残念だったな、俺は異世界に来てもヤクザだ。

シマアザラシ

第1話 始まりの出会い(1)

 某日

 

 職業ヤクザ。

 関東北神連合会系本家若頭補佐直系宇佐美組組長。

 豊田竜二、27歳。


 俺は現役のヤクザの組長で人に迷惑をかけ続けた人生だ。

 人を騙し、人を傷つけ、そして人を殺し続けた人生……血にまみれ、数知れない恨みを買ってきた


 身内にもそれ以外にもな……。 

 だが、そのおかげか、ヤクザの世界で強い権力を得て、それなりの財産得た……


 何より……護りたいものができた、泥を啜ってきた時にも共にいてくれた組員と亡き妻が残した忘れ形見……

 ……人の不幸で飯を食ってきた俺が人並みの幸せを感じるなんて許されない事だとは思う

 いつかはその血にまみれた人生の清算を迫られる時が来ると……そう考えていたが……

 それは思わぬ形で来た。


 『関東北神連合会系本家爆破事件』

 本家にいた俺と組員、それと初対面の予定だった後妻は『何か』に『皆殺し』にされた。

 そして……俺たちの罪の清算は『皆殺し』にされただけでは済まなかった。

 


◇◇◇



「……な、なんだ? こ、これは――」


 俺は目の前の幻想的な風景に言葉を失う。

 今俺が居るのは崖の上だ。そこに座り込んでいる。


 ここから見える風景は常軌を逸していた。常識的に考えてありえない。とうとう俺は狂ってしまったのかと疑いたくなるレベルだ……。

 現役のヤクザだが……薬とかには手を出していない筈なんだが……酒に関してはアル中一歩手前だけど。


「……これは幻か?」


 見たこともない怪鳥が飛んでいる。

 見たこともない葉の色の電波塔並みに巨大な大樹がある。

 見たこともない青色の月が空に浮かんでいる……それも2つ。


 輝く光を放つ翡翠色の泉があり、血の様におどろおどろしい紅い木々の森がある。

 おかしい。ここは俺のいた世界じゃない。それが見れば一発でわかる違い。


 そして……俺の両手の全ての指には記憶にない『金色の指輪』がされていた。

 指輪には理解ができない文字のような文様が刻み込まれており、1つ1つ違う紋様だ



「あなたいい反応するわねぇ~。それでこそ膨大な魔力を支払って召喚した甲斐があったってものよ」


 俺の横に美少女が立っていた。

 歳は俺よりも最低でも10は下で、十代後半ぐらいだろうか? 日本人離れした赤い瞳に金髪。


 さらには黒を基調とした服は日本では見ない独特なデザインだ。パーティで着るドレスに雰囲気が似ている気がする。

 そして、スカートから見える白く長い脚が彼女の美しさに拍車をかけている。


「それにしてもさすが私よね~可愛いし天才とか、まあ、びっくり。くすっ、あなたの潜在魔力Sランク並みじゃない。極たまーに、本気出すとこれだもん。『オマケ』まで豪勢なのがついて来ちゃったし」


 少女は悪戯っぽい笑みを浮かべながら俺を見る。その態度は友好的だ。

 だが、まるで自分の気に入っている玩具を見ている様な――そんな視線な気がする。


 しかし……可愛いな。本当に可愛い。その外国人ぽい容姿で流暢な日本語を話すのは違和感があるが、とにかく可愛い。

 さらに普通の人間にはない妖艶さみたいなものを感じる。


「ん? どうしたの? 私の顔を見つめちゃって……あっ惚れちゃった? ふっふっふ、自分で言うのもなんだけど、私って可愛いから」


「……清々しいほどのナルシストだな。悪いが今は子供の冗談に付きう気分じゃない」


「あー失礼っ。私そこまで子供じゃないんだけど~。ナルシストっていうのはわかんないけど、馬鹿にしてるでしょ?」


 少女はそうは言うが大して気にした様子もない。どうやら細かいことは気にしないタイプらしい。年上好きの俺だが、その余裕は好感が持てる。


「うーん。召喚は私の好みがそれなり反映される筈だから、心配してなかったけど……うん。いい感じ、いい感じ。よかった。とんでもないのが召喚されたら目も当てられなかったし。顔は強面だけどねぇー」


