第7話 遺跡とヒルギの島

大海が引っ越してきてから3カ月余りが過ぎた頃、穂乃香と那美が東京から遊びに来た。大海はお気に入りのジープで那覇空港に迎えに行った。

二人とも初めての沖縄旅行ということもあり大海のことなどお構いなしで、車窓から見える青く澄み切った海の眺めに大はしゃぎである。

アパートに向かう途中で車を駐車場に預けると、早速国際通りでウインドウショッピングを楽しんでいる。やれやれと思いながら、大海はしばらくそれに付き合って、何とか二人をアパートに連れて行った。


「この時期は台風が心配だったけど何とか逸れてくれたから、明日は大輔と、同じ研究室の二階堂さんを誘って、西海岸をドライブしようと思っているけどいいかな。」


「大輔さんってあなたの友人で大学の同僚の山下さんよね? いいけど、西海岸ってどこに行くの?」


「そうだよ、あの山下だよ。北谷町っていうアメリカの西海岸みたいな所を通って、美ら海水族館辺りに行こうかと思っているけど。宿も取ったから次の日はマングローブの海をカヌーで散策ってのはどうだ。」


「私、美ら海水族館行きたい。大きなジンベエザメがいるんでしょ。見てみたい!」


那美が嬉しそうに言った。


「そうだな。父さんもまだ行ったことないけど、楽しそうだろ。マングローブの海だって父さんが以前にボランティアに行ったことがあるって言ってた浜辺のゆりかごさ。カヌーで散策すると色んな生物がいて楽しいぞ。」


南美が北谷町を案内すると言ってくれていたが、大海は自分たち家族のためにわざわざ休日返上で付き合ってもらうのも気が引けたし、独身の大輔にも彼女を紹介して二人が意気投合すればいいなと思ったので、大輔も誘って泊まり掛けでレジャーを楽しむつもりでいたのだ。


明くる日の朝、大海のアパートに大輔がやって来ると、大輔の車と大海の車の2台で北谷町の南美の家に向かった。大海は南美の家でみんなを紹介し、少し打ち解けてから南美を大輔のRV車に誘うと、ひとしきり街中を散策して美ら海水族館に向かう。沖縄自動車道を使うことで、北谷町から2時間弱で水族館に到着することができた。


ジンベエザメの大きなモニュメントを過ぎて海人門(ウミンチュゲート)を通ると、そろそろお昼時だったので、まずは4Fのレストランに入ってみんなで昼食を摂ることにした。エメラルドグリーンの本部(もとぶ)の海が窓いっぱいに広がるオーシャンビューの席に座ると自ずと会話が弾む。


「那美、ジンベエザメは2Fの大水槽で見られるようだよ。でも、順路は3Fから順番に下に降りて行くようになってるから少しお預けだね。」


大海がパンフレットを見ながら那美に声を掛けた。


「そうなんだ、早く見たいのに。」


「那美ちゃん、ジンベエザメの水槽にはマンタって言う大きなエイもいるのよ。」


南美が続けた。


「そういえば、那美、お姉さんも同じ南美(なみ)って言うんだよ。」


大海がそう言うと、穂乃香が少し茶化し気味に付け加えた。


「二階堂さんも『なみ』さんって言うんですね。なんか不思議なご縁かも。ねえ、チビなみちゃん。」


「チビなみちゃんは那覇の『那』に美しいって書くでしょ。でもね、ネエなみさんは、南十字星の『南』に美しいって書くんだってさ。どっちも美しいのに変わりはないけどね。」


大輔が笑いながら教えてくれた。


「大輔、女性の褒め方が上手になったなあ。それに、南美さんの名前までしっかり聞いてるんだ。やるじゃない。」


大海が少し茶化し気味に言った。


「馬鹿言え、俺は場を盛り上げようとしているだけだよ。」


「でも、大輔さんと、しっかりLINEの交換もしちゃいましたけどね。」


南美がダメ押しで白状した。


そんな会話をしながら、あぐー丼や沖縄ソバなどでお腹を満たすと、みんなで3Fに降りて入館した。


大海たち家族と大輔たち二人は入口で別れて、1Fの出口を出てブルーマンタというお土産ショップ横の休憩所で16時に落ち合うことにした。



「南美さんのダイビングスポットはどの辺ですか?」


「恩納村辺りが多いですかね。青の洞窟なんか神秘的で素敵ですよ。」


「僕もシュノーケリングくらいならやるんだけど、スキューバダイビングはまだやったことなくて。」


「大丈夫ですよ。じゃあ、今度シュノーケリングで一緒に潜りませんか?」


「本当ですか。うれしいなあ。」


大輔と南美は、そんな話をしながら結構楽しく見て廻った。



大海と穂乃香は、那美の後を付いて廻った。


穂乃香とゆっくり話しするのも久しぶりなので、夏休みが明けて那美の学期が変わるタイミングで引っ越すのがいいんじゃないかと言って手続きを進める段取りなども話し合った。



