第10話 揺らぐ心
楓さん……どうしてここに……
「宜しくお願いします」
「うん、じゃあ、君の席は、そこの山崎の隣ね」
先生が教室後方の左手にある"山崎"という生徒の席の隣の空いた机を指すと、楓さんは「わかりました」と言ってすたすたとその席に向かっていった。
ええ??
楓さんって本当に俺と同世代っていうか同級生だったんだ……じゃない、なんで楓さんがこの学校に……?
潜入捜査とかそういうこと? わからない。
とりあえず、楓さんにどういうことか聞いてみるか。
と、思ったのはいいが、ホームルームが終わった時にはもう楓さんはうちのクラスメイト達に完全に包囲されていた。時間が経って、ほとぼりが過ぎてからにするか……と、思ったのだが。
一時限目が終わっても。
二時限目が終わっても。
三時限目が終わっても。
楓さんはずっと包囲されていた。姿すら見えないほどに。このクラスのミーハーさに驚かされる。全員悪いやつらじゃないし気のいいやつだが、好奇心旺盛過ぎやしないか。さながら散歩に出た子犬のようだ。この分じゃ昼も放課後も恐らくこのまんまだろう。
そうやってタイミングを図りかねている内に、もう昼休みになっていた。この際話すのは一旦あきらめて、学食にでも行こうか、と思っていると……
「灯架さん」
思いがけず幸運なことに、楓さんの方からこっちに来てくれた。
「何、楓さん」
「お伝えしたいことがあるので……お昼、ご一緒しても?」
「いいよ、学食行く? それとも購買?」
「……じゃあ、学食へ」
「わかった」
と、いうわけで、俺は楓さんと共に学生食堂にやってきた。俺はラーメンを、楓さんはミートソーススパゲティの皿が乗せられたトレーを手に席に座った。二人で頂きます、を合わせて、俺はラーメンを啜った。
「それで、伝えたいことって、何?」
お互いの皿が殆ど空になってきたころ、俺は話を切り出した。
「婚霊の儀と妖刀について、です」
「ああ、ついに!」
その時、やっとこんな訳のわからない事が終わるか、と俺は淡い期待を抱いた。しかし、その期待は直ぐに破られた。
「ですが、あまりいい知らせじゃなくて」
「あ……はい」
そして全てを悟る。楓さんが次に発声する言葉が、判るような気すらした。
「機関からの連絡は要約すると『経過観察せよ』ということだけで、儀については何も言及もなくて」
「と、いうと」
「これは暗に……婚霊の儀をこのまま行うべき、ということになりまして」
「うえっ」
しんど……
「と、いうわけなので……これからの方針は、灯架さんは婚霊の儀に参加して頂き、私とこの街にいる他のエージェントが全力でサポートさせていただくという方針になります」
「そっかぁ……」
いや、でも楓さんもすごく頑張ってくれてるんだよな。実際この一連の件はずっと楓さんにおんぶに抱っこだし、そう甘えたこともいってられないな。それなら、俺も俺なりに、妖刀と婚霊の儀への付き合い方を考えるしかないか。
さて、一旦話を終えて。俺は一番に気になっていたことを楓さんに訊いてみる。
「そういえばさ」
「はい?」
「楓さんは、どうしてこの学校に」
「ああ、それは」
「サポートの一環です。この学校に勤めるエージェントから話を頂きまして」
「この学校にもエージェントが?」
「はい。街に常駐しているエージェントだと、他の職業を隠れ蓑にして活動している人も多いんです。私も灯架さんのサポートでこの街にしばらく居るので、そういうわけで」
「そっか、そういうこと」
何となくふわーっと、だが納得した。
世を忍ぶ仮の姿、ってことか。
と、いうわけで。楓さんはこの学校にやってきた。しかし、この学校に潜入してるエージェントって、一体誰なんだろう。ちょっとした、日常に潜むささやかなファンタジー要素に、俺は少し、柄にもなく心が躍っていた。
