第20話 わたしのしゅっちょう




 遊撃隊……あるいは、一種の特殊部隊とでも表現すればいいのだろうか。


 大佐が管轄するレッセーノ基地からいったん離れて、別方面から帝国中央軍を切り崩しに掛かる、少数精鋭部隊。

 母艦となる浮遊巡航艦……晴れてこのたび命名された【レギナ・ヴェスパ】を中枢として、シュローモ大尉率いる空戦型エメトクレイル部隊と、オマケにわたしと攻性特型戦術構造物コンバット・リグ【パンタスマ】とで構成される、かなり特異な部隊である。


 浮遊巡航艦のような代物は、本来であればもっと周囲をガッチガチに守りを固めて、戦線の後ろのほうにドッシリ鎮座して統括指揮に徹するのが基本的な用法らしい。

 わたしの勝手な先入観で『旗艦きかんといえば大艦巨砲な戦艦』だと思いこんでいたのだが……砲塔群もどちからというと近接防御用で、攻撃用艦艇はほかに『浮遊砲艦』とかいうカテゴリが存在するらしく、というかこの世界(というか帝国)の指揮艦とはそもそも積極的に交戦するような代物では無いらしい。

 主な役割としては『通信指揮』と『戦闘機材の移送』なので……形状はともかくとして、どちらかというと『空母』のほうが近いのかもだな。


 ともかくそんな背景があるので、浮遊巡航艦を単独で運用するというのは、おそらく帝国の戦術ドクトリンからはなかなかに逸脱した運用なのだろう。まーやつらはざこだからな、群れたがるんだろうな。

 部隊の弱点が無防備にふわふわ漂ってるとか……我が身かわいいな帝国上位層のやつらからしたら、たしかに考えにくいことなのかもしれない。ざぁこざぁこ。



 しかしながら――いや確かに帝国の考えも一理あるのかもしれないけど――つまりは要するに、部隊の中枢たる指揮艦を完璧に守り抜けるのなら、べつに単艦運用でも何の問題も無いわけで。

 大尉たち『一番隊』と、わたしと【パンタスマ】と、ついでに随伴無人機たちが守る母艦【レギナ・ヴェスパ】を、襲えるものなら襲ってみろって感じなわけで。


 そういった気風もあって、わたしたち独立部隊【ヴェスパ】の面々はというと……本拠点レッセーノ基地から遠く離れて、遠征任務の遂行中なのであります。




「べすぱ、って…………いきもの? ……わたし、みたことない、です」


≪まぁ確かに、トラレッタ近郊ではあまり見掛けないな。モンステロ…………まぁ、害敵生物の一種だ≫


「もん、す、たー……?」


害敵生物モンステロ。……厳密には【飛槍種ジャベリン】と呼ばれるタイプの、トラレッタでのふるい呼び名だよ、【ヴェスパ】というのは≫


「…………べす、ぱー」



 軽快に空を飛び回り、群れで狩りを行い、これまで多くの人々を殺傷してきたという、恐ろしい生物。

 なるほど……方々で「帝国民に非ずは人に非ず」とでも言いたげに振る舞うやつらを喰い散らかす、なかなか洒落しゃれたネーミングだ。



 そんなわれわれ【ヴェスパ】の面々が、その目に獲物の姿を捉えた。遥か遠く、作戦行動中とおぼしき布陣で展開する、複数の浮遊巡航艦とその取り巻きたちだ。

 どうやらそれら獲物は、生意気にも奴らの獲物に襲い掛かろうとしているらしく、ほぼ真逆の方向となるこちらには気付いていない模様。


 ……まあ、それもそうだろう。奴らだってまさか、こんな『何もなさそうな方角』から襲い掛かられるなんて、夢にも思っていないだろう。

 しかし残念、そちらは決して『何も無い方角』なんかではない。浮遊巡航艦の速度でまる2日ほど掛かるものの、われらがレッセーノ基地がある方角なのだ。




≪総員、戦闘用意。手筈通りにな≫


『了解しました。無人随伴機エスコート・リグ展開。高圧魔力砲、照射準備を開始します』


≪…………なるほど、やはり慣れんな。……EC全機、突撃戦闘構え。標的共有、マーク≫


『高圧魔力砲、対象をフォーカス』



 指揮官機からの号令を受けて、周囲に展開しているエメトクレイル部隊が一様に前傾姿勢を取る。背中や脚の推進装置を一方向に揃えた、全速力を出すための構えだ。

 大尉どのの【フェレクロス・オミカルウィス】はまだしも、それ以外の【アルカトオス】はあまり機敏とは言い難い。とはいえそれは『小回りが効かない』『ちょこまかできない』といった意味であり、最高速度そのものはけっして引けを取らない。


