第32話 狂人:血に染まりし強欲者

エレクトラ・ヘイスター!


私の名前よ。


ドイツの名門ヘイスター家に産まれて、幼い頃から英才教育を受けて、飛び級で大学を卒業した才女!


しかも、世界に百人程度しかいない、貴重なサイキッカーの一人!


ルックスも、背は低めだけどスリムでスマート!顔だって整っている!


これ以上ないってくらいに最高の女ね、私は!




まあ、そんなの、今のこの世界じゃクソの役にも立たなかったけどね。




サイキッカーとしての能力は使えた。


ゾンビにも電気は効くらしく、脳を電熱で焼いてやればすぐに壊れる。


電磁波を放ってレーダー代わりにしておけば、クソみたいな連中の奇襲も防げる。


生きる為には奪うこともした。


泣き叫ぶ子供から、ビスケットを奪ったり。


コンビニを拠点にしている家族を殺して、略奪したり。


酷いことを、たくさんしてきたわ。


でも、死にたくない、死にたくなかったの。


私が死ぬくらいなら、他の誰かが死ね、と。


むしろ、私が殺してやる、と。


私はそう思ったの。


だって私には、奪える力があったんだもの。


サイキッカーとしての力が、あったんだもの。


だから「仕方ない」だなんて、そんなことは言わないわ。後悔はしている、神様にも顔向けできない。


けど、何よりも……、死ぬのは、死ぬのだけは嫌だった!


だって、私、何にもしてない!何にもできてない!


パパとママの言うことを聞いて、習い事いっぱいして!


先生に叱られながらピアノもバイオリンも弾けるようになって、夜なべして勉強して学校で一番になって、泣きながらフェンシングもやって!読みたくもない詩集や教養本を読まされて、できないことがあれば怒鳴られて!必死に必死に、やってきた!


でも私は、私は……!


まだ、私の本当にやりたいことを見つけることすら、できていないっ!!


そんな、ままで……、死ぬのは嫌だっ!!!


ああ、けれど、けれど。


耐え難い。


辛い。


人から奪い、奪ったもので命を繋ぐ、この感覚。


自分が人ではなく、何か恐ろしげな「獣」になっていくような、ひどく悍ましい感覚!


血の色が薄まり、青くなっていくような。


信じていたものが崩れて、支えを失い倒れるような。


吐き気がする、最悪の感覚……。


そんな私を。


救ってくれたのが、私のご主人様。


リューヤ様。


出会いは酷いものだった。


調子に乗った私は、ご主人様の腕力でねじ伏せられて、犯されて。


でも、優しく、気持ち良くしてもらえて。


幸せ、そう、幸せに。


本当に久しぶりに、幸せを感じられたの。


まあ、いきなり押し倒されたのはちょっとアレだけど、私自身、最初から身体で払うつもりで保護を求めたしね……。


彼に保護してもらってから、私は、獣に堕ちる必要はなくなった。


人間の食事、人間の生活、愛とそして友情。


「んっ……♡すき、ご主人様♡」


「ああ、俺も愛してるぞー」


安全なトレーラーハウスの中で、朝の微睡に、裸で抱き合いつつ甘え合うことの、何と甘美なことか!


この世界で、恐らくは一番強くて豊かな男の腕で、朝からダラダラと睦み合う、最高の幸福。


「ほら、起きろ。そらそろ飯にするぞ」


「うん!」


衣服。


清潔な衣服。


ゾンビの血、自分の汗、泥や潮風。そう言ったものに塗れていない、洗濯したての下着に衣類。


ドラッグストアの、グレーの地味な量産型下着だけれども、清潔なものは嬉しい。


それに、ジーンズを穿いて、夏用のタンクトップ。足元は家の中ではサンダル。


清潔な水で顔を洗って、歯を磨き。


ご主人様と一緒に食事の準備。


軽く発酵させたパン種を、丸めてオーブンに。


十分程度で、白パンが焼き上がる。


それに、ターンオーバーの目玉焼きと、自家製のベーコン。レトルトの野菜スープをつけた、ご機嫌な朝食。


これだけで、今の世界では最高レベルの贅沢だ。


美味しい食事をして、その後は仕事。


私は、戦闘能力を活かしての見回り。


近付いてくるゾンビに電撃を浴びせて始末する。


それだけ。


それだけのことで、愛しのご主人様に褒めてもらえて、ご褒美に甘いものをもらえる。


トレーラーの中には、本もあるし、テレビもある。パソコンもある。


もちろん、ネットワークはもう繋がっていないけれど、映画やゲームソフトのデータは入っているみたいなので、私も楽しめる。


休憩時間や夜は、みんなで映画を見て過ごすこともある。


チェスやカードなんかをしたりもする。


トーガも、トールも。


二人とも、言葉はまだあまり通じないけれど、私の大切な家族なんだなって。


優しいし、友達だし。


同じ男を愛している、同志だし……。


あ、そっか。


うん、分かった。


やりたいこと。


ここを守ることだ。


ここにずっといたい。


ご主人様と、トーガとトール。


仲間と一緒。


ご主人様の愛玩動物。


私を、自分のステイタスを高めるための道具としてしか見てくれなかった、パパとママと違って。


本当に私を愛してくれる人。


私をいっぱい甘やかしてくれる人。


大好きな大好きな、ご主人様と。


ずっと、ずっと、幸せな生活を……。

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