「お、おい。抱きつくな! 、いきなりなんだよ!」


「うん? 恋愛~? 恋~? 愛~? 結婚~? っていうのは女の子としては憧れるじゃん? っていうお話。ふっふっふ、私今まではそういうのとは無縁だったし、興味もなかったから」


「…それより、オマケってなんだよ……?」


 少女が顔を近づけてきて、それに動揺してしまう。

 職業柄か女性経験値は少ないわけではない……普通に接待でそういう店に連れていかれるしな。

 でも……こういうのはどうにも慣れない。

 思わずどうでもいい話題で誤魔化してしまった……。


「くすっ照れちゃった? ほら、後ろ」


「後ろ……?」


 少女に言われた通り後ろを向く。


「すっー……すっー……むにゃむにゃ」


 そこには高校のブレザー型の制服を着た、長い黒髪の少女が可愛らしい寝息を立てながら幸せそうに寝ていた。


「こ、こいつは……」


 俺はこの少女に見覚えがある。

 ドス黒く……苦い記憶。恐怖の塊。それはこの奇怪な世界で目を覚ます前の記憶。


 俺はこの少女と共に――殺された筈だ。それがここに来る前の最後の記憶。


 いや――殺されたんじゃない。俺がこの少女を巻き込んで殺してしまった。

 殺しを避ける半端物のヤクザだが、何人も殺した。その中には一般人もいた……そのひとりが彼女だ。


「……くっ」


 胸糞悪い記憶に思わず吐き気がする。最期の記憶は最悪だ。



『お前ら逃げろ!!! こ、こいつは化け物だ!!!』


 この世のものとは思えない『化け物』? に俺たちは……



「……」


 クソみたいな記憶だ。

 今までやってきたことは考えれば、自業自得で因果応報。いくところまでいったクズだ。本当にどうしようもない……。


「俺は……俺たちは『死んだ筈』……うぅ、死の直前の記憶が曖昧だ……俺たちは『何に殺された?』」


「記憶の混濁は仕方ないわ……そうね。あなたたちは死んだ。何があったかは知らないけど」


 今まで明るかった少女の顔に影が差す。どうやら俺たちの死に感じるものがあるようだ。

 だが今の俺には少女の様子を気にしている余裕はない。


 死んだんなら何故俺たちはここに居る……? そして――。


「お、俺たちは何故生きている?」


「それは私があなたたちを生き返らせたから。まっ、違う『世界』にだけど」


「はっ……?」


 サラッととんでもないことを言う少女。

 思考が回らない。頭の中は真っ白だ。このポンコツの脳みそはもう少し働いてもいいと思う。今はかけ算すらできなさそうだ……。


「私は『ミセ・ガスト・ワン』。世界を亡ぼす力を持った原初の存在。『セブンスコード』のひとり。『ネクロマンサー』よ。まあ、いまはポンコツだけど……まっ、よろしくねっ」


「……」


 よくわからん世界でよくわからんことを明るく楽しそうにほざく少女。

 どうやらこの現実は常識を逸脱しているらしい。


 普通はなら発狂するところだが……


(なぜ俺はこんなに落ち着いている……? なんか『変な力』が体内にある感覚があるが……これのせいで妙に落ち着けてる気がする……)


