カラくないのぉ? ウケる〜〜www

雑貨店に昼が来た。

店主がサンドイッチを手に取ったその時だった。


「あんた、トラブルなんとか? 依頼、受けてくんない?」


野球帽にグラサンをかけた少女がやってきた。

こちらが依頼内容を聞く前に、彼女は変装を解いた。

整った顔立ちにキリリとした目が特徴的だ。


「ほら、わかんないかな。あたしよ、あたし!!」


シエリアは思わず首をかしげた。


「あたしよあたし!! モデルのアンジュナよ!! なんでわっかんないかなぁ!!」


店主はあまり芸能に詳しくない。

カタログをめくるに、この少女は今をときめくトップモデルらしかった。

そんな人物が一体うちに何の用だろうか。


「どんなご依頼ですか?」


彼女はけだるそうに答えた。


「あのさぁ、うちのマネが激辛料理大会の仕事とってきやがってさぁ。あたし、激辛なんて食べられないんだよね」


モデルはネイルをいじりながらぼやいた。


「っつーわけで、あんた、あたしの影武者やってくんねー? 激辛のさ」


シエリアは辛いものが嫌いだ。


カレーはいつも甘口あまくち派であるし、からそうな料理というだけ敬遠けいえんする。

店主の反応も無視してアンジュナは一方的に話を進めた。


「あたしとあんた、背丈も体格もほとんど同じじゃん? ヘーキヘーキ。顔隠してヅラすりゃバレやしないって。あんたはただからいの食ってりゃい〜の。ね? 簡単っしょ?」


さすがに断ろう。そうシエリアが思った時だった。


「なぁんだ〜。ウワサは所詮しょせん、ウワサかぁ。そ〜んな都合のいいお店、あるわけないよねぇ〜」


彼女はわざとらしく言い放った。

たま〜にだが、こういう意地の悪い客もいる。

しかし、害がなさそうな場合は原則として依頼を断らない。

それがトラブル・ブレイカーの流儀である。


「はい。わかりました。激辛料理の依頼、まかせてください…」


「わかりゃいいのよ、わかりゃ。あ、あたし、勝負には負けないキャラだから。優勝以外ありえないんだわ。じゃ〜ね〜」


言いたい放題言うとトップモデルは帰っていった。

その夜、彼女はベッドに転がった。


「どおしよぉ!! 私、辛いものなんか食べられないよ〜〜。激辛大会なんて死ぬほどからいものが出るに決まってるよ!! うわああぁ〜〜!!」


今度こそダメだ。彼女はそう思って、スイーツをヤケ食いしはじめた。


「あッ!!」


―――激辛料理大会当日。


少女は桃色の髪をウィッグに押し込んで、おしゃれなグラサンをかけた。

一方のモデルは横長テーブルのクロスの裏に隠れていて、そこから声を出す。

シエリアにはその声と動作を合わせ、口パクすることが求められた。


いざという時のために入れ替わりのタイミングも決めておいた。

どちらかが、フォークを落とした時がチェンジの合図で、拾う時に入れ替わる。

小娘にしては上等なトリックだ。


大会司会者は解説を始めた。


「みなさん、ようこそ!! 今日の激辛料理はトマティ・セポリタンです!! セボール産の死ぬほどからいトマトをふんだんに使ったパスタです!! それでは、出場者紹介でーす!!」


パスタは赤い泡を立ててゴポゴポしている。

アンジュナの番が来ると足元のモデルは影武者の脚をひっぱたいた。

すぐにシエリアは立ち上がった。


「は〜い!! モデルのアンジュナで〜す!! 今日は激辛、がんばっちゃいま〜す!!」


雑貨屋少女は普段、絶対にしないびた仕草をした。

どうやら立ち位置はアイドルに近いらしい。

会場を大歓声が包んだ。


(ほえ〜〜。アンジュナさんってこんな人気なんだなぁ…)


いよいよ大会が始まった。参加者が一斉にセポリタンを口に入れた。

その直後、3人くらいがパスタを吹き出した。

他の参加者も顔をしかめて、口を押さえている。

そんな中、影武者は涼しい顔をして激辛メニューを食べ始めた。


その独走を司会が盛り上げた。


「ああっとぉ!! アンジュナちゃんすごいぞー!! 辛からいものが得意なようです!!」


またもや足元のモデルがシエリアをひっぱたいた。


「イエイ、イエーイ!! アンジュナちゃんにはこのくらいヨユーヨユーだよ!!」


シエリアは中腰で立ってダブルピースを決めた。

すぐに座ってまた激辛料理を貪むさぼる。

その後も、何かあるたびにモデルは雑貨屋を叩いてリアクションさせた。


「あんた使えるじゃ〜ん!! カラくないの? ウケる〜〜www」


昨晩、シエリアはチョコでコーティングされたドーナツを食べて思いついた。

改造チョコレートで口と鼻の表面を覆ってしまえば良いのではと考えたのだ。

その目論見もくろみは上手くいって、シエリアはからさを無効化していた。


だが、喉にも鼻にも充満したチョコで嗅覚は馬鹿になるし、気持ちも悪くなった。

対抗してくる選手も居たが、そんなシエリアに勝てるわけがなかった。

観客は顔色一つ変えずにセポリタンを食べるアンジュナに唖然あぜんとした。


だが、その食べっぷりに魅了され、大きな歓声を送った。

シエリアの努力によって、壇上の少女が影武者とは誰も思わなかった。

またもやモデルは少女にリアクションさせる。


「イエーイ!! みんな〜!! ありがと〜!! 完食しちゃうゾ〜☆」


雑貨屋はコーティングが溶ける前に、何とか激辛料理を食べきった。

食べきったら締めのインタビューだ。

フォークを落として入れ替わる。

計画通りに2人はうまくチェンジした。


(おい、バレるだろ!! よけなよ!!)


アンジュナは邪魔な影武者を脚で押し出した。

そしてシエリアは誰にも気づかれないまま舞台から転げ落ちた。


「へへ〜ん!! 辛からいのなんてラクショーだよ!!」


彼女本人が取材をうけていると、司会が何かを持ってきた。


「完食した人だけが食べられるおまけの激辛メニュー、セポリーノ・シャーベットです!! さぁ、アンジュナさん。お召し上がりください!!」


「え…あ…」


雑貨屋に丸投げしようとしたが、彼女はもう舞台上は居ない。

シャーベットは赤い泡を立ててゴポゴポしていた。


「わ、私、もうお腹がいっぱ…」


舞台袖ではマネージャーが首を横に振っている。

当然、影武者の話は彼には伝わっていない。

ここまで食べたなら余裕だろと言わんばかりだ。

トップモデルの顔はひきつった。


「そ…それじゃあ、いただきます…。うおえッ!! ゴボッ!! 口が痛!! おええッ、ごほぉッ!! 痛い痛い!! げろぉぉ!! ヴオェェッ!! あうあう…うっうっ…」


しまいには彼女は泣きしだしてしまった。

結局、これらのセポリタン料理は闇に葬られた。

アンジュナのファンたちの間でも、あまりの絵面えづらの酷さに、これは無かったことになった。


…まさか、おまけまで激辛だとは思いませんでした。

俗に言う因果応報いんがおうほうなのかもしれません。

きっとアンジュナさんもりたと思います。


こういう依頼に対しては甘口じゃなくて激辛でいいのかもなぁ…というお話でした。

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