第一章 唸る龍姫

第7話 新学期

 夏休みが明けて新学期。

 まさか高校二年の二学期に真新しい制服を着て学校に行く事になろうとは。 


 俺と同じ方角へと向かう街行く学生達は皆一様に、高校生らしいエネルギッシュさが在りながらもどこかはかなげで、皆遠い眼差しをしている。

 

 かく言う俺は、心も身体もゲッソリ。多分今の俺の目は一見すれば皆と同じ様に遠い眼差しをしているように見えるだろうが、彼らの見据えるものは学校なのに対し、こちらは三途の川。あいにく今のところ六文銭の持ち合わせが無いのはこれまた不幸中の幸いである。


 あの妖怪女……イツカと共同生活を始めて、今日で丁度一週間が経過しようとしていた。家事炊事洗濯と何でもこなすイツカのお陰で、こちらの生活水準は着々と改善の一途を辿っているが、しかし、アイツの喧しさだけで負債の方が上回る。


『だんな様?』

『だんな様!』

『だんな様……♡』

『だ、ん、な、さ、ま♡』


 四六時中聞こえるアイツの蠱惑的な声は俺のような健全な精神衛生において非常によろしくない。よくよくみたら顔もいいし、今言ったように家事炊事洗濯もお手の物。端から見れば良妻賢母というやつに見えるだろうが、それは遠目から見ているからだ。


 近くで見るとヤツはとんだファム・ファタール。隙さえあれば胸元をチラリと見せてくるド淫魔である。エロい話をすると、よくみたらアイツ、非常に胸がでかい、本当にメロン級。それでもってプロポーションも抜群。古い言い方をするとボンキュッボンってやつ。


 そこから繰り出される魅惑の所作。そりゃもう、ピュア・ボーイの俺にとっては渾身のレバーブローがクリーンヒットしたかのようなダメージに等しい。自分で言うのもなんたが、正しく悩殺されているのだ。


 それにまだ楓さんから妖刀と婚霊の儀とやらに関する続報もまったく来ていない。楓さんによると妖刀と儀に関しての諮問は続けているが、機関からの解答とか指示が未だに返ってこないんだとか。

 

 そして二十四時間、何気ない所作の中で繰り出されるセクシーボディーからのセクシーポーズのセクシーアタック。正直、後一週間かして突然なんの前触れもなく頭が過剰セクシー中毒で爆発して死んでもおかしくない。そうなればその次の日の新聞の一面は頂きだ。


【東京の高二少年、セクシー中毒で頭爆発し死亡】ってね。


 ……そういえばそんなにツッコンでなかったけど、何でアイツ俺の事頑なに『だんな様』って呼ぶんだろう。人違いだっつってんのに。そういう生態なのか、それとも俺は前世かなにかでまさかアイツと……いや、んな事があるか。


 俺はそんな感じのモノローグに浸りながら学校へと着いた。

『私立結野ゆいの学園高等学校』

 東京は北の方にある地方都市、『相良市』市街の少し外れた山の上に堂々と建っている、今年で創立六十四年の古めな私立高校である。とは言っても校舎自体は俺達の世代が入学する直前に全面的に建て替えられて、敷地にある建物自体は取り壊しを待つ旧校舎の一部を除いて何もかもが新築であるのだが。

 

 さて、俺は教室に着いた途端にまあグッタリ。しかしなんだ。ずっと煩しく思ってきた学校の机が、いまじゃ自分の家よりも安らぎを覚えるんだから世の中わからない。


 俺はまるでソファのように椅子にしなだれてぐでんぐでんになっていた。そんな時に。

「おはよ、灯架」

「……んあ、龍宮たつみや。おはよう」

 

 本人に聞くところによると地髪らしい、ウェイブしたブロンド髪に、日本人離れしたアングロサクソン味のある容貌の少女……龍宮天音たつみやあまねが俺に話し掛けてきた。


 龍宮は俺と中学も同じで、珍しいことに中学から現在に至るまでの五年間同じクラスで、その分他の友人よりも少しばかり親交の深い友人、なんなら、俺が勝手に思っているだけだが、親友とすら思っている。


