007:風車に向けて槍を構えよ


 其処は荒れ地であり、高地であった。

 

 人の気配はなく、延々と丸石と砂利の尾根が広がっている。


 ある物といえば、斜面に点々と屹立する風力発電用の巨大プロペラだけだ。

 直径三十メートルに及ぶ羽は意味もなく回転を続け、重低音を辺りに撒き散らしている。

 

 そんな中、ピースとスペンサーを載せたHA-88は、その尾根の傾斜をものともせず只管に頂上に向け直進していた。

 

 その様は山脈越えを果たすハンニバルの如く勇猛にして果敢である。


 だが、搭乗者の一人であるスペンサー少佐は変わり映えのしない景色を前に、痺れを切らし掛けていた。


「なあ、ピース。現地民のお前の土地勘に文句をつける訳じゃないが、本当に道は合ってるのか?かなり、郊外に出ているようだが…」


 その至極真っ当な問いに対し、悪びれもせずピースは答える。


「良い質問ですね。というより、何時その質問が飛んでくるのかと欠伸が出かけてましたよ」


「お前のプラスチック製の人工肺でも欠伸は出るのか?」


「勿論、出せますよ。生理現象というより、退屈というメッセージを暗に伝えるのが主な目的ですがね…」


 ピースは冗談めかしたが、すぐに話し方を改める。


「それはそうと、この道がかなり遠回りなのは事実です。ですが、理由はあります。何事にもそうです」


「相変わらず回りくどいな。何が必要だっていうんだ。NAWの小型核分裂炉は一度充填すれば半永久的に稼働する。燃料切れの心配はないはずだろう?」


「いえ、欲しいのは重水素やプルトニウムやらの汚染する側ではなく、それとは真逆の活性炭だのが詰まった除去フィルターです」


 その言葉にスペンサーは嫌な思い付きが頭を過った。


「もしかして、このNAWには真面まともな除染機が付いていないのか、お前がサイボーグだから?」


「御名答です。少佐のコクピットについている非常用除染機でなんとか保たせていますが、それを替えるためのフィルターがありません。このまま高濃度汚染地帯に突っ込なら、私とお揃いのブリキの体に替わる必要が出て来ます」


「思い当たって然るべき懸念点だったよ。全く」


 スペンサーは一つ溜息をつき、更なる疑問を突きつけた。


「だが、こんな所に除去フィルターの在庫なんてあるのか?見渡す限りの荒地だぞ?フィルターは標識みたく突っ立てる訳じゃない」


「ちゃんと、当てはありますよ。そろそろ見えてくる頃合いの筈です」


 そう言って、ピースはカメラの焦点を絞った。スペンサーの操縦席のディスプレイにも、その映像は克明に映し出される。

 

 尾根の中腹。風力発電が密集するエリアにそれは在った。


 ビニール製の宮殿。


 端的に評するならば、そうなるだろう。


 稼働を止めた風力発電を支柱に用い、その周囲に蓄光ビニールを張り巡らせている。

 天頂部は斜に傾けられたプロペラが骨組みの代わりを果たし、鉄線と蓄光ビニールにより天井が張られていた。


 同様の構造体が、不規則に立ち並ぶプロペラの本数だけ形成され、御伽話の氷の城か不恰好なサーカステントのように見える。


 だが、何より目を引くのは、その内部に青々としげる植物の群れだ。


 崩壊以後、植物の殆どが貴重な存在となった。それこそ、人命と比べるべくもない程に。


 それが繁茂しているという事実は余りにも衝撃的なことである。

 

 スペンサーには、それがピースによる手の込んだタチの悪い冗談の様にすら思えていた。


「先に言っておきますが、アレは蜃気楼でもなく、私が合成したフェイク映像でもないですよ。見た目はふざけてますが、れっきとした入植地コロニーです」


「そうか…第六複合体の記録には無い筈だがな。住民はいるのか?」


「そりゃあ、入植地コロニーなんだから人はいますよ。薬中と変人しかいませんが…」


「それに関しては、ずいぶんと奇特な場所にあるんだ、住民がそれに倣っても不思議はないな」


「困りましたね、まるで否定できません。取り敢えず否定から入るのが私の流儀ですが、その考えを否定しまうと私の存在自体も否定されてしまう気がしますからね。それに、第五空白地帯に根を張るのは凡そ真面まともじゃないというのは、紛れもない事実ですから」


「確かに、真面じゃない。今のご時世、第五空白地帯のど真ん中、ビニールハウスで植物を栽培しようとするのは狂気の沙汰だからな。あの入植地コロニーは何なんだ?名前はあるのか?」


 ピースはHA-88の歩を進めながら、AIじみた淡白さで居住地の成り立ちを語りだす。


「『太陽の砦』というのが、あそこの名前です。崩壊以前に存在した左派政党がその名前の由来らしいですよ。小型核分裂炉が実用化され一般に普及したあの時代に、風力発電なんて代物をこの丘に建てた連中ですね」


