第11話 校長先生

 ソラが動いているのに、自分は何もしていない。そこに後ろめたいものを感じ、授業中、ハルはずっと憂鬱な気分になっていた。休み時間になっても体が重く、席を離れる気になれない。

 そうして3時間目の授業が終わり、何度目かの休み時間が訪れ、視界の前方にいるルカが立ち上がった……のだが、ルカの体が前に傾き、倒れそうになる。

「⁉」ハルは急いで、ルカの元へ駆け寄った。「大丈夫か?」

「なんだか調子が悪くて。今日は帰るよ」

「そうか」

 ルカを保健室に連れて行くため、教室をあとにするハル。



 ********


 そんなハルとルカの背を、ソラは警戒した目で見つめた。



 ********




 4時間目、歴史の授業。男の教師が黒板に、古い写真を貼った。ヘルメットをかぶり、銃を持つ兵士が、戦場を駆けている。

「第二次世界大戦は5000万人以上の死者を出した戦いです。私も祖父から話を聞きましたが、人間がゴミのように散らばる戦場は地獄だと言っていました。銃弾を受けた時の痛みは激しく、PTSDに苦しんだそうです」

(戦争か……)

 天井を見上げ、ハルは思い出す。戦いの恐ろしさを。仲間を失う悲しみ、刃が刺さる痛み、経験してすべて知っている。

(……戦うのは嫌だよな)

 体の芯が冷たくなり、生きることが恐くなる残酷。

 あんな想い、もう、絶対にしたくない。


 ガタン! 突然、教室に音がひびく。

(なんだ?)

 音の方を見ると、椅子と一緒に男子生徒が倒れていた。

「これって……」

「去年と同じ……」

 1年4組だった生徒が怯え始める。

 次の瞬間――


 ガタン! 同一の音が鳴り、今度は女子生徒が倒れた。

「え⁉」

「恐いよ⁉」

「どうしよう⁉」

「落ちついてください」

 連続して2人が倒れ、パニックになる教室。

(なにが起きてるんだ⁉)

 ハルは立ち上がって、辺りを見渡たした。



 **********


 後半に倒れた女子は、ソラの近くに座る生徒だった。

 生徒の元へ歩み寄り(魔法円まほうえん?)とソラは気づく。女子が座っていた椅子、尻を置く部分に、水色の円が浮かんでいる。

(魔法が使えるの?)

 魔法円。それは魔法使用の際に用いる、魔力で描かれたサークルだ。



 **********




 教室を見渡していると、ソラの姿が映り、……なにかあるのか? とハルは疑問に思う。

 ソラがあごに手を当て、椅子を見下ろしていた。






 昼休み。いつもはルカと昼食をとっているが――早退したため、ルカはいない。

 ソラに視線を向けると、寂しそうに背中が空いていた。ちょうどいい、聞きたいことがある。とハルは立ち上がり、彼女に声をかける。

「なあ、フレア。おまえ、友達いないのか?」

 ビクッ、とソラの肩が跳ね、表情に影が降りる。

「……友達は必要ないから作らないの。いなくても困らないから」

(あれ? 聞いちゃダメだった?)

「それより、なんの用?」

 怒った口調で、ソラが話を変える。

「え、ああ、一緒に食べない?」弁当箱を見せる。

「いいけど」

 二人はカフェテリアに移動し、向かい合うよう、テーブルに座った。無言で食べ進め、食事を終えたところで、ハルが質問する。

「椅子に何かあるのか?」

「……気になるの?」

「まあ……そうだな」

「倒れた生徒の椅子に魔法円が仕掛けてあった」

「魔法円? あの丸い奴か?」

「そう」ソラはうなずく。「これは推測だけど、魔法が使えるのかも知れない。円に宿っていた魔法の効果で、座っていた生徒が倒れたの」

「もしかしてルカも……」

「ええ、セロニカの友達の椅子にも仕掛けてあった」

「誰がそんなこと?」

「図書室の帰りに遭遇した闇。あれがやったと考えるのが自然ね。去年と同じことが起きようとしている」

 去年と同じ――生徒の半分が休んだ事件が、また起きるというのか?

 くちびるに力を入れ、心配そうにハルは問う。

「……フレアはどうするんだ?」

「教室に残って、魔法円を調べようと思う」

「そうか」

 俺も手伝う。そんなセリフ、言えなかった。




 放課後。席に座る彼女の背を見つめ、罪悪感を覚えるも、ハルは教室をあとする。

 廊下を歩くと、前方に「さよなら、さよなら」と生徒に挨拶をする人物がいたが、うつむくハルはそれに気づかず、すれ違う。

 だが。

「君は?」

 声に気づき振り向くと、灰色のスーツを着た、白髪の男性が立っていた。優しい表情に、透明な眼鏡をかけた校長先生だ。

「俺ですか?」

「はい」校長が、ハルの顔を覗く。「もしかすると君は……セロニカ・ハングレットなのでは?」

「どうしてそれを⁉」

 ハルは後ろにジャンプし、身がまえた。

「警戒しないでください」校長が穏やかに笑う。「紅茶を飲みながら、ゆっくり話しましょう」



 校長室に案内され、紅色のソファーに座ると、やわらかくて尻が沈む。

「どうぞ、食べてください」

 校長がチョコと紅茶を用意し、ハルの正面に座った。

「あの、あなたは誰ですか?」

「そうですね。前世では村を救ってくれてありがとうございました。私、アルプスの村長です」

「なあ⁉ あの時のじいさん」

 礼儀が大切な現代。お互い敬語で自己紹介をする。

「この学校の校長を務める、心原こころはらスイナです」

「春風ハルオです」

 出身中学や住んでる場所、簡単なプロフィールを教え合い、世間話をする。紅茶を飲み、チョコを食べると(うまい)と口の中に甘さが広がった。

「春風くん。なにか悩みでも?」

「悩みですか?」

「はい。廊下を歩く春風くんが、下を向いていたので。いじめられているなら、私の力で解決しますよ」

 ハハハ、と校長が冗談で笑う。

(……俺は悩んでいたのか)ハルは自覚した。心を曇らせ、重くしているこのもやが、悩みなのだと。

「……話しても解決しないと思います」

「それは残念です」校長が首を振る。「村に伝わる特別を教えたかったのに」

「特別?」

「淘汰されることなく残っている言葉や教えには価値があるものです。きっと助けになりますよ」

(気になる……)

「さあ、話してください」

 校長の人柄のよさ。そして『すごい名言をくれるかも知れない』という年長者に対する期待が、ハルに口を開かせた。

「……迷っているんです。事件が起きようとしていて、友達が動いているのに、俺は何もしてなくて……手伝いたいのに、戦う理由が分からないっていうか……」

「そうですか。では、村に伝わる特別を教えましょう。悩んでいる時は、願いを考えてください。そうすれば、自分の気持ちが分かるはずです」

「願い……」

 その言葉に心地のいい納得感を覚え、ハルは目を開いた。

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