大海たちが一通り見て廻った後、休憩所でジェラートを食べながら休んでいると、大輔たちも程なく出て来たので、みんなは水族館を後にして、近くの予約しておいたリゾートホテルに向かった。


ホテルは青い空と海に映える白亜調の建物で、リゾート気分を満喫できる素敵な建物だった。大海は、大輔と南美を同じ部屋にしたほうがいいだろうかと思案してみたが、さすがに初対面で同じ部屋はまずかろうと、オーシャンツインを2部屋取って、大輔と大海が一方に、南美と穂乃香と那美がもう一方の部屋に泊まるようにと割り振ることにした。


「男組と女組に分かれて泊まることにしようと思うけどみんないいかな?」


大海がそれとなく聞くと、南美が気を遣って言った。


「大海さん、久しぶりだし家族一緒のほうがいいんじゃないですか? 私、大輔さんと一緒でも大丈夫ですよ。」


大輔が少し照れながらニヤついていると、それを打ち消すかのように那美が横やりを入れた。


「私、ネエなみさんと一緒のほうがいい。お父さん別の部屋にしてよ。」


大海は大輔の方をチラッと見て苦笑いすると、少し寂しそうに、まあ仕方ないかと最初の方針でチェックインすることにした。



夕飯はホテルのレストランでバーベキューをいただく。


「やっぱり、ジンベエザメは迫力あったな。」


「餌やりが楽しかったわ。一気に吸い込んじゃうんだもの。マンタも可愛かったし、それにサンゴ礁のクマノミもニモみたいで可愛かった。マナティも可愛かったけど、あれって人魚のモデルになったんでしょ。アリエルとは大違い、何かおじさんみたいだった。」


大海が口火を切ると、ディズニー通の那美が次から次に率直なコメントをくれた。



みんなが食べ終えた頃、翌日の段取りを意見交換する。


「明日は、この先の屋我地島と古宇利島に行ってみようと思うんだが、どうだろう?両方とも道路が橋で繋がっているから、楽に行けるんだ。」


「何があるの?」

今更ながら穂乃香が聞いてくる。


「古宇利島は恋の島って言われてて、砂浜の海岸にハート型の岩があるそうだ。それに、屋我地島や本島側にかけて縄文時代の遺跡も点在していて、アダムとイブみたいな伝説があるらしいよ。屋我地島の方は、前にも話したと思うけど、本島との間の羽地内海にマングローブの林が広がっているんだ。そこをカヤックで散策したいと思っているんだけど。」


「そうね。ハート型の岩をバックに写真撮りたいわね。」

大海は穂乃香がそれなりに賛同してくれてほっとした。


「カヤックってカヌーみたいなお舟でしょ。漕いでみたいな。」

那美も興味を示してくれて一安心。



「でも、ここは大輔と南美さんのご意見をお聞きしなきゃ。」


「楽しそうですね。大輔さん、どうですか?」


「いやあ、南美さんと一緒なら楽しいに決まってるでしょ。」


「じゃあ、これで決まり。明日は7時半から朝食、9時チェックアウトでいいかな?」


みんなが頷くと、男組と女組に分かれて部屋に戻った。



ネットの情報によると、古宇利島の神話伝説とは次のようなものらしい。


昔、古宇利島に空から男女二人の子供が降ってきた。彼らは全くの裸であり毎日天から落ちる餅を食べて幸福に暮らしていた。最初はそれに疑問を抱かなかったがある日餅が降らなくなったらどうしようという疑念を起こし、毎日少しずつ食べ残すようになった。ところが二人が貯えを始めたときから餅は降らなくなった。二人は天の月に向かい声を嗄らして歌ったが餅が二度と降ってくることはなかった。そこで二人は浜で生活するようになり、魚や貝を捕って生活と労働の苦しみを知り、ジュゴンの交尾を見て男女の違いを意識し恥部をクバの葉で隠すようになった。この二人の子孫が増え琉球人の祖となった。



