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「――えぇと。三回です」

「へー? 三回こっきりなの」

 マキさんが意外そうに相槌を打つ。

 ぼくは「うっ」と言葉に詰まった。

 やっぱりこっきりな回数なのだ。

 確かにたかだか三回だけでセックスをしてもらえなくなるなんて、いったいどういうわけなのだろうとは考えていた。タカハシはもしかして、ぼくとのそれですごく嫌な思いでもしたのだろうかと。

 訊かれるままに、これまでのいきさつを差しさわりのない程度におおまか話すことになってしまった。

「なるほどねえ」

 ひととおり打ち明けたところで、三奈ママが当を得たような表情をする。

「こりゃ相性の問題だよ」

「えっ…?」

 あまりに確信に満ちた響きとその言葉のインパクトに圧されて、大きなリアクションになってしまう。

「あの、相性…って、なんですか?」

 舌がしどろもどろに震える。

「そーりゃ、スケベのに決まってんでしょ。つまり、あんたの男はモテるうえに相当なヤリチンだったわけだろ? そういう男に多いんだよ、相性にこだわるやつがさ。相手にゃ困らないから、セックスで気持ちよくなれる相手をとっかえひっかえ探すんだよ。まあ当人にとっちゃそのほうが合理的だもんねえ? あんたらの場合、最初の二回はいわばイレギュラーな形でヤっちまったわけじゃない? で、同居を始めた日に落ち着いてやってみたら、以降、抱かれなくなったってんだろ。そりゃ、セックスの相性が思っていたよりもイマイチだったってことよ。はっきり言うと、アンタのテクニックとか、器の感じとかがさ」

「ギャァ、ママ、直過ぎィ~!」

 マキさんが嬌声を上げる。

「煩いよっ、マキ。いや、それだけじゃないよ。どういうタイプのセックスが好きかとか、いろいろあるんだよ、相性には。そのヤリチン野郎はよく承知してるんじゃないの、そんだけ経験があるならさ。いまのところ彼もあんたが大好きで、しかも引き取った責任があるからはっきりとは言わないんだろうけど。でもこういう関係って、そうそう続くもんじゃないよ? まあ、悪いこと言わないからさ、アンタもそんだけ可愛い顔してんだし、深く傷つく前にオトコ替えたら? アンタだって実はイマイチだったんじゃないの、そいつとのセックスは。相性のピッタリ合うやつなんてのはそうそう簡単には見つからないけど、数こなしてりゃ、そのうち見つかるんだから」

 これで間違いない、みたいに言葉を切られた。

 ぼくはといえば血の気が引いて人事不省に陥りそうだ。

 三奈ママの一言一言が槍みたいにグサリグサリと心臓に突き刺さっていた。ショックなんてものじゃない。もう、命もろともフリーズだ。息をするのも忘れそう。

「もう、ママったら! なんって酷なことを言うのよ! もうちょっとマシなアドバイスできないの? よっちゃんは彼氏が大好きなんだから、他の男に乗り換えるなんてこと、できるわけがないでしょ! てか、あたしだってこの二人を応援してるんだから、別れてほしくないの!」

 やよいさんが激昂している。

「なによ。相談にのってやってくれって言ってきたのはアンタじゃないの。だからこうやって悪役かって教えてやったのに」

「だからってね…!」

 言いあいが激しくなりそうだったので、ぼくはやよいさんの手を取った。

「いいよ、やよいさん」

「でもぉ~、佳樹君~」

 多分、やよいさんもこういう展開になるとは思っていなかったのだ。ぼくを傷つけてしまったんじゃないかと、相談に連れてきたなにがしかの責任を感じてくれているのがひしひしと伝わってきて、ぼくは逆に申し訳ない気持ちになった。

「大丈夫だから。あの、三奈さんもありがとうございます。でもぼく、タカハシと別れる気はないから。どうしたものかなと困っているところです」

「だったらとりあえず、テクでも磨きゃいいんじゃないの?」

 マキさんが隣りでさらりと告げる。

「なんだったら、アタシがイロハのイからイロイロ教えてあげようか?」

 頬杖をついて、ニンマリと微笑を湛える。

 下心があるというよりはこういう会話をただ楽しんでいるようだけれど、ぼくにはやっぱり不向きだった。

「それじゃ浮気になっちゃうから。やめときます」

 そう答えると、まったく嫌ンなるくらいカタいねぇ、なんて言い返されてしまう。

 真顔になった三奈ママが口を開いた。

「だったら本人に聞くのが一番だろうね。マキだのアタシに教わるよりかは、よっぽど現実的だよ」

 確かにその通りなのだろう。たいだい、ぼくはセックスというものの実態をよく知らないのだ。

 悟さんとのことは別にしても、タカハシとだって、これまであれこれしてもらうだけで、相手を気持ちよくさせようだとか愉しませようみたいな能動的な行為を、自分から積極的にしたことがない。

 受け入れるのだけで精一杯だからだけど、当然「テクニック」なんてものもなに一つ持ち合わせちゃいないわけで、そういうのがもしかしたらタカハシには物足りなかったのかもしれない。だとしたら、そんなやつは抱くに足りないと経験豊富なタカハシが思い始めても不思議じゃない気がする。

 開店時間に近くなってきたから、一人で店を出た。

 やよいさんは「せめて駅まで送る」とかなり強く申し出てくれたけど、一人になってあれこれ考えたいからと、できるだけ丁寧に断った。あまり気に病んで欲しくもないから、ここで相談できてよかったことと、連れてきてくれてありがたかったことも揃えて付け加えた。

「なあ。はたちになってもそうやってふらふらしてんなら、うちにおいで。雇ってやるよ」

 最後に三奈ママから声をかけられた。笑って頷いてしまったけれど、それはないだろう。

 こういう世界はたぶん、ぼくには向いていない。ぼくはタカハシさえいればそれだけで幸福なんだから。こういう商売をしたいとは思えなかった。


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