第17話 鬼人と最強

動きを止めたメデューサは胸を広げ、胴体の尻尾を上に立てて先端を振り始めた。なにかの動画で見た、ガラガラヘビが攻撃する時の警告動作みたいだ。どうする?攻撃を仕掛けるか、攻撃を待ってカウンターを狙うか?まずい、判断がつかない。


目に見えない速さで振動する尻尾が緑色に光り始めると、そこから突然雷光が生まれた。雷光はメデューサの全身を駆け巡り、鱗と鱗の間を尻尾から頭に向けて駆け巡る。やばい、パワーアップイベントかもしれない。急いで左手に小柄を取り出し、メデューサの右目に向かって投擲する。パワーアップ中は動けないのがお約束だと思ったが、簡単に避けられてしまった。


その間も雷のような光は止むどころか、メデューサ全体を覆い始める。硬いものが割れる甲高い音が鳴り、メデューサの口を隠していた防具が弾け飛んだ。なおも雷は消えず、胴体表面の鱗一枚一枚が浮き立つ。メデューサは首先のちぎれた両手を高く掲げ、地面に思いっきり振り下ろした。


砕ける音と千切れるような音を響かせながら、メデューサの蛇だった両腕が、肘の付け根からボロボロと剥がれ落ち始める。肘から先の蛇が抜け落ちた両腕は、いまや指の先にいたるまで人間女性のそれになっていた。


気付くと胴体と左目に刺さっていた矢は黒く炭化し、灰になって崩れ落ちている。矢が抜けた後はどんどん傷跡が塞がっていき、左目が蘇っていく。口の防具が外れた後には、ツンと尖った小さな鼻と赤く艶めかしい唇が現れていた。右目は紫のままだったけど、左目は深海のような緑色で、こちらを誘惑するような潤んだ瞳をしている。



やがて体全体を覆っていた雷光が収まると、そこには優雅な立ち居振る舞いと優美な微笑みを湛える、女王のオーラを纏ったメデューサがいた。胴体の銀色は鱗粉が混じったような複雑な輝きを放ち、正直、綺麗だと思ってしまった。



散々僕を噛んだり絞めつけ合っていた相手が、10年ぶりに再会した同級生のように雰囲気が変わってしまい、僕は少々毒気を抜かれてしまった。ほんの少し前まで、どうやって本体の首絞めたろか、とか必死に考えていたのに。ちょっと変わりすぎだろ。そういえば蛇って脱皮するんだっけ。派手な脱皮だ。サギ女神よりよっぽど美人になってしまった。


手は噛まれるわ足は飲み込まれるわ、こっちもやり返して首切ったぞこの蛇め、などと必死に戦っていた両腕も、彫刻のような見た目の美しい手になってしまって、なんとも言えない気持ちになる。なんだよさっきまで必死で戦ってた蛇、手を入れて操る人形だったのかよ。なんか弄ばれてた気分だ。ショートコント「鬼人君に噛み付こう」とか言ってないだろうな。



あれ?さっきまで警戒心バリバリだった鬼人ボディが、今は何も感じない。それどころか、何かを訴えかけて来てるような…… メデューサも、全然動かないというか、こっちを見て待っているような……


鬼人ボディが僕に鎖鎌を捨てろと言ってきた。理由はわからないけど言う通りにする。蛇に噛まれた左腕はもう動く。リペアキットすごいな。右足もほぼ回復している。



僕の様子を穏やかな目で見ていたメデューサが、両手を前に出したと思ったら、突然掴みかかってきた。僕も同じように両手を前に構えると、お互いの両手同士をつかみ合った格好になった。相撲の手四つと言われる状態だ。でも女性の手に対してこの手四つをするとは思わなかった。メデューサの手がキレイで柔らかいので、少し嬉しくなってしまったのが悔しい。


あと至近距離になって分かったけど、メデューサの顔や手や肩の人間部分も、よく見るとすべて薄くて透明感のある白い鱗に覆われていた。それでもキレイだなと思ってしまった。自分では爬虫類はそんなに好きじゃなかった気がするんだけど、今度ペットショップ行ったら蛇とかトカゲのコーナに絶対に行こう。


そんな感じで更に毒気が抜かれてしまった上に、メデューサの両手は見た目に反して全然力が込められてないし、何だか相手の魅力に飲まれそうになっちゃうし、この後どうすれば良いのか困ってしまった時だった。手のひらからメデューサの言葉が伝わってくるのを感じてしまったのだ。それどころかこちらの手のひらから、鬼人の魂が伝わっていくのもわかった。



ああ、そういう事か。鬼人もメデューサも、同じだったのか。



手四つの姿勢のまま、しばし時間が経つ。鬼人とメデューサと、そして僕の魂が会話する。僕は改めて教えてもらった事実と、ここまでに紡がれた魂の想いを聞いた。僕に出来るだろうか。でもそれをしないと、これから先はもっと不幸が増える事になる。やるしか……ないよな。


「わかりました。次の機会に、もう一度お話を。その時までに作戦を考えます」


口には出さず、僕は心の中でそう伝えた。その直後、メデューサの振った尻尾を受けて僕は大きく吹き飛ばされた。



それまで一方的にやられっぱなしだったサノさんが、ワイヤーを使って両腕の蛇を潰した。ここまでの敵を倒してきた武器が一切通用しなかった事にハラハラしながら戦いを見ていたアイトは、ひとまず胸を撫で下ろす。逆にサノさんが、これで優位に立ったのでは?と思ったのもつかの間で、メデューサは突然に全身を光らせ、形態を変化させてしまった。