 しかし彼女は年中無気力自堕落人間な俺とは違い、一年では生徒会書記、二年では何と生徒会長にまで上り詰めた、なんともその容貌に見合った才女だ。だからこちらが勝手に親友認定するのは、なんかちょっとおこがましいかなー、という話で。


「なんか、お疲れだね?」

「そりゃね。聞いてるだろ?」

「うん。それにしても災難だったね……まさかアパートが突風で壊れちゃうなんて」

「……そうだね、ほんと想定外っていうか、マジで大変だったよ、制服とか教科書とか全部おしゃかになって新しく買わなきゃいけなくなったし。ほら、新しい制服」

「うわ、本当だ! どうりでなんか独特な匂いがすると思った!」

「でしょ、ほんと大変なんだから。これだって届いたの昨日の夜だよ?」

「え~!」


 あー、いいな。なんと言うか安らぐ。

 変態イツカと接して溜まった邪悪なリビドーとかストレスが一気に浄化されていく。

 友達との会話でこんな癒しを得るなんて。

 一生龍宮と会話してたい~家に帰りたくなくなる~でもそれは無理よね~わかってます~。


「そういえば、灯架っていま何処に住んでるの?」

「……うーん、相良駅の近く」

「え、マジ? なんでそんないいトコに住んでるの?」

「え!? いやまあ、そこは、補償してくれたっていうか」

「大家さんとか、アパートの管理会社とかが?」

「いや違……いや、そんなとこかな」

「太っ腹じゃん」

「家だけピンポイントに壊されたからそれでかな。なんかシロアリとかも居たらしいし。そういうのも加点されて? とか?」

「へー……」


 龍宮はそれは関心深い、という顔で俺の嘘を聞いている。申し訳ないが、本当の事を言うわけにも行かない。だって俺をなぜか夫扱いする鳥の妖怪になんか嫉妬されてブッ壊されたとかどんなギャグマンガよ。


 時刻は午前八時半過ぎを回る。あと数分程で朝礼が始まるという時間帯。俺と龍宮は取り留めの無い話を続けていたのだが。

「……あれ、その右手、どうしたの?」

 ギクッとした。龍宮は俺の右手に刻まれた紋章に触れてきたのだ。

「もしかして、タトゥー? それだったら、生徒会長としては看過できない大問題だけどなー?」

「ち、違うよ、これは痣だよ痣。部屋が吹っ飛んだ時にぶつけたんだ」

「ああ、そっか……って、いやいや、ぶつけたにしたって、そんなエキセントリックな痣できるー?」

「できるよ、人体の神秘なめんな」

「神秘かー、それ本当に神秘かー? 君がタトゥーいれるようなヤツだとは思ってないけど、ちっとも思ってないけど、それ本当に神秘かー?」

 龍宮の顔が俺の顔までにじりよってくる。

「近い、龍宮近いよ」

「本当かー?」

「本当です、本当だから、だから近いって、離れて!」

「むむむ……」


 やっと龍宮は俺から離れたが、龍宮はドラマの探偵のように口元に拳を添えて、こちらをじとっとした目で見つめている。

「まだ疑うのかよ……」

「ええ、信用してないとかそういうんじゃないけど、怪しいなー、と」

「なんでかな……」

 怪しいって言われたら否定は出来ないし実際怪しい案件に片足は突っ込んで閉まっているんですが、まさかそこまで勘とかで察してる訳じゃないよね。よね?


「むむむむー……」

 うわ、また寄ってきた。

 さすがにもう無理矢理振り払ってしまおうか、何で考え始めたその時、チャイムが鳴る。


「お前ら席座れー、みんな愛しのハヤセンがやって来たぞー」


 と担任の早瀬先生がやってきて、先生の発言に「ハヤセンの事なんかこれっぽっちも好きじゃないでーす!」、「セクハラだー!」、「だから独身なんですよー!」と教室中からブーイングが巻き起こる。龍宮は先生が来たのを見ると「くっ……灯架、運のいいヤツ!」と吐き捨てて悔しげな顔で自分の席へ戻っていった。いや、運は最悪だよ、良かったらこんなことになってない……っていうのも今さらクドいか。

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