第5話 南十字星は語る

本土では見ることのできない南十字星(正確には十字を示す4つの星と少し暗い右下の1つの星からなる『みなみじゅうじ座』という名の星座)が、ここ沖縄に居ると1月から6月くらいの限定された期間ではあるが観ることができる。この星は、昔の大航海時代には南方を示す船乗りの羅針盤とされ、夜空に煌めく『十字架』なのだ。

八重山地方では『はいむるぶし』とも呼ばれるこの星を観るには八重山諸島などのできるだけ南の島のほうがいいらしいが、離島に出かけるのはもう少し落ち着いてからにしようと考え、取り敢えず大海は、大輔が話していた本島南部の久高島に行ってみることを思い立った。太平洋に面したその島は、沖縄の祖霊神であるアマミキヨが降臨した場所とされている。そして、久高島へのフェリーが発着する南城市の安座真港のすぐ南にはアマミキヨが本島に上陸して祈祷したであろうと窺える世界遺産にも登録された最も神聖な斎場御嶽(せーふぁうたき)が広がっている。そこから、知念岬を過ぎて海岸沿いにさらに南下して本島南端の摩文仁の丘に辿り着くとあの沖縄戦最終激戦地を今に伝えているひめゆりの塔と平和祈念公園があるのだ。

これらのモニュメントを擁する糸満市にはその地名の由来を表す多くの昔話が残されている。

『糸満の漁夫はサバニ(丸太舟)に乗って、太平洋はおろか、インド洋、地中海にまで出かけた。 ナポレオンがエジプト遠征した際、地中海を走る小さなサバニを見て、「あれは何か?」と質問した。 調べたところ、糸満の漁夫だった。 そこで部下は「あれはイーストマン(東洋人)でございます」と答え、それがなまって「イトマン」になった。』

また、『昔、難破した英国船の漂流民がこの地に住み着いた。それが8人の男だったから、「エイトマン」と呼ばれ、そのうちに変化して行き、現在の「イトマン」になった。』

また、『白銀堂御嶽前に勢理井戸という古い井戸があり、井戸を掘った際に大きなカニが糸と繭(まゆ)をくわえて出てきたのでイトマンとなった。』など、その他にも多数の伝承が語り継がれているようなのである。

そのような話を聞くと、糸満市には重要な歴史が隠されているような気がした。父親の光一が以前に話していた言葉が思い出された。「歴史の真実は通常は隠されていて、それは神話や昔話というカプセルに詰められて今に語り継がれているものなのだ。」と。



大海は摩文仁の丘で南十字星を観たいという衝動に駆られ、明くる日、本島南部を巡って南十字星を一緒に観ないかと、南美を誘ってみた。


「南美さん、今度の土曜日に僕に付き合って貰えませんか?」


「ええ?どんなことでしょう?一応、土曜日なら時間は取れるけど。」


「実は、摩文仁の丘で南十字星を観たいんですよ。一緒にどうかなって思って。」


「それって、デートのお誘いですか?那美ちゃんと奥様に怒られちゃいますよ。それに、少し不謹慎じゃないかな。」


南美は苦笑しながら、半信半疑で答えた。


「いやあ、そう言うつもりじゃないけど。僕はまだ南十字星を観たことが無いので、単純に一度観たいと思っただけなんですけどね。南美さんなら現地に詳しいし、夜間に一人で摩文仁の丘に佇むのもちょっとね。」


「結構怖がりだったりして。でも、小出先生の頼みなら、一日くらい付き合ってあげてもいいですけど。戦争で亡くなった沢山の戦没者の慰霊碑が並ぶ摩文仁の丘で星空散歩はちょっと不謹慎じゃないかと思いますよ。」


「そうですね。僕の考えが浅はかでしたね。すみません。でも、当然戦没者の慰霊碑に手を合わせてご冥福を祈ることも考えていますよ。」


大海は、失言を悔いながらも南美が同意してくれたことに感謝して、満面の笑みを浮かべながら土曜日の段取りを話し合った。



土曜日は、8時に家を出ると、ジープで南美の家まで迎えに行き、沖縄自動車道を南に向かった。西原JCTで降りると、そこから安座真港まで行き、車は駐車場に停めて高速船で久高島に向かう。


久高島に着いたのは10時頃だった。二人は、周囲8km程度の細長い島を着いた徳仁港からその向こう端のハビャーン(カベール岬)まで亜熱帯植物や青く澄んだ海を観ながら白砂の道をレンタサイクルでゆっくり進む。ここは、創世神のアマミキヨが降臨した聖地と伝わる。途中に五穀の種子の入った壺が漂着したという五穀発祥伝説のイシキ浜を過ぎ、30分程度で辿り着いた。帰りはロマンスロードと呼ばれる反対側の道を通って再び港に戻る。


「徳仁港って、天皇陛下のお名前と一緒なんですね。」


南美がそう言うと、大海もアマミキヨが天孫族とのつながりがあるに違いないと確信した。



フェリーで本島に戻ると、12時を回っていた。港の傍のカレー屋さんで昼食を摂る。本格的なバターチキンカレーとナン、それにマンゴーラッシーでお腹を満たすと、しばらく休憩を挟んで斎場御嶽を巡り参拝する。