「すっー……すっー……んん。きょうはひるまでねるぅー……むにゃ」


「……」


 俺の後ろで、幸せそうに寝言まで言っているこいつが羨ましくなった。


◇◇◇


 その後、少女、ミセにあの崖の近くにあった街の酒場に連れてこられた。

 広さは学校の教室ぐらいで、7割ぐらいの席が埋まっている。


 他の客はミセと同様に俺が元いた世界では見ない服装をしている。さらには髪の色や肌の色が鮮やかな者や、獣耳が生えているなど、人間離れをした姿の人もちらほら。

 まるでファンタ―ジーだな。ここは本当に違う世界なのか? だとしたら――俺の所為で変なことにまき込んじまったな……。


「……こいつ、起きないな」


「くすっ。そんなに心配そうな顔をしなくてもそのうち起きるわよ。その幸せそうな寝顔を見れば心配しても無駄なことはわかるでしょ?」


「むにゃ。むにゃ……んん。おにゃかいっぱいーい」


「……確かに。幸せそうに寝てやがるしな」


 寝ている少女への『罪悪感』はあるが……ひとまず置いておこう。今は現状を確認するのが先決だ。

 なんたって異世界に居るっていう、とんでもない状況だからな。


「街に入った時にも思ったけど……結構人がいるんだな。あんな崖があるんだからもっと辺境かと思った」


「まあね。ここは都市と都市を繋ぐ中間だからね。人が集まるのよ」


「なるほどね……」


 この街は俺が住んでいた世界の副都心の駅前ぐらいの賑やかさがある。

 もっとも街にコンクリート製のビルがある訳ではなく、石造りの民家や店が並んでいて、街の人間もスマホみたいな機械を持っている訳ではない。

 文明レベルは俺が居た世界よりもかなり低い気がする。200年前ぐらいの文明力か? もっとも……電気の代わりに、ほわほわ光の玉が店内を照れしているし……別の意味で発展してそうだ。


 ……そして、ミセのような常識外な存在も居る。まあでも……


『私は『ミセ・ガスト・ワン』。世界を亡ぼす力を持った原初の存在。『セブンスコード』のひとり。『ネクロマンサー』よ。まあ、いまはポンコツだけど……まっ、よろしくねっ』


 って、言ってたし、ミセみたいな存在は稀で、いろいろ事情はありそうだな


「うーん、あなた覇気がないわね……? 元々そうなの?」



「………………」


 まあ、もう俺は死んだんだ……

 現世での『責任』から解放されて、ただの抜け殻だから、深く考えなくてもいいか。


「まあいっか。そんなことよりもあなたお酒のめる?」


「酒……」


 その甘美な響きに一瞬思考が止まる。

 飲めるどころか、組長についてからは酒が精神安定剤の代わりになっていた。


 ……こんなわけのわからない状況だからこそ、酒が無性に欲しくなる。


「悪いけど貰ってもいいか? ……度数の高いやつを貰えると嬉しい」


「おっ。あなたいける口ね。いいわね~そうこなくちゃ。おねえさーん。コライアー原酒で~。いちいち頼むのも面倒だからボトルで持ってきて~グラスは3つで~」


 ミセは嬉しそうに従業員の女性に注文をする。

 ……あれ? お前は成人してんの? そうは見えない気がするんだけど……あとグラス3つって女子高生に飲ませるつもりか? ……まっいいか。それよりも酒のことが気になる。


「コライアー?」


「サライっていう穀物から作ったお酒よ。本当は割ったりして飲まないとあっという間に酔っぱらっちゃうんだけど。あなたはお酒強そうだし大丈夫よね」


「んんん? ……ほへ? ここは……」


 その時、俺の隣の席で寝かせていた少女が目を覚ます。

 まだ寝ぼけているのかゴシゴシと手で目をこするしぐさが、なんとも可愛らしい。


「あっ。起きたわね。おはよう。目覚めはどう?」


「……は、はい。ご丁寧にどうも……」


 少女はミセを見て表情を固める。目を覚ましたら、見知らぬ金髪美少女が居たらそりゃ驚くよな。元の世界だったら妄想か二次元だし。


「むむ。ここはどこでしょうか……? あたしにお姉さんみたいな、超可愛いい知り合いはいない筈なんでけど……んん! ああああああ! だ、『旦那様』!?」


 少女が俺を見て驚いた声を上げる。


「……あ、ああ」


 自分が『死ぬ原因』を作った人物が目の前にいるんだ。それこそ刺されても文句は言えない。

 だが――少女の反応は俺が予想したものとは違うものだった。


「だ、旦那様!! きゃあああああ! 旦那様が無事でよかったです!」


「…………」


 どういうことだ? もしかしてこいつも死の直前のことが曖昧なのか?

