UMAなのかUFOなのか。それは永遠の謎であって

シエリアはいつものように雑貨店のカウンターにアゴを置いて店番をしていた。

そんな彼女のもとに突如、中年男性が現れた。彼は白衣を身にまとっていた。


珍しい客は多いが、この服装は滅多に見ない。

これは厄介な相談だなとシエリアは身構えた。


「いらっしゃいませ。何かお求めですか?」


それを聞いた研究員らしき男性は眼鏡をクイっと持ち上げた。

レンズがきらりと光る。


「ここがウワサのトラブル・ブレイカーさんですか? 虫取りアミを探しているのですが……。この高級アミでは目的のものが捕まえられないのです。これを……」


そう言いながら男はシェリアに虫取りアミを手渡した。


「はい。拝見はいけんいたします」


店主はアミを眺めたり、指をかけたり、柄えの強度を調べたりして目利めききした。

少しすると彼女はそれを持ち主に返却へんきゃくした。


「とても良いアミだと思います。これなら大抵の虫は捕まると思うんですが……。一体どういったムシを捕まえようとしているんですか?」


相手はハッとしたように名刺を差し出してきた。


失敬しっけい。名乗り遅れました。私はUMAならびにUFOを研究する宮廷調査官きゅうていちょうさかんのメルソンです。捕まえるのはムシではないのです。今回は高速で宙を駆ける''フライング・マッハ・ブルー・オクトパシー''、通称FMBOを追っています。これがUMAでもあり、UFOでもありまして……」


さすがのシェリアでも未確認生物や飛行物体には明るくない。


「はぁ……。つまり、高速で飛ぶ青いタコを捕まえようとしてるんですか? 話を聞くにかなり速いように思えますが。いくら良いアミでも人間の反射神経では難しいんじゃないかなと想いますよ?」


そういいつつ、店主は疑問を抱いた。


(あれ。宮廷研究員きゅうていけんきゅういんなら潤沢じゅんたくな資金がおりるはずだけど。それで高級な捕獲器具を開発してもらえるんじゃないかなぁ。なんでまたウチに来たんだろ?)


シェリアが少しポカーンとしていると白衣の研究員は鋭い洞察力どうさつりょくを発揮した。


「その表情、なぜ宮廷のお抱えが新しい高性能器具を上に開発してもらわないかと思いましたね!?」


この男はムダにカンが良く、内心を読まれてしまった。

すると一方的にメルソン泣き言を言い始めた。


「ええそうですよ!! 我らがUMA、UFO研究室は毎年、たいした発見も成果も出せずに宮廷の中では最低評価の部署!! おりる資金もすずめの涙で、ラボを維持するので精一杯!! 研究員達はタダ働きなのです!!」


あまりの早口でよく聞き取れなかったが、すごく困っているのが伝わってきた。


「だからぁ!! シェリアさんに青タコを捕まえる装置を作って頂きたい!!」


予想通り非常に厄介な依頼だ。

そもそもシェリアはオクトパシーの実物を見たことがない。

どうやって捕獲すればいいのか皆目かいもく、見当がつかなかった。


店主の少女は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……わかりました。ゆー……UMA? あっ、ゆ、ユーフォーを捕まえる装置の依頼ですね。ただ、これはかなり難しいです。開発を断念することもあります。それでもよければ承ります」


それを聞いたメルソンは泣き顔からコロリと破顔一笑はがんいっしょうして少女の手をとった。

異性に手を握られたらはにかむところだが、この男性はまるでだだをこねる子供のようだ。

そのため、シエリアはなんとも思わなかった。


そしてメルソンはUMAに関するデータを残して帰っていった。

この日からトラブル・ブレイカーの挑戦が始まった。


クモの巣の仕組み、ゴキブリ取り、ネズミ取り、害獣退治、トラバサミ……。

ありとあらゆるトラップの使い方、使用感などを調べて新アイテムを練り上げていった。


新たに取り寄せた分厚いカタログが8冊。

彼女はそれを夜な夜な読み込んだ。


その結果、誘引式で吸引タイプの罠を作ることに絞った。

さらに数日、特殊な部品や器具、素材などを取り寄せてブラッシュアップさせていった。

その副産物として大量のトラップが残った。

これなら罠師としてもやっていけそうなくらいだ。


1週間ほど経っただろうか。ようやく装置が完成した。

シェリアはクマの出来たまぶたをこすりながらメルソンにトラップを手渡した。

それはスイカくらいの大きさで、茶色い陶器とうきのような質感をしていた。

そしてぽっかりと穴が開いている。


「これは……タコタコホイホイです。タコツボに誘い入れるという形に落ち着きました。ターゲットが近づくと自動的に吸い込みます。これだけパワーがあれば逃げられることはないはずです。あ、あと手動機能もついてます。ツボを2回叩くと好きなときに吸い込めますので……」


疲労からか、少女の顔色はあきらかに悪かった。

それを観察した白衣の研究員は涙した。


「ありがとう!! ありがとう!! これを使って必ずFMBOを捕まえて見せるよ!!」


そう言って、メルソンはスキップして表通りに溶け込んでった。

それを見届けるとシェリアはカウンターに突っ伏した。


「あ~これはしんどいなぁ。今日はもうお店閉めよっと……」


彼女はそそくさ店を片付けて、居住スペースに戻るとベッドに飛び込んだ。

それから2日ほどシェリアは疲労によるカゼで寝込んだ。


けだるい身体を引きずって彼女は起きてきた。

ボーっとしたまま何気なくセポール新聞をとった。


「まぁいつも通り大したことは……。ん、あ……これ昨日の新聞だ。なになに……宮廷UMA研究員、新種のハクギン・オオカブトクワガタを誘引トラップで捕獲……?」


そこにはメルソンが誇らしげにタコタコホイホイを掲げた写真が載っている。

彼の手にはキラキラ輝くカブトムシのツノとクワガタのアゴの付いた昆虫が収まっていた。


――このハクギン・オオカブトクワガタは未だ解明されていない希少種で、その功績により彼のラボの研究費は大幅に増額され――


少女は碧眼へきがんを見開いた。


「うわぁ……メルソンさんやったね……どうやら罠は役に立ったみたいだね……」


シエリアはまだ高熱が残っていて、ふらふらしていた。

そのため、物事の判断がつかなくなっていた。

そう。彼女は完全に元の目的を忘れてしまったのだ。


メルソンは雑貨屋の件には一切触れず、うまく誤魔化ごまかしてくれたようだ。

とてもレアな昆虫が捕まる罠を売っている雑貨店。

そう言われれば、表裏問わずマニアが大挙たいきょしてやってくるに違いない。


押しかけられると今の絶妙な塩梅あんばいは保てなくなる。

研究員はそこのところを察してくれたのだろう。


「ああぁぁ〜〜。あだまがいだい〜〜」


シエリアは意識朦朧いしきもうろうとして新聞を読み捨てると再び寝込んだ。

翌日になると少女はすっかり本調子に戻っていた。


……罠がうまく完成して、メルソンさんが珍しいムシをゲットできました。

本当に良かったです。


結局、目的のUMAは300年後くらいまで見つかったとか、みつかっていないとか……というお話でした。

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