第8話




 「改めまして、キャロルです。白樺邸にようこそ」

 「はい、初めまして。エレノア・リースフェルトと申します、本日はお招きいただきありがとうございます」

 いろいろと衝撃的な出会いから、時は流れてはや数十分。立ち話では何だからと場所を移し、遠くに見えていた白壁の本邸へと案内され、その応接室に落ち着いた後のやり取りである。

 作法に則ってあいさつを交わし、丁寧に一礼しながら、エレノアは実はあんまり落ち着いていなかった。理由はいくつかあるのだが、中でもわりと大きなウェイトを占めていたのが、

 (同じ年頃だっていうから完全に油断してたけど……キャロルさん、めっっっちゃ美少女だな!?)

 そうなのである。

 対面の一人用ソファに腰掛けて、穏やかな表情を浮かべているキャロル嬢は、何はなくとも素晴らしい可愛らしさだった。ポニーテールに結い上げた髪は、満月の光を紡いだような見事なプラチナブロンド。くりっとしたきれいなアーモンド型の瞳は、ちょうど今の時期の木々を映したような鮮やかな若葉色だ。ビスクドールのごとく端正に整いつつ、清楚でなおかつ可憐さもあるといういいとこ取りの容姿。というか肌の透明感がすごい、色白すぎてもはや血色すら霞むほどだ。瞳の色に合わせたと思しき、エメラルドグリーンのワンピースがこの上ないほどよく似合っていた。

 (わたしは髪も目も灰がかってぼんやりした色あいだし、実はこっそり外に出まくってるから最近ちょっと焼けて来てるんだよね……でもあんまり籠りっきりだと体力がなぁ)

 「……お嬢様、大丈夫ですか? なんか目が泳いでません?」

 我が身を顧みてついつい遠い目をしていたところ、斜め後ろに控えていたシーナにこっそり囁かれて我に返る。いかんいかん、今は話に集中せねば。

 「さっきは本当にごめんなさいね? この子も反省しているみたいだから、どうぞ許してやってちょうだい」

 『きゅー』

 「ああいえ、そんな。とんでもないことです、もう本当にどうもないのでお気になさらず」

 「そう? なら良かった……もう、メルが逃げ回るからよ?」

 『うきゅう……』

 頻りに気を遣ってくれるキャロルに軽く叱られて、先ほどぶつかった相手――いうまでもなく妖怪であるアマビエは、しゅんと肩を落とすような仕草をした。大きな目もしょんぼりと床に向けられていて、吹っ飛ばされた側が言うのもなんだが大変に可愛らしい。もう良いんだよ~気にしないで~、と声に出しかけて、そこでふと思い出したことがあった。

 「――あの、キャロル様。先ほど、わたしをお呼びになったのはアマビエさんのため、と言われていたように思ったのですが」

 「アマビエ……と、いう種族? なのね、メルは。そうなの、あなたにぜひ訊きたいことがあって、こんなに急にお招きしてしまったの。

 突然だけれど、このメルを見てどう思う? 何か気付いたことはない?」

 『きゅう?』

 「気付いたこと、ですか」

 眉根を曇らせて、傍らで大人しくしている妖怪さんを指し示すご令嬢。やや唐突な質問に、エレノアは言われるがままそちらに注目する。

 椅子に座った自分の視線より、やや下に頭があるため、ほんのり見下ろすような体勢だ。アマビエことメルが小首を傾げると、さっきと変わらずつやつやの髪がさらさらと流れていく。薄い緑のウロコに、レースのカーテン越しに差し込む陽光がちらっと反射して――

 (……あれ? なんか変?)

 気のせいかな、と思いながらも目を凝らす。ウロコはちょうど手のひらに乗るくらいの大きさで、ほぼ真ん丸のものが全身にずらっと並んでいる。色は全て、磨いた翡翠のように光沢のある、淡い緑色のようだ。

 そんなさなかに、ぽつぽつと数か所。浮かび上がっている明らかに不自然なものが、今になってようやく視界に飛び込んできた。


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