「あそこに暮らしているのも、その政党の残党か?」


「いえ、あそこに住んでいるのが、拗らせた理想主義の左派エリートだなんてことはありません。ましてや、テロを起こせるような気概のあるタカ派の環境活動家だってこともない。あの植物園もどきを最初に建てたのは、某政党の元支持者であった植物学者と麻の種、そしてトラック一台分の土と一機の農耕用NAWだったそうです」


「随分と寓話的だな、植物学者か。第六複合体にも一人しかいない人種だ。やれる仕事と言えば、植物工場の管理ぐらいしかない。それが崩壊後の混乱の中でどうやって生き残ることが出来るというんだ?」


「理屈は単純です。誰も来なかったから、ですよ。遠目から見ても何もないのが分かるでしょう?麓から見てもあの居住地は死角になっています。だれだって、日々の生活が生きるか死ぬかの極限なのに、意味もなく荒廃した丘を登りたがる筈が無いんですよ。」


「陸の孤島か」


「その通り、言い得て妙ですね。とはいえ、いくら孤島といえども漂流者やら流刑者ぐらいは来るものです。生に縋ることも忘れ、全てに絶望した連中。例えば、薬物で頭のおかしくなったスカベンジャーだとか」


「お前みたいな輩か」


「否定はしないでおきます。その植物学者にとっても貴方にとっても、どうだっていいことだった訳ですからね。彼はどんな阿呆でも受け入れて行きましたよ。その結果があの巨大なビニールハウスです」


「資材はどうした。この辺りには何もないぞ?」


「変わり者のスカベンジャーが、薬で焼けた脳味噌をフル回転させて取って来たんでしょうよ。作物を食わせて貰ってるなら、それぐらいするのが妥当というものです。お駄賃にオーガニックな薬を貰えるというのが主な要因かもしれませんが、それは言わぬが花というやつですね」


「一体誰の事を言っているんだろうな?」


「さあ、どうでしょう。そこはまあ、沈黙は金という事で…そろそろ着きますよ」


 ピースの言葉にスペンサーは改めて画面を確認する。既に、HA–88は太陽の砦の正門に辿り着いている様だった。


 砦には門があるものだが、太陽の砦に関してはその限りではないようである。


 それは正しくいえば、門というより扉と評するべきサイズだ。

 貧相なプラスチックのスライドドアでしかなく、武装したNAWはおろか生身の暴徒による襲撃にすら耐えられない思わせる代物である。


 門の前には広い空き地が広がっており、地面に埋め込まれた白色の丸石によって長方形に区分けされていた。


 丁度、パーキングエリアの様な具合だ。事実、奥の方に廃品寸前の農耕様NAWが止まっている。


 ピースは門の最寄りの区画にHA-88を停め、エンジンを落とした。


「此処からは徒歩で行きましょう」


 そう無線で言い残すと、ハッチを跳ね開け外へと飛び出す。


 彼女の神経に直結されていたシナプスケーブルが勢いよく外れ、ミールワームのようにうねった。


 途轍もない激痛が走るはずだが、リバシンに濡れた彼女の脳にはまるで響かない。せいぜい瘡蓋が剥がれる程度のものだ。


 一方のスペンサーも操縦席の上部ハッチを開け、装甲コンテナの暗闇の中へ這い出した。


 すると、数瞬もしないうちにコンテナの扉が開き、光が差しこんだ。


 ピースの愛くるしい顔が中を覗き込み、付け足すように言い含めた。


「一つ、言い忘れてました。貴女が第六複合体に所属していることは言わないでくださいね」


 スペンサーは出口へと這い出しながら、問いかける。


「具体的に何が問題なんだ?云うのもなんだが、第六は比較的に言えば真面な組織だぞ?」


 何を比較対象としているのか分からなかったが、ピースは手を指し伸ばしながら、答える。


「さっき言ったように、此処には風来坊のロクデナシしかいません。そういう連中は組織人をあまり好ましく思わないものです。分かるでしょう?」


 スペンサーは防護ヘルメットの空調を確認し、伸びをする。ピースを見据える。


「了解だ。さしずめ、依頼に失敗したフリーランスの傭兵という設定にしておこう」


 ピースはHA–88に鍵も掛けず、タラップを降りながら言い残した。


「随分と芝居がかっていますね。勿論、皮肉じゃないですよ」


 ピースの歯に絹着せぬ物言いにスペンサーは何も言い返さず、苦笑いと共に彼女の後を追う。


 そして二人は他愛のない会話を交わしながら、安っぽいポリプロピレン製の扉の中へと消えて行った。


 その様は年の離れた姉妹のようでも、教師と師弟のようでもあった。

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