◇
昼、私は見てしまった。
私は嘶鳴さんと親睦を深めようと、嘶鳴さんを灯架と一緒に昼食にでも誘おう、と思い、いつの間にか嘶鳴さんと灯架を探していた。そして、私は二人を見付けたのだが……何故か二人は、まるで元から知っていた知り合いのように話すと、二人で教室を出ていった。それだけのことなのに、私は無性に気になって、気付けば、二人を
常に二人から気取られないであろう死角を伝って、二人を付ける。二人の間には会話こそなかったが、灯架の背中には、何処か気を許しているかのような柔らかさがあった。そう感じた時、どん、と全身が体幹から揺らいだ。
二人の行き先は学食だった。
二人は向かい合うように座り、互いに昼食を摂っていた。しかし、それから数分して、何かの話を始めた。賑わう学食の喧騒から、二人の会話のみを抽出しようとする。ぶつ切りの単語が聞こえる。
『楓さん』
『婚霊の儀』『妖刀』『機関』……
「石神機関のエージェントか……?」
あの子、ただの転校生じゃない。石神機関から来たエージェント何だ。とすると、彼女は……
一体、その目的と灯架との関係が何なのか、問い詰める必要がありそうだ。
放課後。嘶鳴さんはホームルームが終わるなり、忽然と姿を消していた。と、なると。
私は灯架の元に歩み寄る。
「灯架」
「ん、一緒に帰ろうって」
「うん、そう」
「そっか、わかった」
私と灯架は二人で教室を出ていった。
そして、昇降口から外に出る。
空は一面の曇天。朝の予報によると、夜から大雨になるらしい。
街を歩きながら、私は灯架に、それとなく話を振ってみた。
「あの、さ」
「嘶鳴さんのことなんだけど」
「楓さんのこと?」
「楓さんって……もう下の名前で呼んでるんだ」
「あ、いや……」
灯架は気まずそうにどもる。
「嘶鳴さんって、もしかして知り合いだったの」
「ああ、うん。そう」
「何処で知り合ったの」
「んー、それは……」
灯架は返答に困っている。そして、数秒、口をモゴモゴとさせた後、
「秘密」
とだけ答えた。何て下手な隠し方だろう。
なんて愛らしくて、憎たらしい。
簡単な嘘をつけばいいだけの話なのに、なんでそんなことも思い付かないんだろう。
「秘密って、どんな」
「だから秘密って言ってるじゃんか」
「もしかしてやましい事で? それともやらしい事で?」
「そんなわけないだろっ、馬鹿にするなよ」
「馬鹿にはしてないけど、気になって」
「関係ないだろ、龍宮にはさ」
そうなんだけど、さあ。
「じゃあ教えてくれたっていいじゃん」
「やだよ」
「なんで」
「なんでも」
「いいじゃんそれくらい」
「やだって言ってるだろ」
「なんで?」
「だから、なんでも!」
灯架の歩調が少しだけ早くなる。何故か、私はそれを見て、がっ、と灯架の手を掴んだ。
「うおっ……!」
「……!?」
自分で掴んでしまったことに驚いた。そうだよ、私に別に答える必要はないんだ。それなのに、しつこく聞いて、ここまで……私は、私は灯架のなんだって言うの。
「い、痛い。龍宮」
「あっ、ごめん」
私は灯架の声を聞いてやっと手を離した。
「ごめん、しつこく聞いちゃって」
「いや、いいよ、別に」
私はこんなやつなのに。相変わらず灯架は優しかった。
そのまま私は二人で駅に行き、そのまま灯架に見送られて、バスで駅を後にした。
手を振っている灯架を窓越しに見る私の目は、今、どんな色をしているだろう。
……ああ、私は最低だ。
私みたいなやつが、灯架の友達でいる資格なんてあったのか……私はそんなことを思いながら、泣きそうになった。
幸いなことに、その心境に至る頃にはバスは駅を抜けていて、灯架にそんなしけた顔を見られなくて済んだ。
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