第17話





 王立魔導学院は王都郊外に位置している、伝統ある全寮制の学び舎だ。かつては王侯貴族の、中でも特に魔術の素養に秀でたものだけに門戸が開かれたという、国内屈指の名門校。現在では才能さえあれば平民も入学を認められており、在籍者数は年々増加傾向にあるという。熱意ある若者に、学びの場が平等に提供されているのならば喜ばしいことだ。

 そんな場であり、若き活気と英気で満ちているはずの校内。そこに再度、相応しからぬ騒乱が巻き起こったのは、日が傾きかける頃のことだった。

 ――あら!? ねえあなた、エドワード様をご存じなくって!?

 ――知りませんわよ、わたくしだって見失ったんですもの! ついさっきまでここにいらっしゃったのに!!

 ――嫌だわ、まだ肝心のお返事をいただいておりませんのに! 急いでお探ししなくては……!!

 学院の校舎は、王家から提供された離宮を改装したものだ。ゆえに、造りは現在でも堅牢にして壮麗、ついでに恐ろしいほどの規模を誇っている。その方々で響き始めた甲高い声の応酬を聞き取って、遠慮なく舌打ちした人物がいた。

 「……ちっ、目眩ましの効果が切れたな。まあよくもった方か」

 本校舎の最上階にある生徒会室。分厚い樫の扉に守られたそこで、窓辺に立って周囲の気配を探っているのは、制服に身を包んだ男子生徒だった。生徒会の役員であることを示す腕章には、図案化した文字で『副会長』と刺繍がなされている。

 そんな腕章の持ち主は、役職から想像されるイメージにぴったりの容姿だった。蒼がかった銀髪はやや長め、切れ長の目元は落ち着きと知性を漂わせ、顔立ちは氷を削り出して創った彫刻のように冷ややかな端麗さだ。これで盛装して夜会にでも参加すれば、うら若き淑女たちが放っておかないだろう。

 ……もっとも今、苛立ちと不快感を露わにしている彼に、積極的に話しかけるご令嬢はいないだろうが。

 こんこん、と小さく硬い音が響いた。ばっと顔を上げると、バルコニーの向こうからガラスを叩く腕が目に飛び込んでくる。急いで部屋を横切って鍵を開けてやれば、ネコか何かのようにするんと入り込んできた相手は特大のため息をこぼした。

 「あ~っ、緊張した~~……いつもなら伝令はセディがやってくれるんだがなぁ」

 「しょうがないだろう、今は遠隔地で実習中なんだから。――それでケイ、返事はあったか?」

 「おう、ばっちり受け取った。うちの会長は無事に妹のとこについたし、ご実家からは『全部こっちに任せる』ってさ。信用されてんなあジャスティン」

 飄々としつつも楽しそうな口調で言ったのは、これまた制服姿で腕章に『書記』とある男子だ。灰褐色の髪を襟足で括って、整った顔立ちながらやや垂れ目気味な目元が愛嬌のある雰囲気を醸し出している。しかし実は三階にある生徒会室に、人目を避けつつ外から乗り込んでくる時点で、わりとただ者ではない。

 「軽口言ってる場合か、実質丸投げだぞ? 学院内のことに外部が口出しするのは難しいんだ」

 「わかってますって。だからうちの会長がのびのびし過ぎるレベルで暮らせてるんでしょ? あれだけ楽しそうだと、見てていっそ気持ち良いねぇ」

 「……それは否定しない。若干今後が心配だが」

 もちろん友人としてはそうだろうが。一臣下的にどうなんだという発言に、同意せざるを得ないのがどうにも微妙なところだ。何ともいえない表情で相づちを打つ副会長である。

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