第20話 こんな村、秒で潰せるんだけど?

「佐吉さん、少し宜しいでしょうか?」


「え? は、はい。なんでしょうか、匣のカイリ様」


 絶え間なく込み上げてくる衝動を無理やりに抑えつけ、私は冷静に彼と話をしようと努めた。静かに呼吸を繰り返し、心を落ち着かせる。


「単刀直入に言います。ジンタくんは、私が預かります」


「は?」


 あまりに唐突な話に呆気にとられた顔をする佐吉と、驚いた声を発した千里とジンタ。周りにいる村人達からも、どよめきの声が上がる。


「聞こえませんでしたか? それとも、私の言ってる意味がわからなかったのでしょうか?」


「あ、いや、それは……その」


「聞こえなかった、と。なら、もう一度言います。ジンタくんは、私が預かるって言ってんのよ……分かった?」


「え? ちょ、ちょっとカイリっとと……カイリ様! そんな勝手な……!」


 慌てた様子で言い寄ってくる千里を一瞥して、私は佐吉に向けて話を続けた。


「ジンタくんの事は、私が責任を持って面倒を見ます。だから、安心して頂戴」


 私がそう提案すると、彼は少し困った顔をしながら自分の顎を手で擦っていた。


「そ、そうは言われましても……ジンタもこの村の立派な一員であり、これからは男手として働いてもらおうと考えておるんです」


「ん、んだんだ! ジンタも村の一員だ! そんな勝手は困ります!」


「そうだそうだ! こったら幼い子をほっとけねぇべさ!」


「村長もあの女もおらんくなったんだ、みぃんなでジンタの面倒見てやらねばな」


「と、いう訳で。ジンタの事は我々で面倒を見ますので、ですから……」


 子供を殺された憂さ晴らしの玩具を盗られる。そんな本音を隠した戯言を喚き散らす彼らに、私はいい加減キレそうだった。


「嘘ばっかり、恥知らずの外道どもが」


「!?」


 想像もしなかった言葉だったのだろう。


 佐吉はもちろん、村人全員がギョッとした表情で、一斉に私を見た。


「男手として働いてもらおうと言うのは確かなようだけど、それは扱いで、でしょ? 面倒を見て貰っているとジンタくんに負い目を感じさせ、おチエさんへの復讐の捌け口にしながら、重労働を強いて痛めつける。そんな腐った根性が丸見えの言葉でしたよ、村の皆さん」


「なっ!」


 見事に図星だったようで、佐吉や他の村人も顔を真っ赤にさせて騒ぎ始めた。


「い、今の言葉は聞き捨てならねぇです! いくら立派な陰祓師様でも言っていい事と悪い事があるだ!」


「そ、そうだ! そこまで言われて黙ってらんねぇ!」


「若い女が偉そうに! まるで俺らがそんな……!」


「そんな、血も涙も無い化け物みたいにって? そうね、自分たちで自覚しているなんて偉いじゃない。アンタたちがこの母子にしてきた事は、吐き気を催す鬼畜の所業よ。同じ人間なのに、髪と瞳の色が違うだけで侮辱し、卑下し、貶め、傷つける。その行為は、化け物どころか……寧ろ、それ以下のクズよ」


 私の物言いに、彼らは怒りで顔を歪め、今にもとっかかってきそうな勢いだ。


「そ、そこまで酷い言い方をせんでもいいでしょう! 俺や村のみんなだって、今回の件で大切な娘を亡くしてんだ! もっと他に言い方があるってもんだろう!」


「じゃあ尚更のこと、おチエさんの親心も解ったはずでしょ? 大切な我が子を想う気持ちは、おチエさんもアンタたちも一緒なんだから。俺達は良くておチエはダメだなんて我儘わがまま言うから、アンタたちは化け物以下のクズだと言ってんのよ」


「言わせておけば!」


 左後方より、何者かが私の頭を目掛けて石を投げつけてきた。だがしかし、私はそれを躱して右手で受け止めると、そのまま妖力を込めて粉々に握り潰す。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 悲鳴が上がった方を見ると、石を投げたと思われる中年の男性は腰を抜かしたのか、その場で尻もちをついていた。


「なに、ヤる気? 村人全員でかかれば私に敵うとでも思ったの? 舐められたものね。いいわ、かかってきなさい。こんな村、秒で全滅させてあげるから」


 私は明確な殺意を紅い瞳に込めて、佐吉と村人達の顔を見渡した。しかし彼らは、私と一切視線合わせようとはせず、震えながらお互いに身を寄せ合う。


「皆さん止めて下さい! カイリ様は場合により殺人も許可されています! 今のも正当防衛として認められ、その気になれば、カイリ様はあなた方を殺せるんです! ですからもう止めて下さい! カイリ様も落ち着いて!」


 必死な表情の千里が、場を落ち着かせる為に私の前へと出てくる。


 そんな彼女を横目に、佐吉は何か言いたそうに口を動かしていたが、それ以上は言葉となって出てくる事はなかった。


「いいこと? ジンタくんは、私が責任もって預かるわ。アンタたちなんかには絶対に……絶対に渡さないんだから」


 そうして再び、重い沈黙が村を支配する。


 どうやら外道たちはもう、私と言い争う気はないらしい。


「千里」


「は、はい!」


 私の呼びかけに応えた千里が、こちらへ振り返った。


「これ、代わりに渡して置いて」


「わかりました」


 私は手にした袋の中から犠牲者の形見を取り出すと、千里へと手渡した。


「村の皆さん。今、カイリ様から手渡されたのは、異形がねぐらにしていた場所にあった物です。とりあえず、見つけた分は持ってきましたので、自分のお子さんの物を手に取って、一緒に家に連れて帰ってあげて下さい」


 千里はそう言いながら、手にした形見を村人達に向けて差し出した。その中から、佐吉は小さな櫛を手にすると肩を震わせて、その場に泣き崩れた。


「あぁぁぁ、こんな……こんなことってよう、おっとうを許してくれぇ」


 そうして、他の犠牲となった子供の親たちも、千里の元へと形見を取りに集まってくる。次々に形見を手にした親たちは、それを自分の胸に当てて啜り泣いた。


「うぐぐっ、まだまだあんなに小さかったのに……うぅぅぅ」


「おタエ……お母さん置いていかないでよう、あぁぁぁぁ!」


 ──みんな、自分の子供が可愛いのよ。その気持ちがあるのなら、おチエさんやジンタくんにも優しく出来たはずなのに……

 

 そうして、彼らのむせび泣く声を聞きながら、私は村人達へと背を向けた。


「それじゃ千里、後はお願いね。私、ジンタくんを連れて、先に里へ帰るから」


「……わかりました。後はお任せ下さい、カイリ様」


 そう返事をして、千里は私へと深々と頭を下げる。


「行きましょ、ジンタくん」


「は、はい! カイリさま!」


 私の歩幅に合わせて後ろを付いてくるジンタの足音を聞きながら、藤棚の里へと向けて歩き出した。

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