第17話 彼の姿は、過去の私

 ようやく終わったと、私は廃坑奥の空洞で壁を背に座り込んでいた。


 上を見上げ、崩れた壁から差し込んで来る陽光に目を細める。


「……おっかぁ」


 声がした方へと視線を向ける。


 そこには、先程まで泣き叫んでいたジンタが地面に寝そべっていた。


 泣き疲れてしまったのか、匣を手にしたまま寝息を立てている。


 私はそんな彼を見て、これからどうしようかと考えていた。そのこれからというのは、ジンタのこれから先の生活、将来の事だ。


 すでに彼の母親はこの世にいない。


 つい今しがた、人喰いの異形に成り果ててしまったおチエを私が退治したからだ。


 祖父である太右衛門もおチエに殺されたと、ジンタが言っていた。


 太右衛門は他に親族がいないと言っていたし、ジンタの父親に至っては生きているのか、死んでいるのかさえも分からない。


 離れ座敷での時点では、無理に父親の情報を聞き出す必要がないと判断して、太右衛門から聞かなかった。その事が悔やまれるが、今更である。


 私はそれらを踏まえた上で、もうジンタには面倒を見てくれるような身寄りはいないのではないかと考えた。だとすると、一体誰が幼い彼の面倒をみるのだろう。


 皆川村の住人達が面倒を見てくれる……と言うのは、少々疑わしい。


 私が確認した訳ではないが、おチエはあんな姿になってまで村の人々からジンタを守ろうとしていたのだ。それを考えると、とても村に置いて行ける気がしない。


 ……じゃあ、この子ををどうするべきなのか、と私は悩んでいた。


「カイリ。先ほどから、何やら思いつめた様な顔をしていますが?」


 黙ってジンタを見つめる私の事が気になったのだろうか。彼の小さな手の中で、ギュッと握りしめられたままで匣が問いかけてくる。


「ん? うん。まぁ、色々と、ね」


「色々とは、曖昧過ぎて要領を得ませんね。具体的な説明をお願いします」


「えぇ? 面倒臭いなぁ」


「具体的な説明をお願いします」


「はぁ……」


 あぁ、鬱陶しい。と思いながらも、私は匣に考えていたことを打ち明けた。


「彼、ジンタくんのこれからを考えてたの」


「ジンタのこれからを? 何故あなたが?」


「何故って、おチエさんはジンタくんを村の住人から守る為に異形にまでなったのよ?」


「それが?」


「それがって……だから! このまま彼を村に返したとしても、平穏無事に暮らせるなんて思えないじゃない!」


「ふむ。何の縁も無い、赤の他人である彼の身をそこまで案じているとは。相変わらず、あなたの思考は理解に苦しみます」


 そういうあんたも大概だと思うんですけど。と、喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。


「何て言うかね、こう、気持ちを言語化し難いんだけどさ。でも、そうだなぁ。もしかしたら、それは私と彼が似ているからかもしれない、から?」


「似ている? はて、カイリと彼はどこが似ているのでしょうか?」


 ──とっても似ている。親がすでにいない事とか、他の人間とは違うところがあるとか、後は……世界から嫌われてるって感じが。


 私も彼と同じ様に幼い頃に両親を失い、紅い瞳のせいで周りの人間から奇異な目で見られ続けてきた。


 幸い、住んでいた里の人々には理解力があり、異形と人間の混血である私を受け入れてくれていた。それどころか、異形そのものである父も受け入れていたほどだ。


 何故、父と母が一緒になって、あの里の人々に受け入れられて住んでいたのか、私は全く知らない。それを知るには、少々幼すぎたから。


 しかし、そんな安寧の里から離れてしまえば、それはもう外の国からキリンが初めて来た時の様に人々からジロジロと見られたものだった。


 まぁ、キリンはまだマシな意味で見られていたんだろうけど。


 里の外の人たちは、私を蔑む様な目で見るどころか、石を投げたりしてくることさえもあった。それは幼かった私には、とても辛くて、すごく悲しい出来事だった。


 私もそんな幼少期を過ごしてきたからか、ジンタが受けてきた辛い気持ちが少なからず理解出来る。だから、なんだか放っておけないのだろう……と思う。


「それでカイリ。ジンタとあなたが似ていると言う話は、いつ聞かせて貰えるのでしょうか?」


「あー無し無し、やっぱこの話はもう終わり。めんどくさい」


 そんな風に話を無理やりに中断しようとしていると、こちらへと向かってくる足音が聞こえてきた。


「あ、ごめん。もしかして、ハコちとのお喋り邪魔しちゃったかな?」


 空洞の入り口から、私と似た様な恰好をした女性が歩いて来る。疲れ果てて一歩も動けない私の代わりに、千里が辺りの様子を見に行ってくれていたのだ。


「ううん、全然いいの。寧ろ助かったよ。ありがとう、千里」


「そう? ならいいんだけど。あ、それで辺りを確認して来たけど、どうやらあの異形がいなくなったことで、子蜘蛛たちはみんな死んだみたい」


「そっか。それなら、もう安全かな」


 彼女、藤棚ふじだな千里ちさとは、私と同様に身内がおらず、里で幼少より陰祓師として一緒に修行に励んできた幼馴染だ。正確には彼女の方が一つ歳上である。


 そんな私よりもお姉さんな彼女は、長い艶やかな黒髪に整った顔立ちと雪の様に白く美しい肌、それに地味な色の仕事着を程よい肉付きの体形で着こなす、とても大人っぽい女性だ。


 私が師匠の養子になって不死野しなずの姓を名乗る様に、千里もまた藤棚の里長である藤棚ふじだな西斎せいさいの養子になって藤棚姓を名乗っている。


 そして『里の結婚したい女性』三年連続一位という絶大な人気を誇る美人だ。


 だが、そんな良く知る幼馴染のその姿は、いつもの美しい出で立ちなどではなく、泥だらけでボロボロであった。


 破れた着物や、瘡蓋かさぶただらけの露出した肌が、過酷だった潜伏生活を物語っている。


 そんな痛々しい姿に胸を痛めつつも、私は千里から今までの経緯を聞く事にした。


「ねぇ、千里。この数日間なにがあったの? 私、仕事を片づけて里に帰ったら、あなたが消息を絶ったってお師匠から聞かされて、気が気じゃなかったよ」


「うぅぅぅ。ごめんね、カイリ。心配かけちゃった……」


 泣きそうな顔をしながら、彼女は私の元へとゆっくりと近づいてくる。


「何から話したらいいかな?」


「そうだなぁ。出来れば、皆川村に到着してからがいいかな」


「うん、わかった。じゃあ、到着してすぐの話」


 千里は私の元まで来ると膝を着いて、腰の道具袋から包帯と塗り薬を取り出した。そして、患部を確認しながらケガの手当を始めてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る