これは、まるで、旧約聖書創世記のアダムとイブであり、古事記の伊邪那岐命と伊邪那美命による創世神話ではないか。もしかして、琉球の伝説が旧約聖書と日本神話につながっているのではないかと思ってしまう。



筆者はまず旧約聖書の記述を基に想像を膨らませてみた。そうして得た推論は次のようなものである。


この世に初めて生を受け、アダムはエデンの園に住まう。命の木の実を好きに食べることで永遠に生き続ける。やがて、アダムは細胞分裂すると、自らのパートナーとしてイブが生まれ、陰陽の理に従い、2の2乗で増えていく。しかし、禁断の実とされていた知恵の木の実を食べると善悪を知り楽園を追われ、エデンの園の東には剣の柵が設けられ、命の木の実を食べることができなくなった。つまり、不老不死を手放した代わりに、自らの知能で考え行動する自由意志を持った人類が誕生したのである。人類は、追われて住み着いた茨の園でも、授かった知恵で降りかかる禍いを乗り越え、産めよ増やせよとその子孫は四方に移り住み、その命の営みは営々と続いて行く。しかし、知恵と自由意志を得て増えて行った人類は、時には悪しき考えに傾倒する者も現れ、互いに殺し合うようにもなった。神は怒って大水で世界を洗い流しリセットしようとする。即ち、ノアの方舟であり、これとよく似た伝説は世界中の至る所に伝承されている。ただし、善に至るためのメッセージと、よき模範となる人類と動植物だけは残そうと、来るべき禍いに備えるためのメッセージを発する。そして、禍いが過ぎ去った後、セーブされていた者たちは復活を果たすのである。このような試練は、人類誕生以来、地球規模にも及ぶ災害も含め幾度となく繰り返されてきたのかも知れない。



さらに筆者の妄想は古宇利島の伝説や日本神話とのつながりについて世界史や歴史地図なども駆使して次のようにアジア全土に広がって行く。それは想像の域を出るものではないが、必ずしも違和感のあるような仮説ではないと信じる。


さて、この試練を度々受けて来た肥沃な三日月地帯のいわゆる四大文明(文明のゆりかご)では、いち早く文明が開けた。その中でも、砂漠に囲まれたエジプトでは、戦禍を免れて平和な王朝時代が続き、文化や科学が発達する。それを受け継いだ古代イスラエルの民は、エジプトを脱出して東方に建国するが、再び異国の攻撃に追われて、さすらう遊牧の民としてさらに東方へと移り住んでいくのである。そして、枝分かれしながらもアイデンティティを保ったまま各部族は、メソポタミア、インダス、中国へと移り住み、文明の橋渡しをしながら、中国の西戎となる中央アジアを拠点にシルクロードを介して東西交流の担い手として交易に従事して行く。その間に彼らは拠点となる遊牧民族国家として、ソグディアナ(粟特国→粟国)、月氏国、バクトリア(大夏国・吐火羅国→トカラ)、パルティア(安息国・奄蔡国→奄美)、クシャーナ(貴霜国)、ヴァルダナ(天竺国)、西夏国などを建国したと窺われる。そして、中国最古とされる伝説の夏王朝は西戎とされた遊牧民『羌』族の流れを汲み、その血統は『姜』氏の太公望呂尚が創始した周王朝諸侯国の斉に受け継がれ、さらに斉を追われた王は東に海を渡り古朝鮮を建国し、遂に東の端の日本に到達したのである。その地名には、『粟』『奄』『宜(月・夏)』『トカラ』などの文字が刻まれている。



明くる日は、沖縄産の魚介類や野菜果物などをふんだんに使ったバイキングをいただき、早々にホテルを後にした。

本部半島から屋我地島を通って古宇利島に渡り、島を一巡りしてハート型の岩のあるティーヌ浜で思い思いに写真撮影をする。特に大輔と南美のツーショットは沢山撮ってやった。


海の家風のカフェで休憩を挟んで、今度は再び屋我地島に戻ってカヤック体験だ。水着に着替えてパーカーを羽織り、砂浜でカヤックのレクチャーを受ける。二人乗りのカヤックに大輔と南美が乗り、もう一方のカヤックに大海たち家族が三人で乗って漕ぎ出した。


マングローブの群生地に辿り着くと、カヤックを降りてみんなで散策する。水の中から生えたマングローブの木の根元には、大きな蟹や魚などがいて那美も大はしゃぎ。ひとしきりマングローブ林を楽しんだ後、再び砂浜に戻って、遅めの昼食を摂る。

こうやって自然に溶け込んで一日を過ごした後、帰宅の途に就いた。

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