第34話 きょうのわんこ ⑤

街へ行き、C重油を回収する。


そのための道を確保するのが、私の仕事だ。


「改めてよろしく。浜松漁業組合の吉岡だ」


「武尊っす」


「タケルさん?えっと……」


「苗字っすね。名前は威貴」


「珍しい名前だね……。まあ良いや、手伝ってくれるってことで?」


「はいっす!けど、やっぱり一度で……とはいかないっすよ?ちょっとずつゾンビを減らして、道を確保していく感じになるかなー、と」


私は戦士だ。


意思のない動く屍程度、囲まれても殺し切る自信はある。


しかし、一度に百匹二百匹も出れば分からない。


十体程度ならどうにでもできるだろうが……。


「あー、それねえ……。ちょっと事情があってねえ……」


事情?


私がそう聞き返そうとしたその時……。


「おうおっさん!今日も魚を寄越せ!」


生意気そうなガキ共がやってきた……。


私は、首にかけたライフルを握るが、目の前の吉岡と名乗る中年がそれを制する。


「分かったよ、今週の分は今嫁が持ってくる。少し待っていてくれ」


吉岡は、ガキ共の言いなりになって、干した魚を籠六杯分渡した。


「よし、飯だ!」


「これでグラークさんに殺されなくて済むね」


ガキ共の格好は……、学生服、と言うやつか?


アニメーション作品でよく見るような、藍色のジャケットと白シャツ、ブレザーというやつだ。


男の方は、制服の上からベースボールキャッチャーのプロテクターをつけていて、女の方は厚手のコートを羽織っている。顔には、どこで拾ってきたのかスキー用の大型ゴーグルとヘルメット。


これはアレだな、先輩から押し付けられたポストアポカリプスゲームのまんまだな。


少し笑える。


あの人は、その思い出だけでも、私を良い気分にしてくれる。やはり、あの人は、先輩は、私にとっての光なんだな。


「そっちの女は……、じゅ、銃を……?」


「やめとこ、グラークさんに報告するよ」


「お、おう!じゃあなおっさん!次の分も用意しておけよ!」


おっと、で、ガキ共だが。


流石に、軍用のアサルトライフルを持った大女である私に、無鉄砲に喧嘩を売ることはないようだった。


私に喧嘩を売るレベルの破滅的なマヌケなら、今まで生き延びることはできないだろう。


少なくとも、最低限統率はされていると予想できるな。


グラーク?と言う奴が高い地位にあるらしく、報告のために帰って行った……。


移動は、宅配便用のカート牽引型自転車だな。


「さて、吉岡さん?あれって何すか?」


「あれは、近所の『味布高校』の生徒達だよ。みんな、昔は良い子だったんだけどな、世界がこうなってからは……」


なるほど、ハイスクールか。


「もしかして?」


「ああ、彼ら味布高校の子供達は、俺達を労働力として逃したくないらしい」


なるほど。


つまり、あいつらをどうにかするのも含めて、私の仕事と言う訳か。




吉岡さんら、漁業組合は、女子供含めて三十人程度が所属していて、この本州を捨てて、船で遠くに移動して自立した生活をするつもりらしい。


それが成功するかどうかとか、そう言う話を彼らとするつもりはない。私には関係のない話だからな。


とにかく、船で持っていけないものは全て持って行って良いと、吉岡さんに言われてはいる。


一方で、味布高校。


人数は分からないが、少なくとも百人近くはいるらしい。


吉岡さんが言うには、ほぼ全員が高校生ではあるそうだが。


しかし、学内にあった『ライフル射撃部』が、近所の銃砲店を占拠し、そこから銃器を使ってこの辺りのコミュニティのトップになったのだとか。


その中でも、留学生のロシア系アメリカ人、『ミラ・グラーク』は、躊躇いなく人間に対して引き金を引き、恐怖によって味布高校をまとめ上げているという。


今では、「ゾンビ以外の」敵対者も容赦なく射殺し、強姦や強盗、こうして漁業組合に定期的なカツアゲもしてくるようになったとのこと。世も末だな。


吉岡さんら漁業組合の人々は、船や網を使って魚をとり、加工して干し魚を作ることができるため、どこのコミュニティも武力で無理攻めはできない立場にある。


だが、そんな吉岡さんらがいなくなると公言すれば、味布高校も態度を強硬化させるのでは……?


流れ者の私に、よくそんな重要な話をしたものだ。


そう、吉岡さんに訊ねたところ。


「そうだなあ……。もう、俺らも疲れちまってな……」


と。


なんてことはない、もう彼らは半分諦めているのだ。


「あんたを見た瞬間思ったね。このチャンスを逃せば、俺達は一生ここで、先の見えない生活をしなきゃならない、と。だから、賭けに出てみることにしたんだ」


「じゃ、自分が断ったら?」


「高校の奴らの奴隷になるくらいなら……、死ぬよ、みんなで」


決死ではないか。


勘弁してほしいな、私にいきなりそんな大役を任せるのは。


とは言え、魚輸送用のトラック四台と、予備のガソリンに、大量の干し魚。塩に刃物や工具。これらがいっぺんに手に入るとなると、断れない。


そう、私が頭の中で算盤を弾いていると、おもむろに。


吉岡さんが、ある言葉を口にした。


「いや全く、前に会った兄ちゃんの言うことを聞いときゃ良かったよ。やっぱり、人間、他人の言うことをハイハイ聞いてるようじゃ駄目だな。自分で決めなきゃ、納得できない。納得しないまま死ぬのは……」


———『いいか威貴。他人の言うことをハイハイ聞いてるだけじゃ駄目だ。自分で決めろ。その方が納得できる。納得しないまま死ぬのは……』


「……『気分が悪い』?」


私は思わず、吉岡さんの言葉の続きを口に出していた。


そう、この言葉は……!


「なんだ姉ちゃん、あんた、あの兄ちゃんの知り合いかい?」


「会ったんですか……、あの人に!!!」

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