御嶽の中には六つのイビ(神域)があり、その中でも大庫理・寄満・三庫理は、いずれも首里城内にある部屋と同じ名前であり、当時の首里城と斎場御嶽との深い関わりを示しているらしい。二人は拝所に据えられた四角い石の香炉に線香を焚くと静かにお祈りした。



それから、二人は車に乗り海岸沿いをドライブしながら摩文仁の丘に向かう。


「摩文仁って、近くに摩文仁家の墓もあるけど、その名前に由来するんだろうか?」


大海が停車して地図を眺めながら聞くと、南美が教えてくれた。


「琉球王朝の尚氏の系統の方のお墓らしいんだけど、その名に因んで付けられたかどうかは知らないわ。でも、天孫氏とされるからやっぱり天孫族の系統よね。」


「そういえば摩文仁の摩を取ると、『文仁』って秋篠宮親王のお名前だよね。」


二人は、いよいよ沖縄が大和の国と切っても切り離せない関係なんだと納得せざるを得なかった。



沖縄平和祈念公園はこの摩文仁の丘に位置し、そこには、戦没者の遺骨が納められた国立沖縄戦没者墓苑、悲惨さを極めた沖縄戦の実相及び教訓を後世に正しく継承することと平和創造のための学習と研究及び教育の拠点として建てられた沖縄県平和祈念資料館、世界の人種・国家及び思想や宗教のすべてを超越した「世界平和のメッカ」として建立された沖縄平和祈念堂、軍民問わず全ての戦没者の氏名が屏風型に刻まれた刻銘碑と平和の火が燃えている平和の広場などのある平和の礎(いしじ)、各都道府県や韓国などの出身戦没者(一部は摩文仁の丘以外にある)の慰霊塔群、そして、毎年戦没者追悼式が行われる式典広場とその先に建つガマ(戦闘避難場所として使用された洞窟)をイメージした平和の丘などがある。



平和祈念公園の駐車場に車を停めると、二人は戦没者墓苑と平和の礎で黙祷を捧げ、平和の火の向こうに遥か世界に通じる海を眺め、平和の尊さを実感した。



次に向かったひめゆりの塔は、沖縄陸軍病院第三外科が置かれた壕の跡に立てられており、この慰霊碑の名称は、戦争当時に第三外科壕に学徒隊として従軍していたひめゆり学徒隊にちなんでいる。「ひめゆり」は学徒隊員の母校、沖縄県立第一高等女学校の校誌名「乙姫」と沖縄師範学校女子部の校誌名「白百合」とを組み合わせた言葉で、元来は「姫百合」であったが、戦後ひらがなで記載されるようになったそうである。そして、職員を含むひめゆり学徒隊240名中、136名が亡くなった。それ以外にも戦闘のさなか学校に駆けつけることができなかった生徒が91名戦死している。また、当時沖縄には21校の中等学校があったが、それら全てから男女とも学徒動員され、学徒だけでも2,000名余りが戦場で亡くなったようである。ひめゆりの塔の外科壕跡を挟んだ奥には慰霊碑(納骨堂)が建てられており、さらに、その奥には生存者の手記や従軍の様子などを展示した「ひめゆり平和祈念資料館」がある。



二人は、慰霊碑に手を合わせた後、資料館を見学した。そして、手記などを読んでは、居たたまれない気持ちになった。



「先生、私たちのために命を落としていった先人の方々や、神聖な琉球の神に祈った後に、ロマンチックに夜景なんかを眺めるつもり?」


「僕はそんなつもりじゃなくて、夜空に輝く十字架に、これまで犠牲になった尊い先人たちのために祈りたいんだ。南十字星は、キリストが背負った十字架と同じなんだよ。沖縄戦で亡くなった20万以上の民間人・軍人、そして、広島・長崎に投下された核爆弾による二十万を超える被災者は、僕らのために十字架を背負って犠牲になったんだよ。だから、僕らは彼らの死を無駄にしちゃいけない。」



二人は、喜屋武岬から程近い沖縄家庭料理の店で夕食を済ませ、喜屋武岬へ移動した。車を降りて平和の塔を横に、視界いっぱいに広がる空と海を眺めた。日暮れの遅い沖縄ももう辺りはすっかり暗くなり、星空が見えた。5月のこの季節では南十字星が見え始めるのは、夜9時頃からである。しばらく、スマホで夏の夜空のアプリで予習をしながら時折空を眺めていると、南の空にケンタウルス座の柄杓部分が見つかった。そこから下に視線を下ろしていくと南十字座が見えてくるはずだ。


「先生、柄杓が見えたよ。えーと、その下に南十字星・・・あった、あったよ、先生!」


二人は夜空に煌めく南十字星を仰ぎ見て、静かに黙とうをした。


大海の目からぽろぽろと涙がこぼれた。


「南美さん、済まない。わがまま言って付き合ってもらって。」


「いいえ、いいのよ。先生の気持ちがわかるような気がする。先生だって、大きな十字架背負ってるんですものね。」


「そんなことないさ。やっぱり平和が一番だよ。」


二人は、車に戻って温くなった缶コーヒーを飲んだ。


「先生いいのよ。」


南美は、大海の目をそっと見つめている。


「南美さん、ありがとう。大丈夫だよ。君を傷つけるわけにはいかない。それに、家族も。でも、本当は自分が傷つくのが怖いのかも知れない。今日は本当にありがとう。さあ、帰ろうか。」


二人は、星降る丘に車を走らせ家路に就いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る