隠されていた顔が露わになり、両腕も蛇が外れて人間のものになった。纏う雰囲気も明らかに異なる。今まで何度もメデューサを見てきたが、変身する事自体初めて知ったし、変身後も初めて見る姿だった。強力で厄介だった両腕の蛇がなくなったのに、今まで以上の恐怖を感じる。


「いや、メデューサと戦いたくない。でも、仲間がこれ以上やられるのも見たくない……」


アイトは過去にメデューサと何回か戦った事がある。チームを組んでの探索中に4回、対メデューサチームに参加しての1回だ。最初の戦闘はテンプルナイツと交戦しながら探索をしていた時、その真っ最中にメデューサが空間転移してきてチームは刹那で壊滅した。アイトは索敵と偵察が担当だったが、空間転移をまったく感知する事が出来ず、倒れたメンバーを抱えてその場を脱出するのが精一杯だった。役割を果たせなかった事に対して深い自責の念に苛まれた。


その後、ボディの感知能力の改良を行い、メデューサの空間転移もほんの数秒程度だが事前に察知する事ができるようになった。しかし探索中に準備なしでのメデューサとの遭遇は、単に逃げる時間を稼げるようになっただけであった。それでも全滅してポータルに帰還するよりマシであったが……


対メデューサに特化した戦闘チームに参加した時は、アイトも索敵だけでなく戦闘要員としての役割を担った。メデューサの登場パターンや発生周期の統計を取り、出現する確率が高くなった所で、ダンジョン内の探索チームをわざと1つにして、メデューサを誘い寄せたのである。作戦は成功し、不意打ちされずに初めて万全の状態でメデューサとの戦闘を開始できた。


しかし不意打ちでなくとも、メデューサは絶対的な強者だった。両腕の蛇に蹂躙され、撒き散らされる様々な毒素に翻弄され、そして蛇独特の体術に嬲られた。何度か攻撃を入れても、メデューサの身体能力は損なわれず、チームはどんどん追い詰められていった。エーテルボディには内臓や神経に作用する毒は効かないが、細胞を分解させたり壊死させるような毒には少なからず影響を受けた。


メデューサは様々な毒を試しながら戦い、最初は優勢であった戦いも、最後は撤退の憂き目にあった。アイトはメデューサを上回る速さと機動力を最大限に活かしたが、撒き散らされた毒と何度攻撃しても回復される無尽蔵の体力の前に、またもや役割を果たすことは出来なかった。


相対した戦いに敗北してきたアイトにとって、常に劣勢とはいえメデューサと1対1で今も戦っているサノの姿は信じられないものがあった。そしてサノの乾坤一擲の攻撃で、最大の武器である腕を無効化させたと思ったのに、今まで見たことがない姿となったメデューサ。まだ力を隠し持っていたのか。もういやだ、戦うのも見るのも嫌だ。


でも目を逸らしてはダメ、あのメデューサがどんな力を持っているのか、どんな戦い方をするのか確認しないと、そして万が一の時にはサノさんと一緒に脱出しないと…



そんな決心で見守るアイトだったが、形態が変わったメデューサとサノは、突然お互いの両手同士をがっちり掴み合い始めるのを見て、少し訝しんだ。あれ?さっきまでと全然戦い方が違くない?もしかして私が分かってないだけで、あの二人はもの凄い高度な駆け引きとか技とか仕掛けあってるの?その割には結構長い時間、同じポーズでいるけど……???


あまりの状況変化に意味が分からない状態に陥ったが、しばらくしてサノが吹き飛ばされるのを見て我に返る。助けに入ろうか迷っている内に、メデューサは現れた時と同じように空間を歪ませて、どこかへ消え去ってしまった。



「サノさん、大丈夫ですか?毒とか食らってませんか?死んでませんよね?生きてますよね?」


「エーテルボディがあれば死ぬことは無いんでしょ?大丈夫、生きてるし、毒もない。至って健康」


遠くで見守ってくれてたアイトさんは、メデューサが居なくなった途端、僕のところにすっ飛んできた。優しいなぁ……


「最後の両手の掴み合い、何だったんですか?なんでメデューサは居なくなっちゃんたんですか?」


うわ、説明しづらい所をしっかり見られてるな……困ったな。アイトさんは無意識なんだろうけど、多分あのサギ女神の内偵だからなー。変に疑われたくないし、とりあえず話題を逸らそう。


「いやー、メデューサさん強いね。全然ダメだった。今回は手加減してくれたけど、本気だったら最初の攻撃で潰されてたかな」


「え?そうなんですか?だってサノさん、両手の蛇の頭を縊り殺したじゃないですか?」


「縊り殺すって……物騒な言葉知ってるね。いや、まぁ、腕の蛇だけならいい勝負だったかもしれないけど、あの時は本体は何もしてなかったでしょ。腕と一緒に毒を使ったり、胴体ごと体当たりとかされたら、まぁダメだっただろうね」


これは本音だ。僕は完全に本気モードだったけど、メデューサさんは威力偵察していたと思う。手抜きではないけど、全力ではなかった、そんな感じ。まぁメデューサさんの手の蛇としか戦ってないから、手抜きじゃなくて本体抜きだったんだけどね。

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