第14話





 「……ううう、お騒がせしてすみません。キャロルの兄のエドワードです、初めまして」

 「本当ですよ。変身術がお得意なのはよくよく存じ上げておりますが、それを初対面の方の前で突然披露されるのはリスクが高すぎます。本物と間違えて卒倒でもされたら一大事ですよと、何度も申し上げているはずですが」

 「だ、だからごめんってば~……とにかく急いでたんだからしょうがないじゃん……」

 「あ、あの、わたしは全然平気ですので! ロビンさんどうぞその辺で!!」

 しょんぼり肩を落として謝罪する兄上に、笑顔で――表情は笑っているのだが、押しと迫力が普段の数倍になった黒いヤツだ――すかさずクギを刺しているロビンである。忠義に篤くて大変頼もしいが、そろそろなんだか可哀想になってきた。

 「えーっと、エドワードさん? は、いつも王都にいらっしゃるんですね。領地とかではなく」

 「そうね、今は魔導学院に行っているのもあるわね。もう最終学年になるけれど」

 「魔導……って、王立の!? あっそうか、それで見覚えがあったんだ!」

 キャロルの補足にポンと手を打つ。どうにも見覚えがあるなと思ったの、やはり気のせいではなかった。何を隠そうエレノアの従兄で、伯父の家の面々では唯一可愛がってくれるセドリックがここの生徒なのである。しかも同じ最終学年だから、どこかでニアミスしたり点呼で名前を聞いたりしたことがあるかもしれない。いや、点呼とかするかどうか知らないが。

 「あれ、制服知ってるの? ええと」

 「エレノアです、エレノア・リースフェルト。わたしの従兄が学院に行ってまして」

 「……あっ、セディの従妹って君か! 聞いたことあるよ、っていうかしょっちゅう聞かされてる! とっても可愛くて賢い子なんだーって、あちこちで自慢してるからさー」

 「……え゛っ?」

 聞いたことがあるどころか、なんとがっつり知り合いだったようで、ぱっと表情を明るくしたエドワードが嬉しそうに教えてくれる。妹さん同様、笑顔の方が素地が引き立って素敵だなぁと思うしありがたい……のだが、いまちょっと聞き捨てならないことを聞いたような気が。

 いや、聞いた。ばっちり聞いた!

 (ちょっとお兄ちゃん!! 学校で何話してるのさー!!!)

 「――エドワード様、今は現状の把握を優先させていただきたい。この白昼に、あえて目立つ変身術を使ってまでこちらに参られた理由は何なのですか? 元から少々、いやかなり涙もろいところはおありでしたけれども」

 「ちっちゃい頃から泣き虫で悪かったなっ! 現実逃避したのは悪かったけど、ロビンだって同じ目に遭ったらぜええええったいにビビりまくるんだからな!?」

 話題が逸れたことにおかんむりなのか、ややトゲを増した口調で言ってくる侍従。わりと容赦ないのは気心知れいているせいだろうが、このままだと背後に黒いオーラがはみ出してきそうで恐ろしい。それは当事者も思ったらしく、言い返しながらもきちんと軌道修正をしてくれた。

 「俺ん家さ、男も女も成人してから婚約を決めることになってるんだ。もっともおじい様の代から始めたやり方だし、この辺の国の王侯貴族ではめずらしいけど」

 「……そうなんだ?」

 「みたいですねえ。大抵のお宅では、お嬢様方くらいの御年齢でお決めになると聞きますよ。もちろん親御さん方が話し合って、ですけれど」

 シーナの解説によれば、おおよそ十歳前後が婚約の平均年齢ということだ。もし跡取りであるとか、現当主が養生に入るなどの特別な理由があれば、もっと早い段階で話をまとめる必要が出てくる。

 「で、俺、来月十八になるから、そろそろ釣り書きとか肖像画とかで目星くらい付けといてくれって言われて。寮の部屋宛てに大量に送り付けられて、夜中に雪崩起こして生き埋めになりかけたりしてて」

 「……お兄様、それはちょっと片付けた方がよろしくてよ」

 「だってさぁ、目を通したらすぐ実家に送ってはいるんだよ? だけどそれ以上のペースで増えてくからさぁ」

 「エドワード様!」

 「ごめんなさい脱線しました!! だからね、ガンガン外堀埋められてるから、早めに決めようってそこそこ意識はしてたんだよ……なのに……」

 三度叱られてぼやきを引っ込めて、いろいろ思い出した様子のエドワードはがっくりうなだれてしまった。そして地の底に沈み込みそうな、重たすぎるため息とともに、こう言ったのである。

 「なんで、誕生日でも何でもない日の朝一番から、うちの学院に通ってる令嬢たちに追いかけられなきゃいけないのさー……!!」


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