 旦那様って……確かに『政略結婚』の初対面ではあったけど……。


「だ、旦那様? んー。まあ、いっか。ひとまずあなたたちがどういう関係かは知らないけど、事情は説明した方がよさそうね」


 ミセは少女に説明を始める。

 少女は自分の立場をわかっていない。自分が死んだこと。それで他の世界で生き返ったこと。それを知れれば俺に憎悪を抱くだろう。

 俺も今の事態を深く理解している訳ではないが……彼女には死んでも償いきれないことをしてしまった自覚はある……。


 その重さは俺の命で償えるものではない。


 だが、どうにか、どうにか、彼女に償いがしたい。ミセが説明している間そのことばかり考えていた。



◇◇◇



「なるほど異世界召喚というやつですね。すべて理解しました」


「…お前納得するの早くないか?」


 ミセが簡単に説明をして3分。少女は大して驚く素振りも見せずに、酒場の窓から見える二つの青い月を見ただけで納得してしまった。


「あ。自分はこの見た目に似合わず結構なオタク趣味なので。こういう事情には詳しいんです。異世界召喚のゲームとか超好きですし。えっへん」


「いやゲームと現実を一緒にされても……」


 オタク趣味が意外なのは同意するが……お前、見た目は生徒会長とかやってそうだし。清楚系美少女って感じだ。なのに口を開くと妙に明るくて……見た目詐欺だろ。


「旦那様。旦那様。お前じゃなくて夢庵怜奈(むあんれいな)です。旦那様には特に怜奈と呼んでもらいたいです。あ。もちろんミセさんも気軽に呼んでくさい」


「くすっ。楽しい子でよかったわ。よろしくね。レイナ」


「お~。旦那様。旦那様。あたし超パツ金美人に名前呼ばれちゃいました!」


「……」


 肘で俺の脇腹を突っついてくる怜奈。

 怜奈の態度は明るくて人懐っこい。とてもじゃないが、自分が死んだ原因を作った人間に接する態度じゃない。

 それが気持ち悪い……恨み言の1つや2つは言ってもいいはずだ。それが人間っていうものだろう……。


「お前は……俺を恨んでないのか? 俺が原因でお前は死んだんだぞ? いきなり政略結婚の材料にされて、初対面の時に『何か』に『殺された』。全部俺の所為だ……」


「えっ? 別に全然ですよ?」


怜奈はキョトンと小首を傾げながら、まるで気にしていませんと言った風に手を振る。


「どうしてだ? 俺が居なきゃお前は死ななかった! こんなの筋が通らねぇだろ…」


「うーん。旦那様に1つ言います。死んだお陰でクソゲーみたいな世界を抜けて、このファンタジーに来られたんです。感謝こそすれ、恨むなんてとんでもない」


「……」


 ちょっとだけ小馬鹿にしたような態度。『旦那様~そんなこともわからないんですか~』と言った感じだ……。その表情には一切恨みは出ていない。


 言葉を失う。徹底的な価値観の違い。見解の相違。


 怜奈は前の世界をクソだと思っている。

 だからこのいいようのない開放感に満たされているんだ。


「それに殺したのは旦那様じゃないですからね~。元々恨む要素が微塵もないんです。仮に恨むんなら私を殺した『何か』を恨みます。旦那様はあたしの中じゃ一緒に超常現象に巻き込まれた……パートナーみたいな? きゃー」


「……そうか」


 きっぱりした物言いに、思わず安堵の声が出てしまう。


 だが同時に……それに納得していいのか? という考えもわいてくる。怜奈の言い分に甘えるのは簡単だ。だが……俺が怜奈を巻き込んだ事実は変わらない。


「はいはい。死んだ時の話はそのぐらいでいいでしょ? 暗い、暗い、やだやだ。今は楽しく飲んで食べて飲んで騒ぎましょう」


「お~そうですね~あたしお腹ペコペコです!」


「……酒も来しな」


 とりあえず酒を飲んで……考えよう。そんな駄目な結論に達したクソアル中。

 やはりクズは死んでも治らないのかもしれない……。


「それでミセさん。あたしたちを呼んだ? 召喚した? のは理由があるんですよね?」


「まあね~。私って天才過ぎて世界を亡ぼせちゃうの。その所為でいろんなところに命を狙われているから助けて欲しいのよ。ようはボディーガードみたいな?」


 ミセがとても物騒なことを言った気がするが……今は気にしないようにしよ……うん。異世界でも酒が美味いぜ。

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