俺の前世が勇者だった件

ベール・ハーバー

第1話 入学式

 グラウンドを囲む木々が黄色い花を咲かせ、花びらが宙をまう中、高校の体育館で入学式が開かれていた。

 生徒がパイプ椅子に座っていて、校長先生がステージに立ち、

「人生は願いを叶えるためにある」

 と演説をする。

「貴方に願いはありますか? もしあるのなら、それを叶えるために学校生活を送ってください。なくても急ぐ必要はありません。ゆっくりと見つければ良いのです」

 校長の話を聞き、心を動かす男子生徒あり。

(願いか……)

 ハルは考える。

(俺の願い、なんだろう?)

 いまのところ願いはないが、エモーショナルな気持ちに包まれた。なにか大切なことを忘れている気がして、胸のうちがギュッと歪み切ない。どこか遠い場所に落としものをしてきたみたいに。


 式が終わり、それぞれの教室に移動する。ハルは1年2組に割り振られていた。すぐに女の教師がやってきて、ホームルームが始まる。

「新入生の君たち、まずは自己紹介だね」

 席の端から順に生徒が立ち、名前と趣味を公開する簡単なもの。

 順番が回ってきて、ハルが立ち上がる。

春風はるかぜハルオです。趣味はマンガとアニメです」






 ほかのクラス、1年4組の教室でも自己紹介がおこなわれていた。黒髪をショートカットにした女子生徒が席を立ち、冷たさのある声で口を開く。

夏目なつめソラです。よろしくお願いします」

 彼女の顔は1ミリも狂うことなく、きれいに整っている。黒い瞳が繊細に光り、透明な肌には傷ひとつない。ピンクのうすいくちびる。美人特有のツンとした雰囲気。

 夏目ソラのすべてが完璧で美しい。






 事務的な連絡だけで授業はなく、学校が終わる。みな隣人としゃべり帰ろうとしないが、ハルは教室を去る。別のクラスの男友達を迎えに行くためだ。

 廊下を歩くハル。タイミングが重なり、夏目ソラも廊下を歩いていた。

 向かい合う形で二人の距離が近づき、もう少しですれ違う、その時、ドキッと心臓が跳ね、ハルが足を止める。

 そして顔を赤くし、

(かわいい)

 とソラの背を見送った。





 夏目ソラが外に出ると、明るかった砂の校庭が、暗くなり始めた。

 反射的に天を見上げ、

(……日食?)

 とソラは疑問を覚える。

 影に飲まれ、太陽が黒くなっている。どう見ても皆既日食だが、そんなニュース聞いていない。

 影が動き、太陽が姿を現す。

「なに?」





「なんだ⁉」

 廊下の窓から空をながめ、超常的な光景にハルはおどろく。

 太陽が赤く燃え、宇宙の写真みたいになっていた。

 不思議と燃える太陽にまぶしさはなく、神秘に見入ってしまう。

 バアーン‼ 

 突然、爆音が鳴り、太陽が光を放つ。

「うう!」まぶしさに目を焼かれ、うずくまるハル。

 太陽から放たれた光が、透明なエネルギー波となって空をおおい、数秒で地上に到達し――地球を包んだ。

 エネルギー波が体をすり抜け、ドン! と脳内に音がひびく。

 衝撃で吹き飛びそうになるのを耐え、目を開けると、

「…………なんだったんだ?」

 太陽が元に戻っていた。





 ***********



 入学式から11カ月後。1年4組の教室。

 男の先生が、

「時が経つのは早いもので、来週から春休み。みなさんも2年生ですね」

 と明るく言い、黒板に数式を書いて授業を始めた。

 外が曇っているせいか、教室はうす暗く、雨が降りそうな感じだ。おしゃべりをする生徒は存在せず、ノートを書くシャープペンの音だけが、冷たい空間にひびく。

 そんな中、ひとりの女子生徒が視線を泳がせ、怯えるように肩をふるわせていた。やがて耐えられなくなったのか「先生!」と立ち上がる。

「どうしました?」先生が振り向く。

「なんで……このクラス……半分しかいないの?」

 本来なら30人が在籍するクラスだが、15人が欠席し、多くの席が空いている。

「それは…………休んでいる生徒からは、体調不良と聞いています」

「うそ! このクラスだけじゃん。こんなに休んでるの」

「…………」先生はうつむき、黙ってしまう。

 この異常な光景を、夏目ソラは一番後ろの席から、冷静にながめていた。

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