもないが、実際に彼はこう言った。


『地獄までお供します、少佐殿』


 馬鹿な奴だ。私の周りはそんな奴ばっかりだ。


「お前の普段の様子を考えると、さもありなんという話だな。だが、それで済む話ではないのは、理解しているな?」


「勿論です」


 ブレイクは大きな溜息を吐き、これみよがしに机を叩いて見せる。


「お前の持ってきた第五空白地帯のデータは確かに有用だ。地形データも追い剥ぎ集団のレザボア・ジャッカスがアストラと密約を交わしている可能性についても。大いに、有用だ。だがな、そもそもの根底から間違っている…」


 虚な瞳がスペンサーを射抜く。


「どうして、俺が無駄な作戦命令ばかりを出しているか分かるか?」


 スペンサーは押し黙る。以前から理解し難く思っていた事だった。


「分からんようだから、代わりに答えてやる。私がわざと手を拱いている理由をな」


 長い沈黙の後、大佐は語った。告解のような口振りで。


「理由は一つだけ、現状の戦力では我々の戦略目標の達成は絶対的に不可能だからだ。本社が我々に出した命令は『重汚染地帯及び第五空白地帯要所の完全制圧』。馬鹿でも不可能だと分かる、お前もコーザ=アストラの連中とやり合って理解出来ただろう。同じ第五世代NAW同士の戦闘でも勝ち目はない。練度が違いすぎる」


 鉄の机に彼の拳が打ち付けられる。


「これで状況を打開するような作戦を実行したらどうなる?ここが本物のアラモ砦に早変わりだ。戦力は激減する。此処が存続できているのは額面通りの装備と見た目だけは立派なNAW、豪勢な壁とSAMロケットのおかげだ。これ以上、此処が張子の虎である事を知られれば敵は一気呵成に攻め込んでくる」


「補充兵や装備、訓練過程の拡充について本社から通達はないのですか?」


「大口のものは何も無い。一度でも大きな損害を出さない限り、後方の連中の目を覚ませる術はないのかもしれん」

          

「つまり、打つ手がないから下手な軍事行動だけを行い、最低限の仕事をこなしているように見せかけているわけですか?」


「いや、現行の指令はもはや訓練の延長線上でしかない。最小限の被害で抑えられるだろう軍事目標だけを狙い、少しでも実践経験を積ませる事を主眼に置いている。人命とNAWの無駄使いに見えるだろうが、いずれ本社を騙せなくなる日がくる。その時には、一大攻勢を掛けざる負えない。その時までに、少しでも生き残れるものを増やし、次に繋げる。それしかない…」

 

 もう一度、大きな溜息をつき、彼は深々と椅子に身を預けた。


「お前は間違いなく前線指揮官として唯一無二の才能を秘めている。人を嫌が応にも突き動かす人たらしの才能だ。だがな、今の絶望的膠着状況に置いてその才能ほど邪魔なものはない。正直な所、お前が死んだと聞いた時、一兵士としての俺は悲しんだが、指揮官としての俺は跳ねるように喜んだ。デカい爆弾が一つ消えたとな」


 再び、スペンサーを睨む。


「だが、どういうわけかお前は戻ってきた。有用な情報を満載して、下手をすれば全面攻勢の時期を早めてしまいかねない程のな。なあ、教えてくれ。どれだけ俺を困らせれば気が済むんだ?」


 スペンサーは苦笑いを浮かべる。


「それほど消極的な方だとは思いませんでしたもので…」


「匹夫の勇にはそう映っても仕方ないな。だが、今度ばかりはそれでは片付けられん。御前の処分については、既に決めてある。文句も意見具申も許さん」


 そう言って、ブレイクは書状を取り出しスペンサーに押し付ける。


「後方へ更迭だ。詳しくはその中に愚痴と共に事細かに書いておいた。よく読んでおくように」

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