第14話 きょうのわんこ ②
ゾンビ共に銃弾を叩き込みながら、私は過去に思いを馳せる。
私が恋した男、鬼堂先輩について。
あの人は強かった。
人の領域を遥かに超えていた。
軍隊という縦割り社会、イジメやそれに準ずるようなことは多々ある。体育会系は得てして陰湿だからな。
「教官殿、訓練はこれっぽっちでよろしいので?」
「……よく言った、鬼堂!ではお前だけ、百人組手だ!」
「教官殿、それでは訓練になりませんよ。……組み手は、同じ程度の実力がある者同士でやるから良いのでしょう?」
「〜〜〜ッ!!!山田一曹!こいつを揉んでやれ!格闘徽章持ちの実力を見せてやれ!!!」
「はいっ!!!」
ふざけた奴だ。
格闘徽章持ちは、プロの格闘家なんかよりよほど強いぞ。
筋肉と身長だけで勝てる相手ではない。
それを……。
「ごべぇあ」
「おっと失礼!格闘徽章をお持ちとのことでしたので、少し力を入れたのですが……。手加減を誤って、肋骨を折ってしまいました」
たったの3秒。
型もクソもない、最速最強の蹴り一撃で、格闘徽章持ちの自衛隊を病院送り。
人のパワーとスピードではない。
「鬼堂!貴様には特別訓練を課す!木刀を持った自衛官三人と……」
「おおっと、教官殿、申し訳ない。既に全員ノしてしまいました。これはアドバイスですが、木刀には鉄芯を仕込んだ方がよろしいですな」
「で、では、今日は筋力トレーニングを行う!鬼堂!貴様は世界記録の200kgのウェイトリフティングに……」
「失礼。この鉄棒、重りを500kg分取り付けて持ち上げたら折れてしまいました。重りを直接持ち上げる形でもよろしいですか?」
「……な、な、生意気だぞ鬼堂!腕立て伏せ100回!!!」
「100回では足りないので、あと3000回ほど追加してもよろしいですか?ついでに、先ほどの500kgの重りを背中にくくりつけて行いたいのですが」
最初は、生意気な奴だ!と。
俺が揉んでやるか!と。
いきり立っていた教官含め先輩自衛官達。
だがそんな声も、先輩の化け物を超えた化け物と言えるような性能が露見する度に、皆小さくなっていった。
とどのつまりは、これだ。
「鬼堂。貴様にはレンジャー試験を受けてもらう。できるな?」
「はい、楽勝であります」
露骨な位打ち……。
レンジャーの試験は、遺伝子変異で超強化された私をもってしても難しいと言えるような難関にして高負荷のものだった。命の危険すらある。
それを先輩はどうしたと思う?
一度、当然のように試験を満点合格して、どう言ったと思う?
「予想通り、楽勝でありました。余裕でありますな」
「良い度胸だ!なら、もう一度試験を受けてこい!!!」
「ええ、喜んで」
……頭おかしいぞあの人は。
レンジャー試験、禁断の二度打ち……!!!
しかも、二度目も合格してくる!
なお、試験時のバディには、何もやらせず縛り付けて担いで、だ。
つまり、50kgの装備二人分プラス70kg程度の人一人を担いで、四日間不眠不休で野山を駆け回ってたと言うことになる。
そして言うんだ……。
「一度できたことは二度できて当然でありますなあ」
とな……!
これには、指導教官も何も、全員が音を上げたよ。
「……結構。では、鬼堂はこれから、レンジャー部隊に配属とする。行ってよし」
「おや?三度目の試験はやらないので?」
「結構だ……。もう帰ってくれ、頼むから……!」
いやあ……、本当に好きだな、この人!
私より高性能で、私よりイカれている!
この人の隣にいれば、イカれ切った自分も、正常な生物のままだと実感できる!
だから好きなんだよ、この人が……!
それに……、ふふふ。
私を唯一、「守ってやる」と言ってくれた男だぞ?
私は強いが、それでも女だ。
強い男に守ってほしいとも。
そう、自分より強い男にな。
こんなイかれた男が、デートに誘えば来てくれるんだ。
「先輩!こっちですよー!」
「おう、待ったか?」
「いえ!ぜーんぜん!」
「それは良かった。さ、今日は美味いもん食うぞ」
「はいっす!」
楽しいよ、惚れた男に連れ回されるのは。
「じゃ、割り勘でいっすか?」
「はあ?何言ってるんだお前?女に金出させる訳ねえだろ」
「え?」
「お前は女なんだから、男には奢られときゃ良いんだよ」
女扱い、明確な下位者として可愛がってもらえるのが。
幸せだ。
幸せだった。
……その幸せは、何故手のひらから零れ落ちた?
自衛隊の仕事。
シビリアンコントロールもクソもない、総理大臣も天皇も死んだこの終わった国で、仕事?
市民などというゴミを、何故、守らなければいけない?
私は、金がもらえて、温かい寝床で眠れて、美味い食事が出るから軍人をやっていたのだ。
戦うのが好きだから、というのもあるが、それなら他に選択肢もある。
ただ、亡命者で、ロシア軍の実験体であるから、軍に受け入れてもらった方が安泰だという話だっただけだ。
だが、今ではどうだ?
毎日、市民とかいうカスを守る為、我慢に我慢を重ねて。
飯も、市民様は炊き出しなのに、我々自衛官は保存食の缶詰。
おまけに、守ってやっている市民様は、私達自衛官に文句まで言いやがる。
ふざけるなよ。
私は、私が良い思いをする為に働いているんだ。
決して、人を守りたいとか国を守りたいとか、そんなくだらない理由で命をかけている訳じゃない。
自分の為だ、幸福の為だ。
幸福が手に入らないのなら、こんな仕事をする必要はない。
私は、隙をついて脱走した。
自衛隊の正規の銃、89式(ライフル)とP220(ハンドガン)を盗み、乗り捨てられたバイクに跨り、私は……。
「先輩」
呟いた。
「会いたいです」
一度、口に出すと止まらない。
「先輩!会いたいっす!!!」
ああ、ああ。
そうだ、そうだとも。
ロシアもこの調子だと滅んでいるだろう。
こんな世の中だ、追手など来ない。
私は自由だ。
やりたいことをやれるんだ。
「先輩!会いに行きます!待っててください!」
私は月夜の空に向かって吠える。
思いの丈を、思い切り……。
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