 こうして、敵側の認識範囲の外から、最大速度で突っ込んで奇襲を掛ける分には……防性力場シールド出力に余裕があって各部も頑丈な【アルカトオス】は、むしろ得意分野なのかもしれない。



 今回のわたしたちの『手筈てはず』とは、きわめて単純にして明快、そしてとても爽快なもの。

 わたしの【パンタスマ】の艦主砲でしょぱな敵艦一隻を叩き落とし、間髪入れずにエメトクレイル部隊がもう一隻をぶちのめす。あいてはしぬ。


 獲物として見定めた反乱軍に向けて、そうやって守りを固めるのはわかるけど……残念、後ろがガラ空きですよと。




『カウント5。…………3、2、1、発射イグナ


≪全機、突貫≫



 巡航艦サイズの機体から放たれた物騒きわまりない魔力砲は、わたしと【パンタスマ】観測機器の狙いどおりに突き進み、敵性浮遊巡航艦の土手どてぱらに思いっきり突き刺さる。

 これほどの距離を隔てていては、さすがにそこそこ減衰してしまったようだが……まぁなんとかワンパンできたようだし、良しとしよう。


 すぐ隣で僚艦がしんだことで混乱したのか、展開された獲物たちがあからさまに浮き足立つのが見て取れる。

 それらが体勢を整えるよりも速く、最高速度に達した重装エメトクレイル部隊が別の敵艦へと襲い掛かり、長銃による掃射を一気に叩き込む。

 敵艦の防性力場シールド内側へと飛び込み、至近距離から高初速のアサルトライフルをお見舞いする【アルカトオス】各機。大尉どのの指導が上手いのか、艦体の脆い部分を的確に狙い、こちらもあっという間に轟沈までもっていく。



 わたしが魔力砲を叩き込んでから、ほんの5分そこら。得意げに反乱軍へ襲い掛かっていた帝国中央軍は一転、狩られる側へとその立場を変える。

 またたく間に僚艦二隻を喪い、混乱も色濃い残された二隻。うち一隻の発令所へと今まさに、大きく振りかぶった【オミカルウィス】の長柄斧【マスターキー】が叩き込まれ、部隊の統率能力を一気に削ぎ落としていく。

 また……周囲に漂う帝国軍籍のエメトクレイルたちも、それぞれが『どうしよう』とオロオロするばかり。抵抗も散発的で統率が取れておらず、部隊としての脅威は感じられない。一つ一つ丁寧に堕とされていくばかりだ。


 ここまでお膳立てを整えられれば……今まさに征伐される直前だった反乱軍とて、好機と見て攻め上がってくる。

 前から後ろから、血気盛んな『帝国ぜったいブチホニャす軍』に挾まれつぶされる帝国中央軍。……ここまでバチボコに荒らされては、巻き返すことなど不可能だろう。




 いや、まあ、正直全く警戒してなかった方からの奇襲とはいえ、ここまで大きな戦果を挙げられるとは思わなかった。

 浮遊巡航艦が、総勢四隻にも及ぶ大部隊。現地反乱軍と合同とはいえ、それをこちらはほぼほぼ損傷することなく排除に成功したのだ。


 わが部隊ながらとても良い活躍、非常にスマートだったと思う。……まあでも主に活躍したのは一番隊のみなさんなわけで、わたしは開幕の先制砲撃くらいだったのだが。

 ともあれ、実際に【ヴェスパ】部隊が良い働きをしたのは確かであろう。われわれがレッセーノ基地からの援軍だと吹聴すれば、あとは勝手にウェスペロス大佐の株が上がっていくという寸法である。



 この調子でどんどん転戦し、あちこちで売名行為にいそしんでいこう。

 特殊部隊【ヴェスパ】とレッセーノ基地と、そしてなによりウェスペロス大佐の名前を、どんどん広めていこう。


 少なくともわたしはそう考えていたし、実際このあとすぐにでも次の反抗地域へ移動するつもりだったのだけど。




 …………なんか、いつのまにか。


 戦勝祝賀会というか、歓迎会というか、慰労会というか。


 シュローモ大尉たち一番隊のみなさんだけでなく……特務制御体まがいものであるわたしまで、そんなのに顔を出すことが決まってたんですけど。



 いや、だって……帝国中央軍、完全に撤退したわけじゃないでしょう??


 わたしはわけがわからないよ。



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